第13話 未来テクノロジー/ACT

 

「たいむすりっぷぅ!?」


 少女は、テーブルを叩きつけるようにして立ち上がり叫んだ。


 ウイルスを駆除した俺達、俺とおじさん、そして、アイリスと名乗る少女の3人は、喫茶店にて同じテーブルを囲んで座っていた。


 何故か、またまた同じ喫茶店で。


「またこの店……。ここは、セーブポイントかなんかなのか……?」


 俺は呆れ気味に言って、お冷やを口にする。


「いやー、まぁ、襲われた側とは言え、損害を与えてしまったしね。利用して、お金を落とすことくらいはしようかと」


 そう言って、おじさんは手元のカップを持ち上げて、口にした。中身はまたまたコーヒーだ。


「てか、さっきから、どんだけコーヒー飲むんだ。カフェイン中毒じゃねえか」


「ハハッ、好きなものを好きなときに、好きなだけ口にする。我慢とストレスは健康の敵。長生きの秘訣だよ」


「言い分が全然、未来的じゃねえ……」


 おじさんの何の筋も通っていない戯言に呆れていると、叩き付けた手を机に置いたまま固まっている少女は我慢するようにプルプルと震えていた。


「ちょっと!! 2人して何どうでもいい話してんのよ! どう考えても、こっちの話をするべきでしょ!」


男二人に向かって声を荒げるアイリスだが、対してこっちは冷静に見つめていた。


「想像言われてもなぁ、こっちの話は今ほとんどしたろ? あとなんか話すことあるか? 俺が把握してことるなんかほとんどねえんだぞ?」


「そうかもしれないけど……。だ、大体ね! そんな話を急に聞かされて、すんなり信じられるわけないでしょ!」


「あぁ、そうだな。信じてもらえないだろうな。だから最初は言わなかったんだろ?」


「う、うう……」


 痛いところを突かれたのか、苦い物でも食べたように顔を引きつらせ、身体を少し仰け反らせた。


「それを? アンタが? なんか名前のことで疑い出して、流石に誤魔化せそうになくなったから、仕方なく正直に白状したんだろ? それを信じられねぇって言われてもなぁ……」


「そ、そうだけど……」


 納得がいかないという表情だが、返す言葉もないのか、しおれるように腰を下ろしていき、席につく。


「はあ、いやこっちも説明してやりたい気持ちは山々なんだが、ほんとになんでこうなったのか、皆目、見当もつかねえんだよ」


「そうなのね……。というか、おじさまは、よく受け入れられましたね‥‥‥こんな異常事態‥‥‥」


「ハハッ、経験の差だね。タイムスリップ作品に触れてきた数が違うよ」


「何を言っているのですか‥‥‥」


 頭痛を押さえるように、額に手を当てるアイリス。

「まあ、俺が言えるのは、元の時代に戻るには、まず、この時代のことをよく知る必要がありそうってことぐらいかな。何も知らないと、何も始められないからな。だから、これは是非とも確認しておきたいが‥‥‥」


「ん? なにかしら?」


「なんでわかったんだ? 俺が普通じゃないって。見ただけでわかったんだろ?」


「えぇ、まぁね……」


 少し考えるように、「うーん」と視線を逸らしたかと思えば、目を瞑って、ため息を吐いた。


「でもまぁ、あなたがこの時代の人間じゃないと聞いて納得いったわ。だとしたら、あるわけないものね」


「は? あるわけない?」


「君の時代で言うスマホみたいなものだよ」


おじさんが横から口を開いた。


「スマホの無い生活が有り得ないと言われたように、この時代にも、生活する上で必須のモノがあるってことさ。そして、それはスマホと違って、持ち歩く必要がなく、常に僕達、人間に搭載されている‥‥‥。君も、もう見ただろ?」


「見た‥‥‥?」


 おじさんはニヤリと自慢げな表情で、指を開き、空中に画面を表示させた。


「あぁ、それか‥‥‥」


「ええ、『アクト』よ」


「アクト?」


「『A・C・T』と書いて、『アクト』。Aerial Control Terminal(エアリアル・コントロール・ターミナル)の略よ」


「へー、そういう名称なのか。それ」


「ええ。『ACT』は生活する上で必須の端末よ。その名前の由来も、生活における全ての『行為』は、この端末を通すことで行われる……そういう意味もかけて、付けられたほどらしいからね」

「あー。『行為』で『ACT』ね。なるほど、そう説明されると覚えやすい」


「まぁ、呼び方は人それぞれだけどね。私の世代は基本、アクトだけど、上の世代のなかでは、エア・スマホなんて呼ばれたりするわ」


「スマホ世代の名残だね」


「携帯電話世代が、スマホのことを携帯って、つい呼んじゃうような感じか」


 動画の事をビデオって呼んじゃったりな。


「でも、それを俺が持ってないって何でわかったんだ? 二人も今は出してねえから見えねえだろ?」


「それが出してなくても見えるんだよ」


 自分の目を指差すおじさん。


「僕らは、特殊なコンタクトレンズを着けていてね。そのコンタクトレンズが言わば、カメラの役割を担っているんだ。


そして、この目でQRコードを読み取るように、対象に焦点を当てると、情報を読み取ることができるんだ。彼女は、それで君の名前を読み取ろうとしたんだ」


 俺は、おじさんの話を聞きながら、先程のアイリスの行動を思い返していた。


「なるほどな。俺の頭上を見たのはそういうことか。上手く読み取れた場合には、どういう風に見えるのか知らねえが、対象の頭上に名前やら何やら情報が出現するって仕組みか。で、俺にはそれがなかった」


