第47話 ファーストバトルステージ

「そして悪魔――今から会いに行くぞ」




ギラリと鋭く笑う。


悪魔にはまだ払ってツケを返して貰おうと、そう考えるだけでまた少し笑みが鋭くなる。


ツケが何かって?決まってるじゃないか。


「よくも吐きやがったな悪魔。腕と脳で払った気になるなよ」


そう、肩ではなくあの目潰しだ。


不死身なら、、、、もうあれの100程痛くても問題ないよね?




へっ、と流石に自分も苦笑する怒りを笑って登りやすそうな建物を見繕う。


いい感じに凹凸がある建物に必死にしがみついて登り、屋上へと上がる。


遅れを取ったが、二人は近くにいるかとグルリと首を振る。


少し向こう。そこで二人は逃走ではなく戦闘を繰り広げる。


戦闘はカナーが一見優勢に見えるが、悪魔はちょいちょい攻撃を繰り出している。先程は結構防戦一方だったのだった故に意外だ。




早く行かなくてはと、私は屋根を走ろうとするが、、、、。


「うわっ、おっ、とっと!!」


一歩目を踏み出した瞬間にバランスを崩す。


膝が崩れ、ぶっ倒れて屋根の外に投げ飛ばされそうなその時、手をついて転倒を阻止した。


立ってる時はそうでもないが、いざ歩くか走るとなると屋根の傾斜がバランスを崩す。単なる傾斜なら問題も大きくはなかっただろうが、瓦の波が拍車をかける。


(はは、アイツ等この上でダッシュしながら戦ったのかよ)


苦笑を浮かべ、パキリと瓦を割って立つ。こうすればバランスも多少は良くなる筈だ。


体幹の芯を崩さないようにと意識を持って私は走る。




「けっ、大した事ねぇと思ってたが、お前。中々やるじゃねぇか!ソックリの」


「ソックリのじゃないよ!私はカナー。アイドルだよ!」


「そうかよ。つーかお前は天使じゃねぇのか?」


「そんな訳ないじゃん。まったく、ただ似てるだけなのに私まで天使だと思わないでよ」


悪態をつく言葉を吐きながら、二人は互いの攻撃を避け合う。


悪魔が槍を突き出せばカナーは踊る様に避け、カナーが鞭を打てば悪魔は豪華に躱す。


決着がつきそうにない消極的攻撃。それを打破せんと悪魔が一手を打つ。




「おらあぁ!!」


三又槍の一突きを一閃。だが、カナーは軽やかにもどかしい距離で避ける。


と、その踊る様な避け方でなびく鞭に、悪魔は槍を突き出しフォークでパスタを巻くみたいに槍で絡め取る。


「おっと!」


「貰った!」


グンと引っ張り、カナーを一噛みしようとした悪魔だが、歯は空気を噛んで顔にめり込む。拳が。


悪魔の引き寄せにカナーは類稀なバランス感覚でペースを自分のものにし、噛みつきは当然としてグーパンをお見舞いする。


「悪いけど、わたしをソラと一緒にしないで。私の方が超々強いんだから。えっへん」


それに――


「わたしはキスサービスはやってないよ。お生憎ね」


ウインク一つ飛ばしてまるでこれで許してねと言わんばかりに笑う。




どうしようかと悪魔が逡巡する間、空が同じ家の屋根に来た。


「大丈夫かカナー、、、、って、うわっとっと!」


「あれ?ソラ?どうやって来たの?というか、肩は?」


「そんな事どうでもいいだろ。ほら、準備しろ。二人で攻撃をっ、とわっ!」


フニャフニャとバランスを崩しまくる空に、カナーはため息をついて言う。


「ソラはいいよ。邪魔になるから」


「いや、でも、、、、っ、あっぶな!」


「ただ立つだけでもそんななのにどう戦うの?」


ふと、空が通った道がどうなってるのかと気になり、後ろを向く。


――なんということでしょうか。


たくみの足によって、規則的に敷かれてた瓦が。蛇が這ったようなクネクネの道を瓦を粉砕して造っているではないか。しかも所々落ちかけた跡があるし、空もこころなしか埃っぽい。


「うん。ここはわたしに任せてソラ。なーに、私が負けるわけないじゃん」


悪魔を睨んで言った言葉に、空は不貞腐れた感じに「お手並み拝見といこうか」と返す。




カナーはひらひらと鞭を泳がせながら、悪魔を見据える。


悪魔はカナーが何を仕掛けるかと警戒する。


4秒程の睨み合いの後、カナーは腕を高速に振りかぶる。


振りかぶった腕に握られてる鞭。それは弧を描かず、真っ直ぐに飛ぶ。


鋭い鞭は悪魔の眼球を一つ潰す。


「うぐっ」


目を潰したカナーは懐に潜り込もうと屋根を蹴る。


悪魔はそれを知ってか、目を手で抑えず槍を前に伸ばす。


「おっ、意外だね。結構いい線いってるけど、わたし相手にはまだまだかな?」


槍をすり抜け、懐に潜り込むと肩と肘を掴み、カナーは後ろに倒れる。


(――巴投げ!?)


