第19話 超危機
絶対に逃さない。
剣を強く握った私は、左腕の傷も気にせず横薙ぎに払う。
「とう」と一声。隙きが大きい横薙ぎはアッサリと躱されてしまう。
更に男は躱すだけではなく、ニ歩三歩引き下がる。
男からしたらこの自分に不利益しかない戦いに、わざわざ居座る理由はないものだ。
そそくさと逃げようと男は引き下がろうとするが、必ず私から目を離さない。
逃げない男に、私は強く踏み出し攻撃する。
剣を振り被り、頭を狙うが避けられ、また剣を振ろうと強く踏み出した瞬間。
男は私に対して飛び掛かり、左手で持つ弓で膝の皿を刺し、右手に持つ矢で直接私を刺殺しようと試みる。
皮膚を突き破る2つの痛みに顔をしかめるが、私は男を突き飛ばして腕に痛撃を入れる。
手に響く肉を殴った振動。
その振動な中に、明確的に肉よりも遥かに硬い物を断った感触が走る。
チラリと、男を一瞥すれば男は苦悶に表情を歪めてた。
折れた右手は貴重な矢を地面に零し、それを拾うと手を伸ばそうとするが左手には弓があり、見捨てる他ない。
振り切った剣を再び構え、私は最後に頭を狙う。
気絶させれると、楽観視を極めた様な行動に、男は地面の矢を“口で”拾った。
拾った矢を歯で挟み、弓を地面と水平に構えてその弦を歯で引いて私へと放つ。
予想すら出来ない一撃。
葉っぱで位置を特定するズルも使えなければ、当然魔力障壁はオートの一つのみ。
冷たい鉄が肉を裂き、骨を砕く。
しかし、運良かった。
歯で狙ったせいか、私は首ではなく左肩を射抜かれた。
死ななくて良かったが、次の瞬間。男は弓を捨てて私を殴る。
鈍い痛み。だが、左肩と比べれば全くだ。
危険な判断ではあるが剣を捨てた右手で男を手繰り寄せ、頭突きを一つ鼻へ。
次に足払いで男を地面に落とし、また頭突き。
無論頭突きだけでは倒せないから、私は首を締めて気絶させようかと手を伸ばす。
だが、右手を離した私へ男は力任せに立ち上がって今度は私を地面に落とす。
そして、男は私を馬乗りにし、近くに落ちてた私が捨てた短剣を男が拾った。
(やばい――殺される)
スッと振り下ろされる短剣。狙いは心臓。
終わった。そう察した時、唐突に私は空へ“舞った”。
正確には舞うというよりかは飛ぶだし、私だけではなくあの男もだ。
滞空時間は何秒か。2秒な気がするが、それよりもずっと長く感じた。
バンっと、地面に叩きつけられるように背中から落ちた私は頬にパラパラと降る土を払い、周りを見る。
ボカリと地面に大穴が空いていて、そこから飛んだであろう土や石があちらこちらあり、それ以外は一つを除いて普通の山だった。
「え?何『アレ』?あんなのいるって聞いてないんだけど?」
恐怖で声が上ずる私を、「早くこっちに!」とセレナさんが腕を引く。
「セレナさん『アレ』なんですか!?あんなのこの山にあるんですか!?」
「あっしに聞かれても分かりませんよ!ただ、確実に戦ってはいけないとだけ分かりますよ!」
巨大な顎。いや、巨大過ぎる顎は全身の半分を占めており、全長が目測約5メートルである為、顎だけで2,5メートル『アレ』はあった。
喉がダルンと垂れた後に巨大な顎からドバドバと大量の土を吐き出して周りの木々を薙ぎ倒し、未だ起き上がれずに倒れてた男を、、、、『アレ』は“食べた”。
「――ウッ」
その光景に思わず胃が縮こまるが抑え、オロオロしながら私達と一緒に走る先輩に声を掛ける。
「先輩、どうしますか?あの、龍?みたいな『アレ』」
全身の半数を顎で占めるキショイ生物。
分類上どうやって見分けるか迷いそうな見た目だが、頭には角らしきものが生え、翼はないが短い尻尾があるので『アレ』は一応龍としよう。多分龍だ。
「にっ、逃げるしかないけどさぁ。逃げたら皆んなが、、、、」
そう言い、先輩が指すのは冒険者の皆んな。
怪我を負いながら仲間を担ぎ、一人でも多く逃そうとしてる。
怪我をしていて動きが遅い為、全員の避難が出来ずに地面に何人かが寝ている。
もしも、私達が逃げれば、確実にこの人達は先程の男同様に食われるだろう。
しかし南無三、もしも私達に気付いてなければ、、、、。
「あーあー。先輩、もしも私達に気付いていなければワンチャンあると思いましたが、無理っぽいです」
「奇遇だね~空ちゃん。実は私もそう思ってたんだ~」
目の汚れなら嬉しいけど、先輩の反応がこれなら汚れではないな。うん。
ドンドンと、地面を踏み鳴らしながら、あの龍は私達について来る。ちくしょう。
しかも、あの龍土吐きやがったよ!あの土に当たったら、、、、ん?
