第33話 心

か弱い女の子の体に、グッサリと刺さった枝。


傷口から鮮血がドボドボと流れ、ハリィが無表情で傷口を眺める。


力が抜けたのか銃も落とし、目の色が褪せる。




戦闘不能になったハリィだが、死んだ訳ではない。


熊はハリィに近付いて息の根を止めようとする。


「させるか!」


私は殺させまいと無茶な行動に出た。


熊を金太郎よろしく馬乗りにし、背中に剣を滅多に突き刺しながら喉に這い寄る。


流石の熊もハリィよりも私を優先し、手を背中に回す。


回した手を私は絶妙な瞬間で躱し、やっとこさ熊の首にしがみつく。




首を掻き切ってやろうと剣を振り下ろすが、ブルンと身震い一つで弾き飛ばされる。


地面に強く強打され、言葉に出来ない窒息感が私を襲う。


苦しむ私を熊は無視してハリィに視線を向ける。


ハリィに「逃げろ」と、か細い声で訴えるが、ハリィは人形の様な、初めて会った時の瞳で傷を見る。


抵抗するつもりがないどころか、何かを考えれてない表情のこの子を、私は今ただ地面に打ちつけられただけで助けれず黙って見殺そうとしている。


――――立てよ。


あんなただ口下手なだけで、本当はすっごく優しい女の子を、殺させるなよ!




「ま、、、、て。待てよ。待てえぇぇぇ!!」


窒息感と、激痛でまとも声すら出なかった喉が、声帯が壊れるんじゃないかと思う程に声を上げる。


理屈じゃない力で体が動き、守ろうと足が自然と動く。


たった一歩歩むだけでこんなにも苦しいのに、足が止まらず前に出る。


歩く速度が間に合わないと心が悟れば、走ってでも追いつこうとする。


「ぐるるる」


唸り声を発して、ハリィにとどめを刺そうと腕を振り上げる熊。


その腕は、ハリィではなく、間一髪間に合った私に振り下ろされる。


胸当てをいとも容易く壊し、鎖帷子に隠された肉を抉る容赦のない攻撃。


振り落とされた時の衝撃を上回る痛みに、私は気を。いや、多分生命を失った。







自分の傷を見下ろし、その痛みに呆然と心を忘れる中。


瞳に血飛沫が入る。


真っ赤な、真っ赤な、自分ではなく、自分の為に流された血液が。


瞬間。脳が覚醒する。




ハリィは痛くて心身喪失した自分を庇って血を流す空を見た。


何か、何か。生まれて初めて感じたものが全身を駆け巡った。


ドロドロと熱く、自分でも制御出来ない何かが、込み上げた。


そして――


一人の時でしか使わないと決めた技を、使う事を決める。


一切の迷いをなしにして。




突き刺さった枝を掴むと、その枝に魔力を注ぎ込む。


掴んだ枝は魔力を注がれると“菌糸”を吹き出しながら腐り落ちる。


体の自由を獲得すると、目の前で腕を振るう熊に対して攻撃する。


「『不徳スピッソス疑心・パテベイトエイヴン』、、、、」


呟いた言葉は、力ある現象に昇華する。


ハリィの周りにブワリと粉が舞い、足元にボンッと“キノコ”の様な物が生える。空とハリィを守る様に。


胸当てすら引き裂いた熊の腕だが、柔らかいキノコには逆に爪が立たず、むしろこの触感を思い出して尻尾を巻いて逃げる。




逃げて行く熊を見ると、ハリィは空を見下ろし、傷を触ると一言。


「『贋者クロップ私曲・フェイカ』」


すると、血が溢れ出る傷口に灰色のネバネバとしたのが覆い、出血を止める。


傷が埋まるのを見ると、ハリィは銃を拾って熊を追いかける。


絶対に、殺してやると思いながら。




逃げる熊。


熊はもうハリィに魔法が使えないんじゃないかと思ってた。


最初に数度アイツと戦った時、魔法を“何度も使用した”が、何故か周りに人間が増えた時にパタリと使わなくなった。だから、魔法がもう使えないと、熊の小さい頭はそう叩き出した。


