第48話 チキンレース

「――ねぇザッコさん。結局銅の指輪って、どう使うんですか?」


ギルドに戻る道のり。私は渡された付属品を眺めながら問う。


「魔力伝導率とか伝達率とかは分かりましたけど、結局のところ。これは“腕を通る”じゃないですか」


なるほど。魔力には伝達率や伝導率があり、その是非が武器の性能を決定する。それは理解した。


けれどもこの銅の指輪。杖と違い通るのは鉄ではなく肉だ。


ならば指輪の意味とは?そもそもどうして魔力伝達率を引き合いに出した?




よくよく考えれば意味が不明なこの指輪。


ザッコさんは面倒くさそうに頭を掻くと、口を開く。


「そうだな。俺の説明が足りなかったな悪い」


そう言ってザッコさんは付属品を取ると、それをハリィに装着させる。


「先ずな、銅の指輪。確かにソラちゃんが言う通り指輪単品じゃ使い物にならねぇ」


「じゃあ、、、、」


「そうだ。その疑問は正解。ただ、付属品の意味を考えればもっと良かったぜ」


腕と肩の境目に位置しそうな高い所に、ザッコさんは小さなベルトのような付属品を締め、ベルトにある謎の穴に銅線を通す。


「最後にその銅の指輪にある穴に銅線を通せば完成だ」


銅線を通してザッコさんは言う。




「これで、魔力が伝達するのは肉じゃないだろ?」


「そうですね」


銅線を伝えばそれは肉を魔力が伝達するのではなく、銅が魔力を伝達した事になる。


「どうだ?分かったか?」


「えぇ、そうですね。でも、他にも気になる事があって」


「ほほう?一体何だ?」


私は感心する様に零し、ついでにもう一つも聞こうとする。


「魔力伝導率がさ、鉄が100%でしょ?で、もしも人体がそれよりも少なかったらさ、これを伝わせても与えれる魔力は変わらないんじゃ?」


「おいおいソラちゃん。この質問はいただけねぇなぁ。簡単じゃねぇか答えは。移動する時は分散して、攻撃する時に集結させる。両手で持てば少なくとも片手で使うよりも大っきい。だろ?」


「あはは、要するに蛇口を多くすればいいって事ですか、、、、」


魔力を水とすれば、鉄という容器に蛇口から水を流して使った方が強い。そういう理屈だ。




「蛇口?まぁ、そうだな理解すればいいか。ほら、銅に魔力を送る橋となるその付属品のベルト。もっと細くてもいいけど、太いじゃねぇか。可能な限り魔力を取り込もうとした工夫だよ」


言われた言葉に、私はまたも感心した声を零す。


常々リアルだなぁとは思ってはいたこの世界だが、今一層それを強く感じる。


(いや、第一ここは本当にある世界だったか)


ゲームじゃない。心で薄れていた意識を今一度戒めると、気楽に呟く。




「――そういやこれ、より強い魔法撃つだけじゃなくて、“早く撃つ事も”出来るよね?」







ハリィは走っていた。


ニマを助けに行く。また誰かを助けようと出ていったソラを見て、ハリィはやけに苦しい虚さを覚えた。


けれども、自分に何が出来ようか。


部屋の隅で涙を出さず泣いてた時、横で二人が喋ってた。


自分も行くべきだったか。それはハリィが悩んでる悩みそのものだった。


そんな悩みに、あの阿呆は言った。


『私は空ちゃんに何も出来ない位弱いけど、セレナちゃんなら何か出来るんじゃない?』




――自分には何が出来る?


答えは簡単だった。


自分は強い。なら空を守ることが出来る筈だ。


結論を出せば動きは早かった。


ハリィは銅の指輪を装備し、窓から外に出た。


地面を走るなんて時間が勿体ない。いち早く空を見付けたいハリィは屋根を走った。


だが、、、、まぁ、なんだ。


カナーは空と一緒にいる為にここに越して来たが、その直後稼ぐ為に外に行き、帰っては来たがこの街での総滞在日数は一週間もないだろう。厳密に言えば本当に一週間ではないが。


ともあれ、道に迷ってしまったのだ。平たく言えば。




空を見付けれずにいるハリィ。だが、遠くの方に音が立った。


とびきり大きな音。それにハッと振り向く。


遠くの方で空、ではなくカナーが悪魔相手に技を掛けてた。近くには空も。


助けに行こう。棒になるまで走った足を無理矢理動かし、空の元へ向かう。


あと少し、もう少しで助けれそうな時。空がカナーを助けて落ちた。


また――また誰かを助けに行って自分を犠牲にした。




「、、、、バカ」


ギリッと歯を噛み、ハリィは銅の指輪から糸を出す。


時間内に糸が届くか?糸が引く力に耐えれるか?


