第41話 譲れないもの

「――それは、どういうジョークだ?」


俺達のパーティーに入ってくれ?


あの歌を毎日歌うパーティーに誰が入るか。第一、私が先輩達を見捨ててパーティーに入ると思ったか?


「悪いが、ジョークではない。俺はお前のセンスを見込んでの誘いだ」


「それはどうも。でも、その誘いは断るよ。私には目的があるからな」


魔王討伐という大それた目的とは、口が裂けても言えないがね。


「、、、、そうか。お前程のやつが言うんだ。きっと大きな目的だ。素直に諦めるか」


と、オークは説得を諦めて私から離れる。優男も、手を振りながらオークと共に離れる。


「そうそう。この歌。いい歌だな」


去り際。オークは後ろで聴こえる先輩の歌を褒める。


「当たり前だろ。先輩が、歌ってんだ」




オークがいなくなり、ホッと息をつくと服をハリィに引っ張られる。


「どうした?ハリィ」


「、、、、お姉ちゃん。絶対に、あっちに行かないよね?」


必死に堪えてるが、泣きそうなハリィの声。なんと言うべきか分からないが、私は笑って答える。


「安心しろ。私は、皆んなを見捨てたりなんてしないさ」


本心からの気持ち。絶対に皆んなを守ってやる嘘なんてない言葉に、ハリィは微笑む。


「約束、して。絶対に、ハリィ達と一緒だって」


「あぁ、約束だ。絶対に破るもんか」


「ん。よかった」







翌朝。私は未だ感じるお尻の痛みに眉を寄せながら下へと向かう。


今日もまた若者冒険者達がクエストを奪い合い、おっさん達をスカウトしてクエストへと向かって行く。


「よぉ、ソラちゃん。ソラちゃんは今日も休みかい?」


「ザッコさんこそ、今日は休みですか?」


いつもは私が起きるよりも早く外に行ってるザッコさんだが、今日は珍しくギルドにいる。


「まっ、今日は休みさ。たまにゃ俺も休みをとらないとな」


グビグビと、ジョッキに入ったお酒を飲み干す。いつか死にますよそんなに飲んだら。




「そういえばソラちゃん。あのオークに誘われたんだよな?仲間にならないかって」


「うん。まぁ、誘われましたけど、どうしてそれをザッコさんが?」


「へぇー本当にそうなのか。なに、アイツに昨晩ちょこっと言われてな。もしやと思って」


昨日素直に諦めるかなんて言ってたが、全然諦めてないオークに、私は苦笑する。


「まったく。嘘を堂々と、あのオーク絶対に諦めねぇな」


「当たり前だろ。ソラちゃんのようなかわいい子。諦める理由なんてありはしねぇよ。オークも冷静ぶってるが、意外と男じゃねぇか」


「なんでオークが私に惚れてるなんて話しになってるんですか。それで勧誘とか死んでもごめんですよ」


「ほら、カナーちゃん。あの子アイドルだからさ、付き合えないんだろ?だから代わりにソラちゃんをよ。ソックリだからさ」


「代わりで私って、あーでも割とありえそうだしな。というか、ザッコさんは私の様な子がタイプなんですか?そういえば皆んなが先輩に構ってあげたりするのに、ザッコさんは全然構わないじゃないですか」