だが、実際は違う。


使わなかっただけ。ただ、使わなかっただけ。


その使えない力の開放。それに熊は怯えた。




「――――、、、、」


ハリィは地面に手の平をつけると、今度はいつもなら出来ない魔法を発動させる。


「『退廃オディセグト懇願・デフィッジ』」


ビシッと地面に蜘蛛の糸の様なネット状菌糸を張り巡らせる。


そのネットは熊の走る速度を超えて熊に追いつき、ネットに足が触れた瞬間。


ネットから無数の糸が飛び出し、熊に張り付く。


けれども菌糸自体の拘束力がなく、走る分には支障はないが、走れない以上の支障を与える。


ハリィは手の平を勢いよく閉じると、今まで地面に伸びた菌糸が一箇所に集まり、一つの糸となる。


そして、その束ねた糸は熊の足裏に繋がっており、走っても走っても逃げれなくした。




仕上げに自分の足下の木の葉を腐らせて潤滑剤にし、それを魔法で無理矢理クッ付けてソリの様に熊を利用する。


走って逃げる熊だが、差など生まれる筈なく糸を手繰り寄せる度に距離が縮まる。


距離が4メートル程に縮まれば、拳銃に弾を詰める。


しかし、火薬を使用せずに弾を詰めて発砲。


威力は落ちるが、ジャイロ効果と元のベアリング弾よりも空気抵抗を減らすライフル弾が命中する。


狙ったのは尻尾の付け根。だが、熊はそのまま走り続ける。


なら連射すればいい。


ハリィは弾丸をまた銃に詰めて計4発放つ。


「ぐぐおおおぉぉぉぉ!!!!」




逃げ切ろうとした熊。


自分の足とハリィが繋ぐ糸が千切れそうにない上、後ろからの攻撃。


闘争が無理だと悟り、ハリィに噛みつく。


だが、「『不徳スピッソス疑心・パテベイトエイヴン』」またもキノコに阻まれた。


と、それで終わらせずハリィは更に呪文を唱える。


「――――『腐爛シットデネイ嫉視・ランチ変節・アポシタ』」


呪文と共に、生えてるキノコが点々と違う質感になり、その点が100箇所。200箇所を超えそうになった時、点が一瞬にして大きくなる。


その一つ一つは、実はただのキノコの子供で、そのキノコは生えてた既に大きなキノコを養分として吸い上げ、成長する。


水風船が一瞬にして膨らむような、急激な成長。




そして、そのキノコを見詰めて一言。


「『一歩前進二歩後退後転落マヌル』っ!」


キノコが原型と留めないまでの成長の後、業火が咲き乱れる。


破裂音を奏でながら燃えるキノコに、苦しむ熊。


心に渦巻くものが如く燃え狂う焔を熊に与えても、晴れないこの苦しみ。


もっと、もっと苦しんで殺さなければいけない。




圧倒的な優位に立ったハリィ。


今なら銃を至近で撃てば勝てる。


しかし、それを拒み、コイツに生きながら腐る苦しみを与えようと焔の中に近付く。


熊の無数にある銃創に指を入れ、掻き回しながら魔力を注ぐ。


肉が生きながらに焼けると同時に、腐る感覚を熊に与える。


焼いては腐り、焼いては腐る痛み。


苦しむ熊を見て、少し口元が上がった。




次の瞬間。視界が切り替わる。


なんて事はない。油断して相手が反撃出来ないと思って近付いたら弾き飛ばされたただそれだけだ。


背中を打つ痛みに、ハリィは脳が冷静に冷えていく。


折角の大チャンスを逃した。


熊は体の火の粉を払う為に地面に転がり、火が消えたのなら自分の元へと向かう。


逃げようと体を動かすが、どうやら膝が逆に曲がっていて動けないようだ。


痛みはあるが、空がくれたチャンスを怒りで棒に振って失敗した怒りと比べれば、こんなの、全然大した事、、、、なんで?アレ?どうして“怒った”の?


自分でも訳が分からない怒りに、今度は訳の分からない悲しみが襲う。


どうしてこんなのを思うのか。




歩み寄る熊を忘れて思う疑問。


けれども、どうやら答えを考える時間はもう、ないらしい。


目の前まで来た熊は口を開き、食べようとしている。


「た、、、、て、、、、」


初めた知った感情と、初めた湧いた願い。それが喉から出てくる。


「助け、て!ソラ!」


いつ死んだっていいと思ってた自分の人生の、何かが、何かを動かした。


死にたくない。死にたくない。今は、絶対に死ぬことが出来ない。


だって、やっと、一人。一人だけ、人を好きになれそうなんだから!