愚問。そんな事を考えずに魔力を込めろ。


落ちる空をハリィは手を伸ばす。間に合えと。


しかし、その手が一度“すり抜ける”。


あぁ、駄目だ。


また、空は自身を犠牲にした。


(凄いよ、お姉ちゃんは。一度だって難しい自己犠牲を、二度も)


でもね。


(おかしいなぁ、ハリィは、悲しいよぉ、、、、)




血の気が一気に引く錯覚に息が詰まった瞬間。ふとももに圧がかかる。


膝の上で倒れ込む空。その背には壁がピッタリと。


間に合った。


通常ならば間に合わなくて膝にぶつかってもずり落ちる筈なのが、銅の指輪の伝達率が、僅か0,数秒の差で助けれた――




「えっと、その、ハリィ。大丈夫か?」


大丈夫?自分が?


「泣いてるぞ。ハリィ」


ポトリと零れた雫が空の服に滲む。


「本当だ、、、、」


「大丈夫か?どこか痛いのか?」


「ううん。大丈夫。大丈夫だから」


そう言って息を飲み、言いたかった事を言う。


「助けに、来たよ。お姉ちゃん」


今度は自分が、自分こそがそうしたいと願った言葉。




「――あぁ、じゃあついでにあのデブを助けてやろうよ。ハリィとなら出来るさ」


「、、、、うん」


そう言ってハリィは私を抱き抱えて屋根の上へ登る。


「ソラ?大丈夫なの?わたしを庇って」


上がって来た私に駆け寄ったカナー。


「あぁ、大丈夫だよ。それよりも、見て。ハリィがやって来たよ」


「ハリィ?あぁ、この子ね。でも、この子何が出来るの?」


「あっ、確かにそうだな。ハリィ、あの魔法以外何か使えるのがある?」


「火が、一応出来るよ。でも、自信はない。、、、、ごめんなさいお姉ちゃん」


「いや、謝らなくていいよ。ハリィなら私達に出来ない事が出来る筈だよ」


「、、、、うん。お姉ちゃんが、やれって言うなら、ハリィはなんでもするよ」


それは有り難いな。




「さて、悪魔。決着をつけてやるぞ、今から、、、、って、アレ?おい!どこ行くんだよ!」


マジか!アイツ卑怯云々とか言いやがってたくせに、ハリィが来たら逃げやがったよ!


「クソっ!追いかけなきゃ、ああっと!」


「もう、ソラはまともに走れないんだからゆっくり歩いて行ってよ!」


「お姉ちゃん。ハリィは、先に行っとくよ」


「おおっ、けー!」


あぁ、どうして私はこんなにバランスが悪いのかなぁ?




悪魔を逃さんと追う二人、けれどもハリィはバランスの点で問題ないが相当バテているのか全く足が上がらない。


カナーはちゃんと足を上げて前進するも、距離は不思議と縮まらない。


距離が縮まない中、途切れた建物の道。


これで悪魔も観念するのだろうと少しホッときたが――悪魔は跳んだ。


途切れた道。だが、その先に道はある。


しかし、それは建物構造からして高く、距離からして遠い道。というか、あの建物どっかで見たっけ?


