第14話 未来テクノロジー/地方創生

 

「いやぁ、僕も付いてきても良かったのかい?」


「ええ。構いませんよ。数少ない、事情を知っておられる方ですので」


 カフェを出た俺たちは、ウイルスバスター本部へと移動すべく、街の中を歩いていた。


 アイリスに付いていくように、俺とおじさんは半歩後ろに下がって歩いている。まぁ、ほとんど横並びだ。


「そう言えば、名前を聞いていなかったわね」


「え? あぁ、創一だ。世人創一」


「セト……ソーイチ……?」


 考え込む仕草を見せるアイリス。


「あ? どした?」


「え……? あ、ううん。なんでもないわ。この時代だと珍しい名前だから」


「そうなのか? まあ、こんだけ色々変わってれば、名前に対する考え方や常識も変わってるか。アイリスって名前も俺の時代だと珍しいしな」


「ええ、そうなの。とりあえず、ソーイチと呼ばせてもらうわね」



『…………』


「あ、そうか」


「え? なに?」


「いや、なんでおじさんの方には、名前聞かねえのかなって思ったんだけど、そっちは見えてるからか」


「え? あぁ、そっか。ごめんごめん。僕はシナイ。よろしく」


「シナイ? おぉ……これまた変わった……。考えてみれば、キラキラネーム付けられた世代が、年寄りになってる時代だもんな……」


「まぁ、変わった名前が多いのはそれだけが理由じゃないんだけどね」


「ん? そうなのか?」


「まぁ、たいした理由じゃないよ。あとでわかることだからね。いやぁ、それにしても、名前を名乗るなんて、いつぶりだろ。もうほとんどないからさ、つい忘れてたよ」


「それ、わかります。私も連絡するときとか、急いでいる時以外、ほとんどないです。だから、さっきソーイチに名前聞かれた時も、すごく驚きました」


 二人の『名前あるある』を横で聞きながら、俺は街の様子を眺めていた。


 街はやはり冒険ファンタジーのような風景で、すれ違う人々も、その街に合わせるように勇者のような鎧、魔女のような帽子やマント、なんかそれっぽい肩に鳥乗せてる奴など様々。

各々、冒険ファンタジーっぽい格好をしていて、大規模のコスプレパーティかのように見える。


 そして、ふと隣に目をやれば、同じく街の雰囲気に溶け込んだ黒を基調とした騎士っぽい格好をしているアイリスがいる。まさに騎士らしい背筋を伸ばした姿勢で堂々と歩き、マントのように長い後ろの裾をヒラヒラさせていた。


 その様を見てると、なんか‥‥‥。


「なんかあれだな。こうして、あらためて歩いてると、マジで自分がRPGの世界に入り込んだように思えてくるわ」


「そう言えば、さっきの話だと、この街に関しても何も知らないってことよね?」


「なんでこの街がこんなファンタジーゲームみたいになってるかって意味か? そういやまだ聞いてなかったな……。ここがほとんどネットの中みたいなものってとこまでは聞いたんだが……」


「そこまでは聞いてるのね。そうね、結論から言えば、これは『地方創生』の一環よ」


「『地方創生』……? え、てことはファンタジー世界なのはここだけで、他の地方はこんな風になっていないのか?」


「なってないわね。ファンタジー調はここだけよ。他は他で、ここと同じように独自の世界観を作り上げて、地方の特色を出しているの。観光業を盛んにするためにね」


「えー、マジかよ……。てことは、この街全部、俺の時代から今の時代に至るまでに、一から創り出したっていうのかよ……。人類やべえな。凄えよ。どんだけ金と労力かかってんだ」


「あなたが想像しているよりは掛かっていないと思うわよ」


「え。いや、でも規模が規模だから、いくらテクノロジーが進んでるったって、それなりには手間が掛かってるだろ」


 俺が当然の疑問を投げ掛けると、おじさんが人差し指を立てて、答える。


「さっき、3D出力プリンターの話はしたよね?」


「え? あぁ。たしか、データを購入して、そのアルゴリズムを打ち込めば、プラズマの武器とかをいつでも出現させられるって話だっけ。まさか、建物も?」


「そういうこと。データ上で出力したい建物の3Dモデルを作り上げて、それをそのままプリントアウトしてるのさ。

と言っても、こっちは、頻繁に消したり出したりする必要がないから、素材はプラズマじゃなく、普通の石や木材、鉄筋コンクリートだけどね」


「データと素材さえあれば、これだけの建物が一瞬で出来るのかよ……。面白そうな光景だな。是非とも建築現場を見てみてえな」


「まあ、歩いてるうちに見れるよ。さっきみたいに、たまにウイルスが壊したりするからね。復元することもよくあるんだ」


「あー、そっか。あのまましばらく、あそこにいれば見れたのか‥‥‥。でも、一瞬で建築出来るなら、建設関係の人、やることほぼなくね? 犯罪がそうそうねえってことは、誰かが壊すこともないし、事故か、それこそ、ウイルスが暴れたときぐらいだろ?」