――――――――そうか。
「おっそ!もっと早く気付ければ“傷一つ負わなかった”のに!」
あちゃ~と、頭を掻いて「セレナさんは、龍とか狩った経験あります?」と聞く。
ピタリと、走る足を止め、私は剣を構えて龍の正面に立つ。
「そんなの、あっしには全くありません!竜殺しは中級パーティーで成功する確率半々ですから!というか!何止まっているんですか!早く逃げて下さい!」
「でも、そしたら龍が皆んな食べちゃうでしょ?だったら止めないと」
「クエスト中の予想外の事態に、ソラさんが責任や負い目を感じる理由はないです!」
「んまぁ、そりゃ責任は私にないよ。先んじて知れる事故とは思えないし」
だが、私に実害は出る。
ここで見捨てたら、私は、心が間違いなく折れる。
だったら、止めるしか私に選択はない。
「っ、、、、。もう、超無謀な事をして」
毒づいた声音で、セレナさんは私に語り掛ける。頼むので、そのまま逃げて下さいセレナさん。
私の心の脆弱性のせいで起きた問題。だったら、この足止めは私一人で遂行するのが筋な筈だ。
だから、逃げてくれ――「ありえない位無謀ですけど!けど!」
三度けどと言い、ゴクリと唾を飲んで一言。
「元修道者として、あっしはソラさんを助けます。元修道者としてですからね!」
そう言うと、セレナさんは私の左肩を触れて『回復ヒール』と詠唱する。
詠唱と同時に矢傷はみるみる塞がり、皮まで綺麗に戻った。
「回復も、あっしはそんなに使えませんから、本当に怪我はしないで下さいよ。そして、討伐を目標としないで下さい」
「当然ですよ。それと、回復ありがとうございます」
剣を片手ではなく両手で持ち直し、私は冒険者へと迫る龍に一太刀入れる。
「どりゃあぁぁぁ!!!!」
勇よくウォークライも上げての初撃は、ゴンッと龍の硬い甲殻に当たるだけで、龍はなんとも思わず私に腕を振るう。
ゴウンと、バットを超速で振り抜く様な風が咄嗟に避けた私の鼻先を掠る。
――危ない。当たってたら全身複雑骨折間違い無しの強烈な攻撃だ。
けれども、思ったよりかは動きが遅い。
私は何度も剣を打ち付け、興味を私一人に固定させようとする。
そして、その際に私は龍の尾を12時の方向とした場合時計回りで龍を攻撃する。
こうしてもしも私に興味が向けば、自然とコイツも時計回りをして、上手くいった場合はそのままダッシュで逃げる。12時の方向の先には何もないから、上手く巻けばこっちの勝利だ。
その第一段階として私に興味を向けさせる事が成功し、龍は歩みを止めて私一本に攻撃を絞る。
攻撃全てを間一髪で躱しながら、どんどん時計に回る。
その機動が半分を過ぎた時。龍は両腕をブンブンと振った後、その勢いのまま地面をガブリと飲む。
ずぞぞぞぞと土を小石等ごと吸い込んで私の足場をぐらつかせる。
飲み込む土に巻き込まれないように地面を一蹴りし、バック。
が、それを見計らった龍の尾が私へ一撃。
速度を伴った質量の暴力が私の骨身に、髄へと衝撃を与えて私を吹っ飛ばす。
一度、二度、三度地面に打ち付けられ、全身に痣がうまれる。
だが、私は立ち上がって剣を構えるが、、、、
「ウッ!」
私は何百度の熱湯を二の腕にかけられた様な痛みがあり、一体何なんだと片方の手を二の腕に回し――次は直接見る。
(まさかな。いや、確かに強い攻撃だが、まさか)
恐る恐るチラリと。しかし、忘れれない怪我を見た。
私の、この左の二の腕は、完全に右方向に曲がって折れてた。
「いってぇぇぇ、、、、、、、、」
声にすら出来ない激痛が、私の口から漏れる。
しかし、この激痛とで序の口。下手に当たれば全身複雑骨折。その痛みと比べれば、、、、とでも言うと思ったか?