生き残ろうと、自分の腕を突き出し、熊に噛ませて一秒でも時間を稼ぐ。


その稼いだ僅かな時間。


「どりゃあぁ!」と、震える声を上げながら熊の顔をセレナが叩く。


冷たく接し、その上戦いたくないと言ったセレナが、恐怖で涙を流して危機に助太刀を入れる。


セレナに続きカナリエも「こっ、この熊さんヤロー!私が、あっ、相手なんだぞ!」と熊の腕にしがみつく。


恐怖で腕が震え、滝のような汗を流す。


どうして助けるのか。どうして動いたのか。


ハリィは不思議でならないが、熊に一矢報いろうとする。


「『一歩前進二歩後退転落マヌル』!!」




先程とは比べものにならない小さな爆発だが、狙いを一箇所に絞って放った一撃。


熊の眼球に放った一撃はキレイに命中して潰す。


ヒットと同時に、セレナがハリィを担ぎ、退散する。


「あぁ、クッソ!こんなに怖いのにどうして体が出たんですかねぇ!」


泣きながら走るセレナだが、どうしてこのタイミングか。いや、むしろこのタイミングだからこそか。セレナは木の根に足を引っ掛け転ぶ。


目を両方潰された熊だが、音や臭いでハリィの居場所を把握してやって来きて口を開け。


噛み付いた。




だが、不思議と痛みはない。


そして――「クッソ!折角直して貰った左手を、よくもやりやがったな!」


左手を熊に差し出し、右手には折れた剣。


引き攣った笑顔と、黒い髪。


「聞こえたよ。ハリィちゃん。助けてって。だから、がんばって助けに来たよ!」


本来地べたで寝続けたい痛みだが、聞こえた声。


しかも、自分を名指し?




「これで動かなきゃ!なんの為に守ったんだよ!」


右腕に魔力を集中させ、一気に熊を突き刺す。


力強一閃。剣はずっぷりと熊の体に刺さり、そのまま横に肉を斬る。


だが、これでは火力が足りない。故に、私は魔法を使う。


別に炎の魔法を使おうとか、木の魔法を使おうとかそういう訳ではない。


今まで忘れてた魔法を使用するだけだ。


使えるかは不明だが、やるしかない!


あのイメージを、あの時の感覚を、記憶を一から洗い出すように探り、その時を思い出す。


使えろ!使えろ!使えろ!――――




「ぐおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」




熊が激痛で雄叫びを上げる。


私は使えたと笑った。


一か八かに賭けた私が使った魔法。それは天界で使った唐揚げを温めてた魔法。それを剣にかけただけだ。飛び切り強烈なのをね。


剣を火で熱くするのではなく、剣そのものを熱する。レンチンじゃ終わらない熱に、剣は赤熱する。


その剣で熊を斬りつけた剣を引いてもう一度攻撃する。


私を捕まえようと熊は動くも、懐での動きは私の方が早く。肉を抉って焼くを何度もする。




すると、熊の様子が明らかにおかしくなる。


まるで体に力がうまく入らない様なちぐはぐとした動き。


それもそうだろう。熊の無尽蔵の体力で忘れてはいるが、何発も銃に撃たれ、剣からも幾度となく斬られ出血し、攻撃かは知らないがなんか変なキノコが周りにあるし、なんか焦げてるしでそのダメージがようやく今きたのだろう。


決着をつけるなら今だ。




私は剣を一度引き抜き、背骨目掛けて肉を押し潰すかの様に突き立てる。


グリグリと折れた刃の断面を突き立てる。


刃なんてなく、腕力と魔力だけで肉を剣が突き進む。


ジュウと魔法で熱くなった剣が肉を焼き切りながら進む。


進み、進み、ゆっくり進む。


そして、コツンと当たる硬い物。


それの隙間を探し、最後の最後全てを使い、断ち切ろうと剣を前進する。けれども、力が足りない。


なら剣以外も使う!火力を!熱でブチ切る熱を!