届くはずない。だが、火事場のクソ力とでも呼べばいいのか、魔力でドーピングしたのか。


「――っッッ!セイヤアァァッッッ!!」


悪魔はゴツい掛け声と共に跳躍。屋根に張り付いた。


「うへぇ、、、、。あそこまで飛ぶのか。これは、どうだろうか?」


私達は届くのだろうか?しかし、心配は杞憂。


ハリィは私を掴み、跳ぼうとしたカナーに「待て」と制し、私を胸にカナーを肩に掛けてあの魔法で飛ぶ。この魔法ならナウシカ系だと分からないし便利だもんね。


私達は屋根に乗り出し、悪魔が逃げてないか見る。


すると悪魔は足を抑えてうずくまってた。流石にさっきの跳躍は足の方に効いたのだろう。


千載一遇のこのチャンスを逃すまいと私達は武器を手に取る。




「くそっ、来やがったのか!?」


「残念だったな!目論見が外れて。お前にとっても苦渋の決断だっただろうが、けっきょくわ――ああっとと!」


「本当にバランス最悪だねソラ」


私を一瞥して苦笑したカナーは悪魔の首に鞭を打つ。


ビシュっと喉を切るが、お目当ての首に鞭を絡ませる事は叶わない。


意図して首を切らせる様にした悪魔は驚異の再生力で逃げようと試みるが、「されるかぁぁあっぶ!」


舌を噛んでしまったが、私は接近して格闘戦に持ち込む。


「甘い!」


そう吐き捨て、悪魔は槍を突き出す。


バランスが取り難い私は脇腹をかすめるが、固く握った拳を頭に叩き込む。




ぐらんと目が回る悪魔。剣を取り出し、紐を切って助けようとした時。


何か臭った。


カビのような、苔のような、、、、いや、違う。これは、“キノコ”だ。


グルリと首を回し、後ろを見る。手を屋根につけるハリィ。


なるほど。一理ある。野外や屋根の上だから容易に逃げられるのだ。なら建物の中に打ち込めばいい。


ただ――(他人の家の屋根を破壊するという事が良心の呵責なしで出来るならね。あと、窓がないのも条件、、、、)


ぶち抜けた屋根が重力と共に崩れる。







バゴン。


埃っぽい臭いとキノコ臭。そして随分と清潔感があふれる匂いが鼻に入る。


「一体ここは?」


いや、十中八九予想はついている。あそこだ。


キャーキャーキャーと、何人もの悲鳴が上がる。そりゃあそうだろう。空から屋根が降ってくるなんてな。


「そっ、空ちゃん!?どうしてここに!?というか、屋根が?」


「先輩。そんな事は、、、、いや、どうでもおい訳ではないですけど、それよりもこの屋根の下に埋まってる人を助けてやって下さい」


「え!?あー多分いないと思うけど、分かったよ空ちゃん!そっ、それと皆んな!えーと、あれだ!そうそうあの悪魔が逃げない様にドアとかを隠して!」


手でガッツポーズを取り、先輩はいそいそと瓦礫を小さな力で片付ける。それと先輩その指示ナイスです!




え?何故ここに先輩かって?簡単さ、ここは以前訪れたあの――


「教会、か。随分と皮肉なところに落ちたな」


ザッコさんに連れられたここを見て苦笑する。まさかよりにもよってこことは。


「そうだな。先ずは手っ取り早くお前をぶっ倒そうか。先輩は下敷きになった人間は多分いないと言うが絶対じゃない。パパッと倒して救出するぞ」


「YAEH!ここがお前の、ラストステージだよ!」


「、、、、殺す」


逃げ場はもうない。そして戦うはこのメンツ。負けはないだろう。




「クソがっ!」


先手を取られれば負けると悟ったのか、悪魔は槍を振るう。


「ヘイ!」


振るう槍をカナーは鞭で槍を絡め、それを踏み付ける。


無力化させた槍。だが、悪魔は首に噛み付く。


しかし、悪魔は垂直に横転する。


蹴り飛ばされた槍。飛び出したハリィが槍を蹴り飛ばした事によりバランスが崩れる。真横に。


「よくやったハリィ!」


これなら縄が切れる。だが、またも顔につく何か。


だが、今回顔についたのはペースト状の何かではない。これは、、、、“舌”だ。


(コイツ、舌を噛み切って吐きやがった、、、、!)


