第2話 バーチャルとリアル

 『VR』つまり、バーチャル・リアリティは、コンピュータによって作り出された世界である人工環境を現実として知覚させる技術。


 一瞬、それの可能性も考えた。俺は今、VRによる、仮想現実の中にいるんじゃないか、ってな。


 でも、俺の記憶が正しければ、VRゴーグルや、ヘッドマウントディスプレイの類を装着した覚えもなければ、着けられた覚えもない。


 バラエティ番組で観たような、寝てる間にVRゴーグルを着けられる…………というドッキリの可能性もないことはないが…………。


 今まさに、人が車に轢かれようとしている最中にそんなことをするイカれた番組があるとは思えない。万が一、あったとしたらゴーグルを着けに来たADもまとめて死んでる。てか、助けろ。


 まぁ、そうなるとVRではないわけだし、考えられる可能性は………


「なるほど。タイムスリップかぁ」


 そう言って、おじさんはテーブルに置かれたコーヒーに、ミルクを開けて注いだ。


 全く見覚えのない世界に飛ばされ、行くあてもない、人づてもない、といった状況でどうすることも出来なかったので、偶然出会った、目の前のおじさんを頼って相談することにし、近くのカフェに連れて行ってもらった。もちろん、お金もないので奢りで。………奢りだよね?


 ちなみに、ここがVR世界ではないという確証を得るために、一応試しておこうと、埃を取るフリをして、おじさんの被っていた帽子を取ってみた。

 すると、手には、確かに触ったという感覚があり、同時にここが、仮想世界ではないという確信を得た。


 ここで、鋭い人はこう思うだろう。


 もし仮想現実なら、自分自身も仮想なのだから、触った感覚があって当然なのではないか、その方法では、仮想現実かどうかは確認出来ないのではないか?と。


 しかし、そうではない。


 確信を得たのは、帽子を取った時ではなく、取った後だ。


 おじさんの帽子の下には、お手本のような見事なハゲ頭があった。


 だからなんだよ、とお思いになるかもしれないが、これは重要なことだ。

 なぜなら、ここが仮想世界ではないという決定的な理由になるからだ。


 考えても見てほしい。仮想である世界で、誰が好き好んでハゲ頭をチョイスするのかを。


 現実にハゲている人に、仮想世界のキャラを自由に選択出来ますよ、と言って、わざわざハゲのキャラを選ぶなど有り得ない。

 有るとすれば、よっぽどリアリティにこだわる変態的芸術派のド変態(変態という言葉が2回出るほどの変態)しかいない。


 よって、このおじさんは仮想世界のキャラクターではなく、現実世界の人間であり、ハゲたくてハゲているわけではなく、ハゲという現実を受け止めて、嫌々(?)ハゲているのだ。


 以上の理由により、仮想世界に見えるこの世界は現実であり、状況的に未来であるという結論に至るのだ。

 ていうか、未来でも植毛の技術はそんなに進歩していないんだな…。ウチの家系、ハゲ多いからヤバイな…。


 なんて、どうでもいい考察を、ミルクを注いだコーヒーをグルグルかき混ぜながら、頭の中でもグルグル回して、現在の状況をおじさんに話した。


「信じてくれるのか?俺の言うこと」


「まあね」


 おじさんはミルクを注いだコーヒーをスプーンで混ぜながら答えた。冷静な受け答えをする、その様に対して、俺は頭に浮かんだことをそのまま口にした。


「おじさん、マンガとか結構、読む人?」


「ハハッ、それはフィクション的な状況に慣れてるのかってことかい?」


「うん、だって全然驚いてないし。それとも、未来ではもうタイムスリップがあんのか?」


「いや、流石にタイムスリップはまだないなぁ。まぁ、驚いていないように見えるのはそれに近いけどね。まだないにせよ、いずれは出来るんじゃないかと感じていたからなんだ。

 ご覧の通り、君のいた時代とは随分と変わったろう?

 ここに至るまでの数々の技術革新を目にしてきたものとしては、もう何が起きても不思議じゃないのさ。それがたとえ、タイムスリップであろうともね。」


「なるほど………」


 俺はカフェの外に広がる景色に目をやった。

 ファンタジーRPGとしか思えない街の風景が広がりつつも、随所に最新のテクノロジーが見え隠れしている。


 さっきから外を歩いている人達も、格好はRPG風なのに、スマホをいじる感覚で、空中に開いたゲームのステータス画面のようなものを見ている。

 このカフェも、店員らしき人が見当たらない無人カフェで、外の通行人たちと同じ画面を、おじさんも空中に開いて注文を行い、それをロボットが運んできた。


 まったく信じられないが、この風景は『こういう別世界がある』のではなく、ああいった類の、あくまで、『技術』によって構築された世界らしい。


「俺がいた時代の名残は綺麗サッパリ消え去ってるな………」


 思わず、独り言を呟く俺を、おじさんはコーヒーをすすりながら、興味ありげに見ていた。


「ん? どした?」


「いや、さっき僕に、あんまり驚いていないって言ったけど、君のほうこそ置かれた状況の割に、意外と落ち着いてるよね。まさか、タイムスリップ慣れしてるのかい?」


 おじさんは半笑いで言った。それに対して俺も思わず、半笑いになった。


「フッ。んなわけねえだろ。伊達にマンガやアニメをかじってないだけだ」


「ハハッ。フィクション慣れか。じゃあ、西暦を聞いたのもお決まりの流れだったってわけだね」


「まぁな。だから、タイムスリップしたときの対処法は教育済みだ。

 まずはこうして、未来側の人間に過去から来たことを信じてもらうところから始めるのもな」


「じゃあ、僕はまんまと信じさせられたわけだ」


「仕方ねえよ。こういうのは、だいたい一人は信じてくれるのが、お決まりだからな」


「ハハッ、確かに。西暦のことだったり、急に僕の帽子を剥ぎ取る奇行だったりを、いざ目の前にすると、意外と信じてしまうもんなんだね」


「奇行………」


 仮説を検証するためとは言え、人様のハゲを晒しものにしちまったことに俺は、苦笑いしている顔を隠すように、目の前のカップを持ち上げ、口をつけた。


「それに…」


「それに?」


 おじさんの続きの言葉を待つように、俺はカップを掴んでいる手を思わず止めた。


「伊達に、マンガやアニメをかじってないんでね」


「ハハッ、そりゃ驚かねえわけだ」


 納得した俺は再び手元のコーヒーを口に寄せ、一気に飲み干した。


 そのとき………


『キャアアアア!!』


 その場に大きな悲鳴が響いた。

 悲鳴が聞こえたカフェの外に目をやると、窓の外に広がっていた、異様な光景に思わず目を見開いた。


「な、なんだあのバケモン…?」


 目に映った瞬間、それを『バケモン』と表現するしかなかった。


 そこにいたのは、宙に浮いた黒い肉の塊。腕が二本だけ生え、肉の真ん中に大きな一つ目がギョロリと光っていた。


 そのバケモンは、腕を振り回して建物を壊し、恐れる街の人たちが逃げ惑っていた。その光景を見た俺は………


「行くぞ、おじさん!!」


 テーブルの上に立ち上がり、窓の淵に足をかける。


「え、状況理解出来たの?」


 おじさんは俺の背中に向かって問いかけた。


「あぁ」


 俺は振り返って親指を立てる。


「クエスト発生………ってやつだろ?」

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