痛いよ!比べたって、痛いんだよ!でも。
「どうした?掛かってこいよ、龍。腕と違って随分と腕使いが荒いな」
左の激痛を気にせず、私は龍に啖呵を切る。
人語が龍に通じる訳ではないが、圧縮された空気が押し出される鳴き声?をした後に喉がダルンと垂れる。
(来た!)
ダルンと垂れた喉。たった一度の動作だが、本当にそうならば、私の“勝ちだ”!
何度も使い慣れたこの技。殺傷能力等皆無に等しい筈だが、今ここで殺傷技へ進化する!
「ボオォォォ!!!!」
大気を震わせる轟音の後、岩石入り交じる所謂『土ブレス』という圧死不可避技を私に撃ち、私は別の魔法を2つ同時に発動する。
――――「『
そう、私が難なく使い、その上で100%の確率で使用出来る技。
二重での発動は初めてだが、私の前の空間は穴が空き、私の頭上に穴が開く。
前方の穴を入り口として、上のコレを出口とすれば、、、、。
「疑似ドラゴンブレスってね。私の腕のお返しだ」
私はそう言い、自らのブレスを受ける龍を眺める。
ズドズドと、土砂が龍を押し潰して動きを封じる。
んまぁ、カッコよく返り討ちはしたが、ソレはソレとして、、、、。
「あれ~空ちゃんどうしてそんなに浮かないの?」
「そりゃあ先輩。私、また殺しちゃったんですよ」
「でもでも、空ちゃんが戦わなかったら皆んな助かってないんだよ!」
それは分かってる。だけど、心は簡単には納得しない。
「まぁ、今回はこの魔法に良い使い道があるって勉強したので、背負ってはいけそうですね」
苦い笑顔を浮かべ、私はこの場を後にしようとするが、その時。土砂がぐわりと動く。
「待って。普通、自分の全力のパンチやキックて、自分で食らったら相当なダメージじゃ?」
「んま~相当なダメージだとは思うけど、死にはしないんじゃない?」
「ちくしょう!もう一度ブレス利用ができるかなっ、、、、グッ」
振り向く瞬間、忘れていた左腕の激痛が走る。
そして、その激痛に悶た短い間。龍の身震いで土砂が振り落とされ、それが私に機関銃の様に降り注ぐ。
足に、腕に、胸に、お腹にぶつかり、更にはその土砂に埋もれる。
「イテテテ」と、全身の痛みに声を漏らし、土砂を払おうとするが――
「ズンッ」
地が響く重量。
それが一つ。いや、一歩二歩と歩み寄る。私へと。
ふぅーと唾液を零しながら、身動き取れない私をどう攻撃するか悩む。
先程自分のブレスを反射された訳だ。もしも同じ事をして、また同じく反射されれば龍もたまったものではないだろう。
瞬きを一つ、龍が逡巡すると、口を開けて私を喰らおうとする。
(クソ!ここまでか?)