ベェと、ない舌を出して倒れた悪魔は笑う。




笑って、キッパリと槍を捨てた悪魔は殴り掛かる。


顎へ目掛けた蹴り。それが私にクリーンヒットする。


揺れる脳みそにダブる視界。誤魔化す様に拳を突き出す。


が、余裕で避けられる。


そして腹部が浮く。


「うグェ、、、、」


胃酸が袋の中で踊り、食道へ迫り上がる。吐かずに済んだのは、偶然か。


「このっ!」


掛け声とカナーの素早い蹴りが同時に悪魔へ飛ぶが、ダブった視界でも避けるのが認識出来る。




しかし、避けられたのなら避けられた。蹴りで伸ばした脚を踵落としが如く払い、掠らせる。


悪魔は「危ない」と呟くが、槍が飛ぶ。


カナーが絡ませ踏みつけた槍を悪魔に突き出す。


お見事悪魔の土手っ腹に刺さる。


けれどもただ刺すだけで事だけでは済まさず、槍を回して臓腑を混ぜる。


「けホッ!」


軽い咳で飛び散る血潮。


なれど、こんなんでコイツが止まったら苦労なんてしない。


悪魔は逆にカナーへ強く進み、その勢いでバランスを悪くした隙きに槍を抜く。




「うっ、ケッホケッホ、、、、っ!」


起き上がろうと咳込む私へ容赦なく蹴りが入る。


にしても、コイツ。屋根の時から違和感はあったが、戦闘の上達具合が相当早い。最初会った時の比じゃない。


私がバランス感覚が悪いのを差し引いても屋根の上でああまで戦えるものか?


また蹴られそうになる私に、ハリィは銃を向ける。


だが、「やめろっ、ハリィ。ニマまで撃つ事になるぞ」


「――――――、、、、」


私の制止を無視してにじり寄るハリィ。それを見て悪魔は狼狽える。


あぁ、それもそうだろう今のハリィの目なら悪魔どころか鬼すら覚悟をさせるに足りる。加えて悪魔にとってた誰だか知らない相手に武器だ。




「おい、ハリィ。やめろ、、、、」


暴走するハリィに声を掛けるが、ハリィは進む。


近く近くに。冷たい怒りを孕んだ瞳で睨んで近付き、そして――悪魔の目を“抉る”。


自然と、そよ風が撫でるような柔らかささえ持ってしてハリィは目を抉った。謎の武器に意識を持って行かせてからのフェイント攻撃。


その柔くて小さくて白くて細い指が真っ赤に濡れて眼球を握る。


一瞬でやった背筋が凍る行動に、私を含めて周りの全員が息を飲む。


両目を奪われた激痛に悶絶し、反射的に手でハリィを叩き飛ばす。


瓦礫を転がり、小さな体には少々酷な痛みを受けるが、気にせずハリィは言う。


「お姉ちゃん。したよ、ハリィに出来る事」


かわいらしい小さな少女が妖しく笑う。それはもう狂気的に微笑む。


良い笑顔だ。それはもうため息が出る程に。


「サンキューハリィ。なら、今度は私がするぞ。私しか出来ない事」




剣を、握り捨てて私は走り出す。


拳を大きく振りかぶる。


盲目の悪魔は防御の構えを咄嗟にとるが、問題にならない。


「おらぁ!」


顔への一撃。だが、それじゃあ私にだけ出来る事じゃない。


「カナー!鞭を貸せ!」


「えっ、あっホイッと」


渡した直後にやっちまったと表情を浮かべるが、悪いが使わせてもらう。


目の見えない悪魔の首の後に鞭を通し、私の首の後ろにも通して“結ぶ”。


私にしか出来ない事、正直何も取り柄がない故にそれを取り柄にする。




「――レースをしよう。チキンレースだ。ただし、ブレーキなしのどっちが先に気絶するかの度胸試し《チキンレース》だ。それと、邪魔だから手出すなよカナー」




気絶すれば不死身さえ無力化は可能。


私は逃げれないようにお互いの首を鞭で縛って睨む。


飛び切り嫌味に嗤い、目が再生しにかかる悪魔に頭突きに加えて拳を突き出す。


悪魔もただ殴られるのを許す訳なく私を殴る。


魔力で強化した拳を叩き付け、叩き付けられる。


魔力障壁が私には常時展開しているが、先程を見れば分かるように平気でダメージが入る。しかし、強化は私だけではないようで、悪魔を殴れば私も痛い。


鼻が折れ、頬が腫れてもなお、私は殴る。


肌が冷たく感じる。筋肉が少しでも動くだけで激痛が走る。


何度も意識がぶっ飛びそうになる――なる。




拳の応酬。短期間に幾度となく入る拳が、一発、そう一発致命的な打撃が私に入った。


(やばい、これはちょっと、洒落にならないな、、、、)