脳がより大きな火力をイメージする。剣だって赤熱を超えて白熱となる火力。それを実現させようと考える頭がパンクしそうな熱が籠もる。


脳液を蒸発させ、脳髄を溶かす様な炎の力。




剣は白熱と至り――遂には融解する。


そう、この熱だ。


この熱こそが私が望んでたもの。


だが、「うっ、おぇ」


唐突に口から上がった血が地面を彩った。


きっと、今凄い無茶をしてるのだろう。


胸にあるこの菌のようなのが止血どころか痛みを忘れさせたのに、今は傷がみるみると広がる。


でも、傷が裂けるのなんて厭わず私は力を込める。


勝つんだよ、絶ッッッ対に――――――――勝つんだよォ――――!!




「、、、、ゴリッ」


鈍い感触だが、確実なもの。


切れたんだ。そう理解した瞬間熊は倒れ、私も倒れる。




「勝った、、、、ぞ、、、、。やった!勝ったぞ!」


横に寝そべり、心の底からの一言。


正直死にそうな位痛いし、本当に死ぬかもしれないけど、勝った。


「バカ!空ちゃんのバカ!なんで、なんでこんな事を、、、、」


「すみません先輩。でも、やりましたよ」


「バカ!そうじゃないんだよ、空ちゃん」


倒れた私に真っ先に先輩は駆け寄ってそう叫ぶ。今来た二人も、口では言わないが似たような事を思ってるんだろう。本当にごめんねみんな。




「そうそう、セレナさん。この傷治してくれませんかね?」


「えと、その、、、、多分それはあっしには治せません。胸はどうにかしますが、残念な事ですが、腕は今直ぐに切って焼いて止血しないと」


「そう、か」


残酷な現実。小金と片腕が同等かは言うまでもないが、これでおじさんと同じ隻腕キャラの仲間入りか。


「いやだな「嫌だよそんなのっ!!」


泣きじゃくる声で先輩はそう叫ぶ。


「治せるよきっと!だって、私の世界じゃお薬さえ飲めば毒だって麻痺だって、全部。治ったんだもん。魔法を使えば、絶対に治るよ!」


「カナリエさんの知る魔法がどの程度のものかは知りませんが、あっしには治せません」


「だったら私が治すよ!」




先輩は私の左手をギュッと握る。


血塗れで、熊の唾液で臭くて、グチョグチョの私の手を。


「ねぇ、聞こえる空ちゃん?空ちゃんはこんなにも傷付いても戦ったんだよ?私は怖いのを見ただけで戦いたくなくなったんだよ!でも、空ちゃんは私と比べ物にならない事をしたんだよ!」


先輩の強く握る手。けれども、私は痛みだけでその手の柔らかさを感じられない。


「なのに、空ちゃんの腕がなくなるのなんてそんなのおかしいよ!どうして一番がんばった空ちゃんが、腕をなくさないといけないの!?」


徐々に呂律が回らなくなる言葉。


その言葉にどう返すか。そう悩んだ時。痛みが引いていくのを私はハッキリと感じ取った。


「だからだから!うっ、うわ――――ん。腕なくならないで!お願いだから!」


ポリポロと溢れる涙。


暖かい先輩の心みたいに、その涙も温ったかかった。




「――――、、、、先輩。泣かないで下さい。そして、、、、腕を見て下さい」


(あの時に起きた事。先輩がやった事だったのか)


私に言われると、先輩は私の腕を見詰める。


そこには、元通りに戻ってた私の腕があった。


「え!?これって?」


「信じられないかもしれませんけど、これ先輩が治したと思いますよ」


本当にそうかは不明だが、私は今はその認識でいいと先輩に笑いかける。


「本当!?」


「えぇ、ですから。もう、泣かないで下さい」


私は先輩の頭を擦り、先輩の涙を止める。やっぱり先輩は笑顔が一番似合う。


「胸も、胸も治ってるよ、、、、」


「えぇ、これも先輩のお陰です。ありがとうございます先輩」


抱き付く先輩。少し痛いけど、痛みと同じ位に嬉しい。




そして立ち上がって帰ろうとした時、後ろで響いた銃声がやけに耳に残った。

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