思わず出た生を諦める一言。だが、それはたった一つの声で否定される。
「中々やったじゃあねぇかソラちゃん。ホレ、遅れたが俺が来たぜ」
なんともふてぶてしく、ふざけた声だが、声の主は私を喰らおうとした龍の下顎を切り飛ばす。
絶叫を上げる龍に、「プッ」と咥えてた葉巻を龍の口の中に捨てる。
そして、パチンと指を鳴らすとタバコは龍の多分食堂の中で激しく燃え、肉を焦がす。
悶える龍に、主は剣を携えて眉間を一突き。それであっけなく龍が絶命した。
「わりぃな。こっちにちょっと良い腕したヤツがいてよ。まぁ、俺ほどじゃねぇが、結構手強くて遅れたぜ。つーか、この竜まだ子供じゃねぇか。これじゃ、自慢になれねぇな」
「今度から、できればもっと、早く来てくださよ。でも、ありがとうございますザッコさん」
白くはなく、黄ばんではいるがニッと歯まで見える笑顔で笑うと、私の土砂を払う。
そして、顔をしかめると次に先輩やセレナさんを救助した後に私を見詰め直す。
「どうです?私の、状態は。もう、いっそ痛みがなくて、分からないんですけど」
言葉に嘘はないが、自分でも状況は分かってた。
土砂を払った今、私の動きを邪魔をする物はないだが、私は起き上がれずにいる。
それが指す状況なんて、分かりきった事だ。
「なぁ、あんた。治せるかい?この怪我を」
「ハッキリ言って無理です。ここまでの怪我となると、あっしの能力では、、、、」
「そうかい」
不穏な空気が流れ、皆の表情が曇る。
そんな皆んなに、私は無理に笑い掛けて強がる。
「きっと、死にはしませんよ。臓器が折れた骨に刺さっている、感覚はありませんから、死ぬ事だけは、ない筈ですから」
そう、多分死なないだろう。それは二人の表情で分かるが、決して元の生活は出来ないはずだ。
強がった私に、二人は俯く中。一人私の胸に飛び込み、大粒の涙を流す。
「嫌だよ!どうして空ちゃんがこんなに怪我するの!?この怪我の半分だって私に来たら良かったのに!どうして、頑張った空ちゃんが!」
「運がなかったんですよ、先輩。それに、半分も怪我が来たら、先輩は、泣いちゃいますよ」
「泣いていいよ!それで空ちゃんが治るなら!この怪我だって、、、、」
嗚咽混じりの声で、先輩は私の腹部の傷を擦る。
そこには土砂に混じってたのか、小枝が突き刺さてった。
「こりゃあヒデェ。おい、僧侶の子。あんた、こういう治療に腕での覚えがあるかい?」
「一人旅の途中で自分にした事が何度かあるので、手伝える程度には。あと、このナイフを使って下さい」
「ホラ、先輩。この傷取って貰うんで、ちょっとどいて下さい」
離れるつもりがない先輩を、私は“左手”でどかし――(なんで左手が動いたんだ?)
一瞬の疑問。だが、その疑問の答えを出す前に腹部に鋭い痛みが電撃的に走る。
「いった!すみませんけど、二人共麻酔魔法的なのはないんですか?」
あまりの痛みに“飛び上がり”、私はその勢いのまま小枝を引っこ抜いて立ち上がる。
「おっ、おい?なんで治っているんだ?しかも、さっきまで痛みすらないって言ったのに」
「それよりも、なんで完全に折れた左腕が?」
「えっと、、、、えぇ!?なんで私治ってんの!?」
それはこっちのセリフだと、2人は嬉しそうに怒って、、、、。
「本当だ!空ちゃんが治った!ほんとのほんとうにちゃんと治ったんだよね?」
「えぇ、一応は。ついさっきのナイフの傷と、小枝のヤツは治ってませんが、その他は何故か」
良かったぁと、先輩は私の状態に喜ぶと後ろから声が掛かる。
「おーい4人共!ちゃっちゃと仕事終わらせて今日は飲むぞ!」
そう言うのは、頭に矢が刺さったガタイの良いおっちゃんで?
「ぎゃー!幽霊!?」
「おぉ、元気もあるじゃねかソラちゃん。ホラ、俺達も手伝うぞ」
「いや、ザッコさん!アレ死んだ人が、、、、」
「あぁ、アレな。安心しろ。死人でもなけりゃ、あと100年はしぶとく生きるぞ」
でもと何か言おうとした時、ポンと頭を撫でなれて一言。
「長生きジジィ共の知恵だ。あぁやると死んだと思われて生き残れるんだよ」
「一体何の知恵ですかアレは」
「まっ、いつかは教えるから、今は仕事だ。それとも、自腹で飲むかい?」
その返答に、私は苦笑すると仕事を黙って始めた。
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