「ええ。だから、たとえ私じゃなくても、この時代の人間なら誰でも気づいたわよ。この異変に」


 俺はおじさんをジロリと睨み付ける。


「おい、誰でも気づくって言ってるぞ。何で言ってくれなかったんだ。タイムスリップを隠そうとした俺の努力を返せ」


 おじさんは、アハハ‥‥‥とばつが悪そうに頬を掻く。


「いやぁ、初めにタイムスリップを聞かされたからねえ‥‥‥。そもそも読み取ろうだなんて考えがなくなってたんだねえ、おそらく」


「他人事のように言うなよ……」


「あと、それはその人だけを読み取った場合で、身に付けてるもの、鞄なんかを読み取れば、その中身、持ち物の情報を読み取ることなんかも出来るわ」


「ま、まじかよ‥‥‥。なんだよ、その泥棒みたいなスキルは……。そんなもん、犯罪がバンバン起きまくるんじゃねえの」


 アイリスは「フフッ」と自慢気に微笑を浮かべた。


「逆よ、逆。犯罪が起きなくなるのよ」


「う、うーん‥‥‥?」


 どういうことだ?と眉を寄せて、首を傾げる。


「持ち物が全てわかるということは、犯罪の未然防止になるのよ。職業に関係のない凶器を持っていれば、犯罪を企ていることは予測がつくし、クスリなどの違法な所持はすぐわかる。つまり、怪しい行動は、全て事前に把握ができるの。だから、人間による犯罪は、ほぼ0%に近いわ」


「0%!?」


 思わず、大声をあげてしまった。


「さすがにこれには驚いたようね」


 アイリスは先程までと打って変わって、テーブルに置かれたソーサーに手を添えて、カップ片手に優雅に振る舞っていた。良いとこの育ちなのか、その姿が様になっていた。


「あ、あぁ。本当だとしたらすげえな」


「本当よ。あなたの時代からすると考えられないでしょうけど」


 俺は確認をとるようにおじさんの方へと、チラリと視線をやる。


「本当だよ。世界のインターネット化は、完全監視社会を実現させてね。その結果、あらゆる犯罪の未然防止に繋がったんだ」


「すげえな……。確かに、完全監視状態なら、犯罪を企てることすら難しいな」


「うん。それに、未然防止は、監視されてるからってだけじゃないんだ。そもそも、罪を犯すメリットがないんだよ」


「メリット?」


「まあ、というより、デメリットが大きいと言った方がいいかな。監視社会により、顔や名前、住所などの個人情報は筒抜けだからね。何かしらの罪を犯せば、その瞬間、全ての情報が共有されて制限されるんだ」


「うわ、なんか凄そう。差し押さえとか、顔と名前が即、指名手配されるとかってことか?」


だね。ネットバンクの口座凍結から始まり、決済情報などの財力の凍結、そして、家の電子ロックや家電、車などのネット接続されたあらゆる所有物の凍結。さらには、交通機関や、あらゆる店舗の公共の出入り禁止などなど……。つまりは生活力の完全停止さ」


「や、やべえな……。確かにデメリットえげつねえわ……。たとえ、銀行強盗とかで何万、何億と盗んでも割に合わねえな……。なんも出来なくなるんだもんな」


「でしょ? ちなみに銀行はネットバンクに完全移行したから店舗はもうないよ。現金を扱うお店もないから、もう犯罪する場所がないっていうのもあるね」


「うおぉ……。これぞ未来……すげえ……」



「で、そこで問題があるのだけれど」


 アイリスがカップを置いて、こちらを真っ直ぐに見つめる。


「これらの仕組みを成立させているのは、個人アカウントIDと言って、全ての人間が登録して、体内にチップとして保有している個人情報なの。

これを完全管理することで、この社会は成り立っている」


「ふーん。まぁ、完全監視するなら、個人情報も完全管理されるだろうな。

それに関しては、SF映画でもよくあるパターンだし、あんま驚かねえな。マイクロチップを体内に入れるとかも。

実際、目の前で見たら、多少、驚くかもだけど……。で、その登録された情報が『ACT』を通して、見えるってことだな?」


「そう。だから問題というのは、あなたのアカウントIDのことなの。今のままじゃ、誰が見ても不自然なことに気付くし、あらぬ疑いをかけられる可能性もあるわ。そこで……」


「俺のアカウントIDを登録しようってわけか? そりゃ、出来ることならしたいけど出来んのか? ここじゃ、俺は何者でもないんだぞ?」


「多分、出来ると……思う……。流石に、こんな特殊なパターンは経験ないから確証はないけど……。何かしらの事故や事情で、人体からチップを失った人を対象に再発行することもあるから」


「うーん、そうか。それなら、いける……のかな。てか、俺のこと報告とかしなくていいのか? むしろ、手貸すようなことして‥‥‥」


「それに関しては考え中ね。あらぬ疑いを生むかもしれないのと、それによる誤解や混乱を招く可能性もあるし。まあ、報告せざるを得なくなったらするかもね。それに、手を貸してもらったのはこっちのほうよ。私はそれを返すだけ」


「そっか。そんじゃまあ、お言葉に甘えるとするか。で、どうすればいい? どっか行くのか?」


「そう、ねえ‥‥‥。とりあえず、データベースのアクセス、それと個人アカウントIDの発行が出来るところに移動しないとね。じゃあ、行きましょうか」


 残りのお冷やを飲み干し、立ち上がるアイリス。


「‥‥‥行き先は?」


「私達、ウイルスバスターの本部よ」

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