「そうだね。昔、人工知能が世に出たときに、この職業はなくなる、とかってよく言われてただろ?」


「言われたな。で、現にそうなったってことか。種類は違えど、テクノロジーの進歩が人間の手間を省いてるって点では同じことだもんな」


「そうそう。職を奪われるって言うと、悪く聞こえるけど、それにより新しい職も生まれるから、移行しただけなんだよね。


例えば、その3Dモデルを構築している人達は、昔で言えば、『ゲームばかりしている引きこもり』というレッテルを貼られていた人ばかりだったりするんだよね」


「うん……? アルゴリズムさえ組めたら、家にいながら、テレワーク出来るって話か?」


「まあ、それもあるんだけど、アルゴリズムを組む人は、それはそれでいてね。


僕が言いたいのは、この場合、こういうファンタジー調の建物を具体的に想像できる人間が重宝されるってことさ。


ゲーム内で、あくまで遊びとして、ブロックを積みあげて細かいお城を造ってる人とかいただろ? ああいう人達が造ったそのデータを、3Dモデルの元データとして買い取って、プリントアウトしてるんだ」


「なるほどな。趣味でしていたゲームが仕事になってるってことね。


建設自体には手間はかからなくなったから、その前段階の『建設するもの』を創造出来る人材、『創造力』が求められてると。


元々、趣味でそれに近いことをやってた人間から買い取るのが手っ取り早いもんな」


「街が街だからね。余計にそういうのが求められるんだよ。まあ、今は地方ごとの特色があって、個人がそれぞれ自分に合った街に移住するっていうのもあるんだけどね」


「ファンタジー好きが造った町には、ファンタジー好きが集まるってことか‥‥‥。じゃあ、他の都市もそれぞれテーマに基づいて作られて、そのテーマが好きな奴らが移住してきて集まってんのか」


「うん。異世界ファンタジーなのは、この地方だけ。だから、この世界観目当ての移住はもちろんのこと、観光なども盛んになってね、他の地方も同じく、それぞれ各地方の地方創生は上手くいってるよ」


「へえ。他の地方はどうなってるのか、見てみてえもんだな。ここもまだ、見きれてねえけど。にしても、そういう街を作れるような技術が、ACTさえあれば誰でも扱えるってのもすげえな」


「そうだね。昔からそうだけど、企業しか扱えなかったようなテクノロジーサービスって、いずれ大衆化して、誰でも、タダで扱えるようになるもんだからね。君の時代で言うと、翻訳ソフトとか、映像編集ソフトだとか、かな? あと、顔認証システムとか?」


「あー、たしかにそうか。その流れで、一部しか扱えなかった3Dプリンタの技術が、一般人でも簡単に扱えるようになったってわけね」


「そうそう、そういうこと」


「あれ? てことはさ‥‥‥」


「うん?」


「アカウントID発行したら、俺も同じこと出来るのか? 物体をプリントアウトしたり、プラズマ出したり」


「出来るんじゃないかな? うん、出来ると思うよ。スマホさえあれば、何でも出来るように、ACTさえあれば、ここでは大概のことは出来るからね。問題があるとすれば、その前後じゃないかな?」


「……前後?」


「アカウントを発行する前と、発行した後さ。前っていうのは、アカウントを取れるかどうかってこと」


「え? でも、それは‥‥‥」


 俺はアイリスの方へとチラリと目をやる。

それに気づいたアイリスも、俺をチラリと見たあとにおじさんへと目を向ける。


「ええ。私が責任を持って承ります」


「うん、そうだね。君なら大丈夫だとは思う。でも、まさか通常の手続きでいこうと思っているわけではないよね?」


「そ、それは‥‥‥。そうですね、私の権限で何とかしようと思っています」


「そうだろうね。君なら何か言われることはないと思うけど、問題は君より権限があって、厳格な人物に感づかれた場合だね」


「はい……そこだけが気がかりです」


 何か思い当たることでもあるのか、アイリスは伏し目がちに答えた。


「でも……なんとかします」


「そっか……。まあ、それについてはお任せするしかないね」


 おじさんは娘を見守る父のような優しい瞳を向けていた。


「で、発行した後っていうのは、国の管理下に置かれた後っていう話なんだけど、そうなると、君がとれる行動に制限が出てくるんじゃないかなって」


「そうか。確かに超監視社会っつってたもんな。アカウントID持っていない今の方が自由に動けるんなら、取らねえ方がいいのか?」


「いや、それはそれで出来ることに限りがあるんだよね……ほら、見た瞬間、普通じゃないってバレるし」


「あっ、そっか。やべえ、どうしよう。どっちもあれだな……。いやでも、取らねえよりは取ったほうが良いよな……」


「そこで、私から提案があるの」


「え?」


 急に足を止めたアイリスが、真剣な顔をして言い放った。


 足を止めるのが遅れて、前に出てしまった俺は、振り返ってアイリスと正面から向き合う。


「提案? 何か良い案があるのか?」


「ええ」


 アイリスはビシッと、俺の顔に向かって、人差し指を指差した。


「ソーイチ、あなた『ウイルスバスター』になりなさい」


「……え?」

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