視界が白黒し、チカチカと反転する。


大きく仰け反り――ぞう、仰け反って――――


「空ちゃん!!」


そう、仰け反って――私は悪魔に頭突きをかます。


あぁ、顔中が痛い。その上今ので頭が割れて気絶しそうだ。


でも、後ろの声が私を引き止めた。


「えっと、がんばれ空ちゃん!負けるな空ちゃん!」


瓦礫を一杯に持ちながら先輩は叫ぶ。


(そうだ。あぁ、負けれないよなっ!?)




五本指をしっかりと握り、打ち込む。


パキリと、高い音が腕から鳴る。硬い物を殴り過ぎた反動が指に来た。


けれども、これしきで引けばこのレースに勝てない。


頬を伝う鈍い痛みを振り切って私はもう一度握り、打ち込む。


「パキリパキリ」


二本折れた。だが、これで最後だ。


苦悶の表情を浮かべ、拳を上げる瀕死の悪魔に打ち込む。


私が拳を突き出す時、同時に悪魔も突き出す。


刹那――私は空間を開く。


隠してた奥の手。隠す程大した手でもないが、今回も悪魔との騙し合いは私の勝利だ。


ザッコさんに買って貰ったガントレット。鈍色が艶なく光る小さな安物を装着し、ありったけの魔力を込める。




「ぅ、、、、――――――っっらあぁぁぁぁぁ――――――――ッッ!!!!」




火花が飛び散る。


硬質化した悪魔と、高火力の鋼がぶつかり飛び散った。


悪魔を殴ってやった。そう理解した時ビーンと鞭が張る。


(そうだ。私も殴られたんだ)


激痛ももうここまで来れば他人事のように受け取れるのか。そう感心しながら私は倒れる。


その時、ピンと鞭が強く張る。


最早首を動かすのもオーバーワークな体に前を見ろと命令する。


白目を向き、血塗れ青痣塗れの悪魔。そしてダランと垂れる四肢が物語るは――


(勝った、か)




今回も危ない綱渡りをしたもんだと鞭を解いて苦笑して一気に倒れる。


カナーは倒れるのを見ると悪魔に寄り、ニマを救出した。


「うっ、うう、、、、超怖かったでござる」


うん。ごめん。


「もう、ニマ!男なんだから泣かないの!」


カナー。それはちょっとないと思うぞ。だって、コイツ巻き込まれただけだし。


「だって、拙者いきなりコイツに拉致られて、、、、」


「それが一体どうしたの。わたしが助けに来たんだから怖い事なんてないじゃん!」


「それは、、、、」




言い淀むニマ。カナーにそれ以上は言うなと言い掛けたが、その前にする事がある。


「すみません、皆様。この中に封印使える人っていますか?」


元修道者のセレナさんが使ってたんだ。きっとこの中に一人位いるさと期待を抱いて聞いたが。


「えっ、あっ、その。そんな複雑な魔法僧侶様しか使えません」


「ならその僧侶様って方、使ってくれませんか?」


「それが、、、、」


「いや~。ワシ魔法は正直専門外で」


マジか。セレナさんって凄いんだな。


「あぁ、でも回復は任せてください。それ位なら出来るので。ホラ、皆んな来なさい」


僧侶様と言われたおじいさんの声で何人かの人達が私に駆け寄る。


「あの、すみませんが、、、、」


「大丈夫です。何も言わなくて。傷付いた人を治癒するのは当然の事です。カナリエ様のご友人なら尚更です」


ねぇ、先輩。一体ここで何をしたんですか?って、そうじゃない!