それは空が以前カナーに使用した技。それをカナーは悪魔に使用した。たった一度だけ掛けた技を。




鞭ではなく悪魔が宙で弧を描くと、技によって勢いよくバンと屋根に叩きつけられる。


「ひでぶっ!」


ん?え――と。そうだ。叩きつけられたよ。“ニマが”。


「あー!忘れてた!あんまりにも騒がないからソイツが背中に縛られてんの忘れてた!」


「あっ、そういえばいたねニマ。静かだから忘れてたよ」


「せっ、拙者怖くて何も声上げれなかったでござる、、、、」


「お前等助ける相手を忘れやがったのか!?」


様々な理由で驚きだが、言える事は一つ。


「カナー早く離れろ!その脂肪がクッションになったせいで悪魔にダメージが入ってないからな!」


「分かってるよ!まったく、少しは痩せたらどう?ニマ」


「あべしっ!」


ついうっかりフレンドリーファイアをしてしまったが、カナーは私の言葉よりも早い動きで悪魔から離れる。




「クソッ、お前等は仲間への思いやりってのがねぇのか?」


「ないならここになんていないよ。ニマは、私の大切な仲間だよ」


「へっ、よく言うぜ」


目を抑えながら、悪魔は槍を構える。


ふしゅーと息を漏らす悪魔。だが、その声に何か不安が混じる。


「クソが!テメー何やりやがった。目が全然治らねぇじゃねぇか」


犬歯を剥き出しにして吠える悪魔。目が治るだなんて本当に便利な体してるなと呆れる。


「へへん。やっぱり不死身でも毒が効かない訳じゃないんだ」


ドヤ顔を晒してカナーは馬鹿な事に手の内を明かす。だが、なるほど毒は効くには効くのか。


しかし、コイツの毒は再生を鈍らせる効果があるのか?昨日蛇に使った時は多分麻痺毒だが、悪魔の症状を見る限りは麻痺ではない気がする。


「なぁ、カナー。ちなみにお前が使える毒の種類は?」


「麻痺と出血の二種類だよ。今使ったのは出血」


「そうか、、、、ところで、コイツには出血よりも麻痺の方が100倍効果的じゃ?」


「――――、、、、しまった」


いや、まぁ、私も途中ニマのこと忘れてたから言えないけど、麻痺毒使えばもう勝てたのでは?




「まっ、いっか。どうせわたしが勝つし!」


スンと鼻を鳴らし、またもひらひらと鞭を泳がせる。


「けっ」


両目を潰されては勝ち目はないと悟ったのか、悪魔はゆさりゆさりと後ろへ後退する。


しかし、それこそが狙いのカナーは悪魔へ駆け出す。


迫るカナーから大きく退こうと動く時、カナーは槍を鞭で拘束する。


「とやっ!」


屋根を軽く蹴り、跳んだカナーは悪魔の頭に垂直に蹴りを打ち込む。若干ニマにも入ってる気がするが気のせいだ。


悪魔が蹴りに顔を顰めながら拳を突き出すも、軽やかに避けて逆に悪魔のみぞおちに拳を命中させる。




「うぐっ」


頭にみぞおち。痛撃を喰らった悪魔をよそに、カナーはニマを救出しようと走る。


が――ゴッツン!