「ん?あぁ、そうだな。カナリエちゃんはかわいいけど、俺はソラちゃん派、、、、って!ちゃんと返事してやったのにその目はなんだよ!」




と、非常に自分の身の心配をする中。先輩達が降りて来て、アイツ等も来た。


「あっ、おはよー空ちゃ「は――い皆んな!おっ、はよ~う!」


先輩の挨拶を妨げたカナーに、怒りを一つ覚える。


「えっ、えーと。空ちゃん!今日は何を食べ「皆んな~!今日は朝から歌うよ~!超ファンサービス!」


ちっ。


「そっ、空ちゃん。今日、は何を食べる?」


二度も言葉が遮られた先輩は、不器用な顔を浮かべて私に聞く。




「そうですね。とびきりおいしいの食べましょう先輩。それと――」


私は襟を掴んで一言。


「もうここで歌うなよ。朝っぱらから五月蝿い」


真っ直ぐカナーを睨み、決然と言い放つ。


「うっ、五月蝿いって」


「あぁ、五月蝿い。今まで別にいいかと思ったが、もう我慢にならない」


自分でも理不尽な怒りだとは分かるが、自分の顔で嫌いなジャンルの歌を歌われ、更には先輩の声を遮られる。少しはキレてもいいだろう。




怒る私に、見過ごせないなとオークが割って入る。


「お前が怒る理由は理解出来るが、それとこれとは別だ。その手、下げてもらおうか」


ググッと、人間のものではない腕力で私の手を無理矢理解かされる。


「、、、、怒る理由が理解出来るなら、せめて外で歌えよ。昨日みたいに」


「確かにそうだが、お前に指図される言われはない。俺達には俺達なりのやり方がある」


「指図される言われはない、ね。どうしても、引かないのか?」


私はオークにそうだと言い難い質問を投げ掛けるが、オークはキッパリと言う。


「どうしてもだ」




私はこのオークを言い包めるのは不可能だなと結論を下し、外で遊ぼうかなと思った時。


「いや、そうだな。一つだけ譲歩しよう」


オークはニヤリと笑って語る。


「ここは一つ勝負しよう。なに、どんな方法でもいいさ。ただし、負けたら俺達の仲間になって貰おうか。負けたら素直にここで歌うのはやめるよ」


「中々のマッチポンプだな。どうしても譲りたくないんじゃないのか?」


「まぁ、な。客の歓声は能力を引き上げてくれるからな。路上ライブにはないメリットがある。だから手放すには惜しいが、お前の様な人間が入るならメリットはそっちの方がある」


「なるほど。そういう訳か。普段の私なら受けないが、先輩が悲しんでるんでな。受けて立とうじゃないか」


あんなによく思ってたのに、言葉を遮られて不安がる先輩。ファンが自分のせいで悲しむのを気に止めないアイドル失格のカナーとの勝負に私は乗ってやる。







「ねぇ、空ちゃん。本当にするの?私は、別にそんなに悲しんでないけど」


「当たり前ですよ。あと、先輩はそんなに悲しんでないなんて言ってますけど、私は知ってますよ。先輩は、、、、いや、なんでもないです。まぁそれに、いづれかは決着をつけなくてはいけませんからどの道。私の正気がいつまで持つか考えればいまベストタイミングだと思いますよ」


「お姉ちゃん。絶対に、負けないで、ね」


「負けたらあっし等承知しませんよ」


私の独断に、皆んなは心配はしても止めようとはしない。きっと、私の痛みを知っての対応に、私はその理解に感謝して“剣”を取る。


そう、私が選んだ勝負方法は純粋な決闘。真剣ではないが、お互いを組み倒したりでもすれば勝利と条件を決めた。一応直接攻撃するような魔法は禁止と決めた。




「どうだい?準備完了かい?じゃーわたしと勝負だね!」


「あぁ、準備は出来たぞ。そっちはどうだ?負ける準備は出来たか?」


あからさまな挑発にカナーは口を開くが、その口をオークは止めて返す。


「こっちは大丈夫だ。けど、本当に決闘でいいのか?他にお前に有利なのは幾らかあるだろ?」


「まぁな。でも、これが一番悔いが残らんし、イカサマ。出来ないだろ?なにより、主導権はそっちだ。ルールの改変はお前の自由だろ?」


「フッ。あぁそうだ。分かってるなお前。そうだ、主導権は俺達にある。少しでも俺達に不利なら無理だと言えば突き返せる」


「つまり、今はお前達の方が勝率は上と?」


「当たり前だ」




挑発してたと思ってたら挑発されてた状況に、増々オークのスペックが気になる所だが、いつ始めるんだとおっさん達から声が入る。


私とカナーはギルドの門前に適当なスペースを作り、お互いが大体4メートル程度離れた距離で睨み合う。


そして、オークが咳払いをして1、2、と数え――3。


その瞬間決闘の火蓋が切られた。




鞘は付けてるが抜剣し、私は頭への一撃で短期で済ませようとする。


以前の悪魔との戦いではこの先手により優位性を掴めた。


今回もそういけばよかったが、ガンと弾かれる。


(――魔力障壁)


もしも真剣なら防ぎきれなかったかもしれないが、カナーは魔力障壁で私の初撃を防いだ。


衝撃で仰け反った私に、カナーは腹部に一撃。


「カハッ!」


「へっへーん。アイドルは、歌って踊って戦えるんだよ!」




そう言って、カナーは自らの武器を取り出す。


その武器は意外な物で、「鞭?」軽やかにしなりそうな鞭だった。


蹴られて無防備な私に、カナーは鞭を一閃。


だが、私の魔力障壁で鞭は弾かれる。


「生易しい攻撃じゃ、私の体には通らないぜ」


私は剣を横に一振り薙ぐが、またも弾かれる。


カナーもシュッと一撃入れるが、やはりダメージが入らない。




「へへ、お互い通常攻撃は効かないって訳ね」


「そのようだな。つまり、、、、」


私は剣を空間に仕舞い込み、カナーも鞭を鞭を仕舞う。


そして、お互いに拳を伸ばす。


けれども、お互い魔力障壁で弾かれる。だが、目的はそれじゃない。


ギュッと服を握り、引き寄せ合い、勢い余っておでこをぶつける。


「お互い、目的は同じって事かっ!」


「組み伏せば勝ちなんでしょ!?なら、こう組み伏せた方が早いに決まってるじゃーん!」


力で組み伏せようと押して押され、力が拮抗する。




素の力が同じと分かれば、お互い魔力を使って押し出そうとする。


しかし、私はワンテンポ込めるのが遅く、バランスを崩す。


「貰った!」


勝利を確信するカナーに、私は巴投げの様な投げ方でカナーを飛ばす。学校で柔道の授業があってよかった!


