第29話 錯誤
先輩とセレナさんから離れて一日が経った。
たったの一日だが、私はそのたった一日でさえ私が先輩と離れなかった。
天界で、私は毎日先輩にノルマが達成出来ず、先輩がいつもノルマを達成させてくれた。
毎日先輩が必ずどこかにいた。
なんとも言えない感覚を覚えながら、私は先輩達に一秒でも早く会う為に新たに設計に取り掛かる。
と、起き上がった所。私は手に違和感を感じた。
手を見てみると、ハリィが完成させただろう銃底が私の手に握られてた。
「完成させてくれたのか」
しんみりと完成させてくれた事の嬉しさに浸ると、ハリィがどこにいるのか気になって探す。
銃底を完成させたハリィは、ベッドではなく床で毛布を被りながら眠ってた。
すやすやと心地よさそうに眠るが、「ここは私の家じゃないんだから私を引きずり下ろしてベッドで眠りゃいいのに」と零し、ハリィをベッドに寝かせる。
「ふふ。私がやった所以外キレイ」
完成した銃底を見て苦笑し、私は最高難易度の部品の制作に取り掛かる。
着火装置もないのに何故か着火するハリィの謎銃だが、逆にそれが故。というか、それが功を奏して作る部品も銃身と取り付け式の銃底の2つで済み、複雑な構造を考えなくていい。もっとも、銃の構造はそれ自体で衝撃吸収にもなるらしいけど、別にいいか。
という訳で銃底も完成し、一応銃身の製造依頼を頼んだから後はやる事は一つ。
「ライフリング作り、、、、ね。気が遠くなりそうだな。でも、明後日か明々後日まで時間はある」
まぁ、失敗する前提だからやるんだけどね。
ライフリング。それは銃身の内側に溝を掘った物を指す言葉である。
何故これに私が拘るかと言うと、ジャイロ効果という物を理解すれば簡単に分かる。
ジャイロ効果というのは、簡単に言えば回転する物体は無回転よりも安定するという法則だ。
この法則とライフリングがどう関係するかというと、弾丸が銃身を通る際その溝に沿うことにより、弾丸が回転して弾が真っ直ぐに飛ぶという関係性がある。
それによる安定性は抜群らしく、逆になければ狙撃などもってのほかと雲さんに言われた。
そんな重要なライフリングだが、直接パイプ内に溝を掘って作る方法と、型に流して作る方法の二択がある。
直接掘るのはそもそも銃身がないし、あったと仮定しても掘れる能力もなけりゃ金属を掘れる道具もない。ので今回は型を作って行こうと思う。
設計図にまず弾丸の直径がどの位か描くと、次に銃身も描く。
その銃身の厚さの多分4分の1の大きさで溝を作る。と思う。
その溝をどう彫るかは、雲さんから貰ったありがた~い訳の分からない12インチ進む度に一回転するという周期とやらをを計算して、、、、確か1インチは2,54センチだから、めんどくせぇ。ちなみに溝の数は拳銃は6本がいいらしい。
予想を紙に描き出すと、私は制作に入る。
このライフリング制作に必要な物は一応鍛冶屋に行ったついでに揃えた。
弾丸よりも少しだけ太い木の棒と、ノミ。
あぁ、文字通り1から削っていこう。
◆
「あぁ、、、、」
眼球が乾くまで瞳孔を開きっぱにして削り出す作業してたが、ダメだ。心が削り取られてしまった。
まず最初にインクで線状痕を描いたが、それが間違えだった。
円柱の物質にまともな線を引ける筈がなく、線はガタガタ。しかも引きミス等が連発し、本来の線がどこか忘れてしまった。
だが、これ位は根性でどうにかなるだろうとしてノミで彫った。
けれども、ノミ初心者の私がキレイな線どころか、そもそも線を彫るのでさえ至難の業だ。
結果は園児でも分かる簡単な事だった。その上――
「これで型を取って弾丸がキレイに入るのか?」
加えて完成品は型を取った際に使えるかどうか微妙なラインであった。
「とほほ。まぁ、ノミのコツは掴んだ!二度目はいけるだろ!」
大丈夫、まだお昼時なだけだ。多分次は出来る。
エラーの後のトライをしようとノミを振り上げたところ、家のドアが開いた音がする。
「ただいま。お菓子、貰って来たよ」
ポリポリとクッキーを齧りながら伝えるハリィ。
「あぁ、後で食べるよ。これ作ってからね」
「でも、食べたそうな目をしているよ」
ギクリ。
「まっ、まぁこっちの方が優先だから我慢するよ」
「でも、昨日から何も食べてない」
食事を忘れる程没頭した昨日を引き合いに出され、私はどう返すべきかと悩むと、ハリィは「早く食べないと湿気る」と言って私の隣にバゲットを置く。
「仕方ないなぁ。腹が減っては戦は出来ぬと言うし、素直に食べるか」
「うん。食べて。おいしいよ」
◆
あれ程あったお菓子を、私はカラになるまで食べると二度目の制作に取り掛かったが、、、、
「クソっ!やっぱりダメだ!」
出来上がった二本目は一本目と比べれば精巧になってるが、所詮は一本目より良い程度の微量な違いに、頭を深く抱える。
加えてノミの扱いの不慣れ以外にも、一つ大きな問題がある。
ライフリングの溝をどこに彫るか決める時にインクで棒に線を描くが、その線が全く役に立たず、その上ミスした時の線を誤って彫って失敗する。
「どうやって線をキレイに彫るんだ?」
ノミの扱いも問題だが、キレイに溝を彫る下準備もダメなら何をどうすればいいのか。
「丸い棒に定規は使えないからなぁ。ゴムで出来た定規ならワンチャン可能だったけど、ここは異世界だからなぁ。ゴムなんてないよ」
あの小学二年生辺りが持ってそうな定規が今役に立ちそうなのに、大事な時にこれがない。
ならどう線を引く?あの定規の代わりになりそうな柔らかい物。
そう、例えば帯状の布を定規代わりにすれば?