「あの、、、、」


「カナリエ様の歌は実に素晴らしい。ただ濁りのない歌、表情とプロポーションも相まって正しく女神――「避けて下さい!」




咄嗟に体を起し、僧侶を突き飛ばす。


驚く僧侶の眼前で腕が空振りする。舌打ちが鳴る。


「クソッ、よく分かったな」


「お前の事だ。どうせ気絶しても直ぐに起き上がると思ったよ」


もう痣が治りかけてる悪魔に笑い掛ける。


一発グーパンをお見舞いしようと拳を握るが、その前に悪魔が逃げる。


皆が私の治療の為に駆け寄ったせいでガラ空きになった教会から逃げる。一瞬カナーが捕まえようともしたが、直ぐに手を引いた。




「あーあー。逃げられちゃった。でも、まぁいいか。ニマを取り返した事だし、及第点だな」


改めて傷が癒やされながら呟く。


「ねぇ、空ちゃん?大丈夫?」


「全然。一応怪我は治るけど、全くこれで何も報酬とかないのってないと思いますよ。お金を貰える立場なんかじゃないけどね」


「もう、空ちゃんはそんなに悪くないのに」


「そんなにの問題じゃありませんよ。それと、皆様ありがとうございます」


傷が一通り治ると、私は立ち上がって差し当たりすべき事を判断する。


「まずは、瓦礫を片付けるか」







幸いな事に瓦礫に巻き込まれた人物は一人もなく、特段問題な事はなかった。一つを除けば。


「ですから、ソラさんは悪魔との戦闘でそうなったのであって、しかもソイツがこの人を誘拐して、、、、」


「そうかぁ。でもな、やったものはやったものだ。もしも悪魔から絞れるならいいが、そうじゃねぇなら。分かるよな?」


「でも、ソラさんは、、、、」


駆け付けた非番の筈のザッコさんは、頭を掻き毟りながら私を弁護するセレナさんに残念そうに言う。


「いいか。壊したものは壊したんだ。キッチリ払わんといけないんだよ。ホレ、“請求書”」


突き付けられた現実は泡を吹いて倒れそうな額の請求書。今日の戦闘で破壊した様々な物の請求だ。


「俺もなぁ、お前等はいいやつだって知ってるから心苦しいんだよ、これを渡すのがさ。でもな、壊された人の事を考えりゃ、俺は心を鬼にする必要があるんだよ。それと、教会からの請求は何故か何もなしだそうだ。後で礼言っとけよ」


先輩本当に何したんですか?




「うーむ。かなり痛い出費だな」


「すみませんソラさん」


「ん?いいって別に。それに私こそ謝るべきだよ。こんな事で引っ張り出すしてさ」


と、強がってはみたものの、正直かなり痛い。


「なぁ、ソラ。勝負しないか?」


と、思ってると横から騒ぎを聞いてやって来たドクから声が掛かる。


「ほう?内容は?」


「勝負内容は話し合いで決めよう。ただ、賭け金はお前だ。俺等からはその修理費の全額を出す事を約束しよう。どうだ?乗るか?」


ドクのセリフに周りの皆んなが敵意の視線を向けるが、私は黙って請求書を受け取る。




「受けないよバーカ。損害賠償は仲良く半分こだよ」


飄々と言い放ったセリフに、微かだがドクは目を開く。


「ほほう、悪くない提案のつもりだったがな」


「勘違いするなよ?主導権握ってるのは私だよ。この勝負はお前等の利益が大き過ぎる。考えてもみろ、たかが倍の額を払うだけで人材の獲得。勝てばそのまま損害賠償は半分こで、負ければたかが倍額」


そして――


「何よりも今回お前は私を乗らせる決定的な餌がない」


そう、私の精神を破壊し得る歌とかね。


「フッ、戦いの後なら乗せれると思ったが、そのキレ。やはりお前が欲しいな。どうだ?もう少しこちらのチップを追加しようか?」


「いや結構。さっきも言った通り主導権はこっちにある。賭け金を増やそうとも私の持ち掛ける勝負に応じるとは思えないわ」


それに、ハリィの為にももう身勝手な勝負は乗れないし。


私は不安げなハリィの頭を撫でて微笑み掛けた。




「でも、空ちゃん。お金どうするの?」


先輩から掛かった声。


さて、なんと答えるべきだろうか。


ゼロが一杯の数字、疲れてる体。これでクエストは難しそうだなぁ。


まっ、結論は最初から一つだけか。


「決まってますよ。“ここ”を、使いましょ」


親指を頭に指して言った。


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