「とわっ!?」


べシーンと叩き付けられたカナーを、私は固め技に入ろうとしたが、鼻に蹴りが一つ。


魔力を込めた蹴りだったのか鼻血が吹き出し、その血が気管に入ってしまい咽る。




咳き込む私に、カナーは仕舞ってた鞭を取り出し振るう。


靭やかに舞う鞭は、私の手にバシンと高い音を立てて拘束する。


「魔力障壁で守っても、鞭はこういう事に使えるんだよ!」


私を鞭でジリジリと引き寄せながらカナーは言う。


「これは、少しめんどくさいな」


「なら、早く諦めたら~?」


「いや、問題ない。このままでいい」


私は魔力を込めてグッと引っ張り返す。絞められた腕の先に血液が集中するが、クイッと前にのめり込む。




瞬間カナーを殴ろうとするが、カナーは私に拳を突き出し――カウンターが決まる。


顎にめり込む拳。視界がボヤけて意識が飛びかけるが、これがいい。


今、カナーを守るものは何もない。


私は、殴ろうとフェイントをかけた拳の先に空間を開け、仕舞った剣を押し出す。


「!?避けろ!カナー!」


咄嗟のオークの声。だが、周りの目でないと気付けないこの攻撃に、カナーは後頭部に現れた空間から飛び出した剣にクリーンヒットする。


後頭部の一撃。気絶もあり得たが、ハッと気を戻す。オークの声が気絶を踏み留まらせたのか。




しかし、もうこれ以上の抵抗は出来まい。


組み伏せようと体を動かした時。


電光石火。その早さでカナーは私の後ろに回り、関節技をかけた。


(――しまった。油断を突いた攻撃をしたつもりが、私の油断を突かれた)


油断を突いたのだから突かれまいと油断した私の大失態。周りの皆んなの真っ青に血の引いた顔が心に来る。


「へっへ、アイドルは、負けないんだよ、、、、」


「負けねぇよ。私も」


曲がる関節。下がる体。だが、私はチャンスを探そうと喋りながら思案を巡らせる。


「私はなぁ、正直先輩が悲しんでる事を、大事だけど正直そんなに気にしちゃいないんだよ。でも、アイドル名乗るなら、避けれる悲しみでファンを悲しませるんじゃねーぞ!先輩はな、私にソックリとかが好きなんじゃなくて本当にお前のファンなんだよ!」


一年という短い間だが、先輩は好きなければ私のソックリであろうとああはならない。本当に好きだから応援した先輩にあんな事をするカナーに私は藻掻きながら諦めんとそう叫ぶ。




「そっ、それは、、、、――――」


何か言おうとしたカナーだが、プツンと力尽きた様に地面に倒れる。本当にオークの言葉を聞いた気力だけで動いてたのか、私を組み伏せる前に倒れる。


私はどこか煮え切らない感じを抱えながらオークに聞く。


「なぁ、これって私の勝ちでいいよな?」


「あっ、あぁ、そうはなるが、お前。その空間魔法はセコくないか?一応使う所は見てたが、戦闘でそう使えるのか」


「これでセコいって言うなら、あのアドバイスもセコいだろ。そこはお互い様だ」


「そうだな。声を掛けてこうなら、声を掛けなかったら普通にあの時に負けた。お前の勝ちだ」


オークの勝利宣言。だが、やはり煮え切らない気持ちが心渦巻く。




そんな私に、皆んなは心配な視線を送る。


「悪い。あと少しで負けたかもしれない」


「勝てば、いい訳じゃないんですよ。少なくとも、あっしはそう思います」


「ごめん。でも、あのオークの事だ。アイツなら何かしらの方法で同じような事をするよ。いや、これじゃ言い訳か」


オークはあの時まるで今賭けてもいいぞって喋り方をしてたが、絶対に私が襟を掴んだ瞬間に思い付いてた。絶対にな。




「それと、二人には本当に悪い事をした」


私は先輩とハリィに深く頭を下げる。


「そっ、空ちゃんは私の事に怒ってくれたんだよね?なら、なんて言えば、、、、」


「お姉ちゃんは、ハリィに同じ様な事が起きたら、怒ってくれるの?」


「あぁ、怒るさ。私の大切なハリィだぞ」


そう。と、ハリィは言うと一言。


「なら、いいよ。だけど、絶対に離れないでね」


「わっ、私も、空ちゃんに何かあったら怒るからね!」


本当に、いい仲間を持ったと私は二人に「ありがとう」と返す。




と、後ろで声がする。


振り向けばカナーが起き上がった様だ。結構タフだな。


「いてててて。くそう。わたしを負かすなんていい度胸ね」


「離れないって約束したんだ。勝つのは当たり前さ。それに、お前が気絶しなくても私は勝つつもりさ」


そう返されたカナーは、燻る様な表情をした後、失礼に人を指差して叫ぶ。


「あんた。ソラ、わたしのライバルにしてやるわ。絶対に、この勝利を後悔させてやるんだから」


卒倒しそうな返事。これで理性を保てたのは、もう怒涛の日々に馴れたからか。

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