代案を一つ思い付き、道具を買って試してみるが。
ヘロヘロ過ぎる布は描く最中に捲れるは、定規の様な線に沿える厚さをせず、しかもインクも吸い込んでペンとしての機能も奪う。
「でも、さっきよりかは線は良い筈。試しに彫るか」
と、汚いが出来上がった棒に喜んで私はまたも彫り初め、失敗した。
なんで!?
一応多少マシにはなったが、溝がどうもキレイではない。
本日三度目の煮え湯を飲み、ストレスで叫びたくなるが、どうするか悩む。
しかし、もう夜が来た。
まだ三回しかミスをしてないが、それでも時間は残酷に過ぎていった。
(向こうでは今も先輩とセレナさんが生命の危機のある仕事をしているのに、私は結果が出せずに、、、、くそう!)
不甲斐なさに打ちひしがれる中。家のドアが開いてハリィが今度は温かいスープとパンを持って来た。
私の表情を見て、少し難しい顔をすると、私の隣に座ってお皿に私の分までスープをよそう。
「どう?出来そう?」
「いやぁ、難しいな。ライフリング作った昔の人はスゲェや」
「ん?この武器。確か銃?この武器と同じの誰か作った事あるの?」
「まぁ、ちょっとね。でも、これどう作りゃいいんだろうね?」
改めて無茶な事をしたなぁとため息をつくと、よそわれたスープをいただきますと言って一口いただく。
野菜の旨みがふんだんに入ったスープは体に染み込むが、今頃先輩は――
ハァとまたもため息をついてしまい、ブルーになる。
「、、、、んっ」
ブルーになった私に、ハリィが唐突にデコピンをかまして呟く。
「あの二人に、出来ない事をしているんだから、もう少し自信を持って」
「でも、二人がさ」
「でも、じゃない。二人がやっている事は生命を危険な目にあわせれば出来るけど、今やってる事は生命を犠牲にしても出来ない。どんなに難しい事かハリィには分からないけど、少なくとも二人が生命を賭ける価値がある事をしてるって、ハリィは思う」
ジッと私の瞳を見詰め、真剣な声色で告げる。
その目や言葉は、なんというか心に深く響いた。
その言葉にどう返そうか。
悩んでいるとハリィは恥ずかしげに目を逸らして一言。
「ごめん、、、、。やっぱり、なんでもない」
そう言ってハリィは黙々と食事を取る。
そんなハリィが、私の胸を締め付ける。
声を掛けようかとも考えたが、思い付かず食事を終えると私はもう一度失敗作を作った後に、今度は床で寝た。
◆
新しい朝が来た。憂鬱の朝だ。
お尻と背中が痛いが、さっさとライフリングを作らなくては。
ノミを手に取り、棒を彫ろうとしたが、隣に私が作った物でないのが転がってた。
形は汚く、私とどっこいどっこいなのだが、一点違う点を上げるとするなら――
「あぁ、怪我しちゃたのか」
今まで私は自動発動の
「私に全部任せればいいのに」
全く小さい子に心配されるとは、私は雲さんに言った成長している気がするを撤回しなくてはいけない位情けないなぁ。
心配させたハリィはどこにいるか探すが、家に居ない。きっとお婆ちゃん達に食事を貰いに行ったのだろう。
「今日こそ完成させてやるぞ!現代人舐めんな!」
気合を自分に入れ直すと、改めてノミを振るい、そしてまた失敗作を作った。
◆
ハリィが持って来た朝食を黙々と食べながら、私は失敗の原因を考える。
まずそもそも私のノミの振るい方がへたくそな事が真っ先に挙げれるだろう。
昨日今日でノミを持った人間が、こんな線をキレイに彫れる訳がない。
次に、彫った溝が全部深さにバラつきがある事だろうか。
あまりにも深く彫り過ぎたり、浅過ぎたりすれば弾丸が銃口内でつっかえ、装填自体が不可能となる。
フニャフニャな線に沿ってキレイに溝を彫り、深さも均一に?奇跡を願うしかない難易度だな。
絶望的な難易度に心が折れそうになるが、折れる訳にはいかないと諦め、朝ごはんをパッパと食べ終えて作業を始めようとした
だが、「それ、正攻法じゃ無理なんじゃない?」
――――――――。
「分かってるよ。でも、、、、やるしかないだろ」
「違う。やらなくていい。そんな事をしなくてもいい」
「っ!、、、、もしも。もしも、ライフリングがあるお陰で狙撃に成功するなら、私は、絶対にライフリング作らなくちゃいけないんだよ!」
ハリィの言葉。その言葉についカッとなり私は怒鳴りつけてしまった。
部屋が静寂で静まると、私は失言に気付いて訂正しようとしたが。
「ハリィが言ってるのはそういう事じゃない。“正攻法”がいけないだけ」
訂正を遮り、ハリィは私に語り掛ける。
「こんな方法じゃ2日どころか一週間あっても出来ない。なら、別の方法で作ろう」
「別の方法?」
「そう。別の方法」
「でも、そんなの、、、、」
そう言おうとした瞬間。私の目にあの定規代わりの帯が目に入り、閃いた。
逆にして考えれば説明はついたのだ。
――どうゆう工夫をもってノミでキレイに彫るかじゃない。どういう工夫でノミを使わずして彫るかだ。
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