悪魔が頭突きをかました。


ぐちゅ。


滴る血液。額が割れる勢いでぶつけた悪魔。


その表情には鬼迫迫る覚悟があった。


そしてその攻撃を受けたカナー。頭に手を当て、二歩三歩と下がって目を大きく見開く。


「、、、、負けねぇよ。クソッタレが」


額の血を拭き、槍の鞭を取りながら悪魔は言う。


「もう、おでこに攻撃とか、痕が残ったらどうするつもりなの、、、、」




知るかと笑う悪魔。


鞭を解くと悪魔はカナーに接近戦を持ち込む。


風を斬る鞭を悪魔は間一髪のところで見切り、槍をバットのように振る。


すんでのところで腕を盾にするが、悪魔は片方の腕でバンと張り倒す。


バランスを崩すカナー。だが、崩し切る前にバランスを立て直す。


好機と見て近付く悪魔に、カナーは蹴りを綺麗に顔面に。


「ぐっ」


思わず声を上げるが悪魔は槍を引き、鋭い突きを放つ。


突き刺した先。そこにはカナーの髪が残るだけだった。


突如として視界から消えたカナーを探そうと目を回す。けれども右にも左にもカナーはいない。


まさかと。下を向く悪魔。


そこには胸が地面につきそうな程低姿勢で待ち構えてたカナーがいた。


――まずい。


本能が下した命令。だが、遂行する前に喉首が切れる。




「っ――――、、、、っか、っかはっ!」


頭は飛ばなかったが、下から振られた鞭は悪魔の喉笛を完全にかき切った。


藻掻く様にブンブンを槍を振り、カナーを追い払う悪魔。


吸って吐いて吸って吐いて。息を吸おうとするが、悪魔は何故か膝をついて咳をする。


「おっ、お前、、、、やり、やがったな、、、、げっほげっほ」


恨み辛みが籠もった瞳。その瞳が語るのは一つ。


「へへん。どう?わたしの毒は」


症状から見て麻痺毒だろう。毒液が滴る鞭を指で擦って笑う。


喉が麻痺でもして萎縮したのか、悪魔は咳をもう何度か繰り返す。




「くそっ、っが!」


悪魔は足を震わせながら立ち上がり、槍を構える。


「諦めろ。もう、抵抗は無駄だろ。その目だって今ようやく治りかけそうなところだろ?息が禄に吸えない体でもう戦えないだろ」


不死身の悪魔も酸素が吸えないのはどれだけ苦しいのだろうか。意識が朦朧し、筋肉が弛緩、更には苦しみで失禁。息が吸えないだけでここまでのデメリット。


「うげっほげっほ!、、、、それだけ、かよ」


「それだけって、、、、」


「――オレサマは!例え、手も、足も、他になくなっても、、、、全部なくなるまでは、いや、全部なくなっても、オレサマは諦めねぇ!」


文字通り血反吐を吐く様に叫ぶ悪魔の声。何がコイツを突き動かすのか。コイツに命令したのは誰か。何故ここまで信頼をされてるのか――




悪魔は舌打ちを一つ鳴らすと、萎縮した喉を悪魔は素手で引き抜く。


ビシャビシャと血が流れるが、息が吸える様になった悪魔は槍を構える。


どっしりと重く、軸が微動だにしないその構え。


素人の私にもその構えが凄さが分かった。


構えの形の美しさ等ではない。


ただ――“捨て身の攻撃をしようとしている”。その事実に。


今まで失敗をすれば確実に私達の片方が救出をする故にしなかった突撃を、コイツはしようとしている。




カァと息を吐く。


狙いは最も当たり易いだろう腹部。


カナーも悪魔の尋常ならざる覚悟を知ってか、必ず避けれる様にと身構える。


――――――セイヤッ!!


雄叫びを上げ、突進する悪魔。


屋根の上を迷わず曲がらず、ただカナーに向けて疾走る。


しかし、無情。


カナーはそれを軽やかに避けた。


が、その時。


「え?」


カナーは大きく体勢を崩した。あれ程の体幹を有していながら、避けるという行為で崩した。


その原因は、目を凝らせば分かった。


そう、ほんの小さな不幸だ。靴紐が切れたという些細な不幸だ。


だが、その不幸はカナーを宙に投げ飛ばした。




「うおぉぉ!!」


宙に浮いたカナー。彼女を見た時、私は体が自然と助けようと動いた。


そして腕を掴み、引いた。それはもう全力で。


「え?」


そしたら、今度は私が外に投げ飛ばされていた。


(あぁ、遠心力を使って力強く引き過ぎたか――)


そんな事を思い、まぁこの高さなら怪我もしないだろうと苦笑する。


けれども、そんな心配は杞憂に終わった。




「大丈夫?お姉ちゃん」




バスリと、突如として現れたハリィが私を受け止めたのだ。宙空で。


見てみるとハリィの装着した銅の指輪の先から変な繊維が伸びており、それが壁に粘着することで私をここでキャッチしたのだろう。


「ねぇ?大丈夫、お姉ちゃん?」


私の顔を覗き込み、不安な声で聞くハリィに、私は笑顔で答える。


「あぁ、大丈夫だよ。ハリィのお陰でな」

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