第13話 観光
「オッッ!ウエエエェェェェェーーーーーーーー!!!!」
洗面器をガッシリと手で掴み、私は急に押し上げた吐き気と全力で格闘する。
吐きそうだけれども、吐かないように胃液だけは押し込んで、声だけを上げる。これだけで気分は少々楽になる。
一瞬。ベチョっと吐瀉物が溢れたが、残りを飲み込んで胃に戻す。
今朝。私は起きた途端に心臓を無尽蔵の恐怖と罪悪感に襲われ、直ぐ様洗面器を取って格闘した。
理由は分かる。昨日殺したネズミ達への罪悪感だ。
セレナさんに宥められ、確かに就寝するまでは一度吐きかけただけでギャグを言える程度に振舞えてたが、朝起きた瞬間に何故あんなにも殺した後で笑えた。と、理性と心が私を責め立てた。
朝起きて一番がこれだと、やはり罪を背負った上で全てを糧にするのは、本当に言う程簡単でもない上で、私の様な人間には到底出来ないのかも知れない。
けれども、絶対にしなくてはならない。私は罪を投げ出したい自分に鞭を打ち、朝の恒例を敢行する。
◆
「先輩。私マジでキツイです。大丈夫なんですかね〜?」
「ん?どうしたの?あぁ、空ちゃんもしかしてお腹空いたの?」
「いやぁ、間違ってはいないんですけど、、、、ダメだ先輩じゃ話しにならない」
「えへへ〜それ程でも〜」
「先輩は一体何を誇っているんですか?」
「ん〜。空ちゃんの先輩になれた事かな〜」
「、、、、なんですかソレ。普通に嬉しいじゃないですか」
全く話しと関係性もないし、間違いなく私とセレナさんのやり取りを理解してないでのセリフだが、朝イチで心が重くなった私をサラッと支えてくれる。
まぁ、先輩に相談した事も問題だが、一番の問題はたった1日で誰かに意見を貰おうとした私だろう。
それはさて置き、私はジギルとハイドちゃんに便が減った分を働けと言われたから、今日も私達は馬車乗りに精を出すつもりだ。明らか単純労働だけどね。
が、その単純労働の前に一つやる事がある。
「あっ、おはようございますザッコさん。今日はまだ出発していないんですか?」
「よう、おはようソラちゃん。二人にこっ酷く怒られたらしいじゃねぇか」
「あははは。本当にこっ酷く怒られましたよ。違約金も取られて」
「そいつぁ不幸だな。まぁ、勝手にクエスト受けた二人、、、、いや、三人が悪りぃな」
お互い軽く挨拶と世間話しを交わし、私は話しが早いと思いながらザッコさんの対面の席に座る。
「それを知っているなら話しが早くて良いです。実は、私達あの子をこの街の観光案内する事を約束したんですけど、ザッコさんの知っての通り私達最近来たばかりですから、、、、知らないですよ。この街の魅力」
「つまり、この俺に街の魅力を教えてくれと?」
「はい。つまりはそういう事なんですけど、教えたり出来ますか?ザッコさんが忙しくなければ」
ついしてしまった約束。そもそも、約束を果たす能力が私にないのに受けたから自業自得だが、そんな私にザッコさんは「そうだなぁ」と言っておもしろそうに場所を教える。
聞いているだけでも中々に良いなと思うこの街の魅力を、私達は改めてどこから回ろうか考え、明日が来るのを楽しみにして馬車に揺られに行った。
◆
「いやぁ、おいしいですねこの料理!あぁ、これもおいしいですし、これもおいしいです!」
「うん。おいしく食べるのは凄く良いんだけど、、、、大丈夫?財布は?」
「うっ、それを言われると手が鈍りますね」
そう言いながら、セレナさんはテーブルに並んだ料理を先程と変わらない勢いでバクバク食べる。
今日は街の観光を約束した日。私は小学生の様にどこを順番に案内するか言い続け、セレナさんと合流した時さっさと案内しようと思ったが、その前に食事を摂ると言ってレストランにやって来た。
食事を摂ると言っても、セレナさんに財布はやはりスカスカらしく、食事代ですらかなりピンチらしい。なのに自分から食事に誘うのね。
それと、異世界に来ての新発見だが、随分と食事代が安いものだ。本当に円で言うと、500円程あればお腹一杯に食べれる。
ただ、確実に食材の質が安定せず、二日もすればもはや同じ動物の肉かどうか疑う程度には日によってバラバラだ。というか、事実別の動物の肉を使っていると思う。
まぁ、超巨大モンスターだったり、一週間程で果実が成熟する世界だ。文字通り冒険者にひと狩行かせて、適当に安い肉を買い取って作っているんだろう。
「そういえば、一つ私疑問持っているんだセレナさん」
今日の朝。私はまたも吐き気に襲われ、今度は運悪く吐いてしまった。それで食欲がない私は、スープを飲みながら暇そうに雑談を持ち掛ける。
「ん?何がですか?」
「いやね、
「え!?ソラさん使ったじゃないですか、魔力障壁」
「いや、ホラ。アレだよ、火事場の馬鹿力みたいな〜。まぁ、要するに偶然使えたんだよ。意図して使う方法ってないのかなぁ?ってね」
あぁ、なんだそういう事か。そう納得する表情をして、セレナさんは手の甲をみせる。
「まぁ、魔力障壁自体の使用は簡単ですよ。ただ守りたい所に魔力を集中させれば使えますから。ただ、無意識下で使用出来る訓練に時間が掛かりますね。あっしも魔力障壁の訓練はしているんですけど、無意識下での使用は出来ませんでした。正直、無意識下で使うのは才能とでしか言いようがありませんね」
前置きを話し、セレナさんは自分の手の甲を見詰め、魔力障壁と口ずさむ。
すると手の甲から青白い。私が見たのと同じ光が手の甲に現れる。
「まぁ、意図して使うのは容易なもんですよ。ただ、戦闘で使うなら不意打ちや、躱せない攻撃の時でなければ、結局は使用する意味が薄いんですけどね。しかも、魔力障壁は性質上使用開始から少しでも時間が経てば極端に防御力が減るし、維持が異常に難しいんですよね。だから、相手の剣が肌に当たる瞬間。一瞬だけ魔力障壁を発動させ、攻撃を防御するのが理想論ですね」
「でも、防御に集中すれば、攻撃が疎かになる。だから、無意識下での反応が良いって訳ですか。ん?待てよ、じゃあ先輩のあの擦り傷はなんでだ?」
「その通り。まぁ、無意識下での防御は上級者位しか出来ないんで、偶然でも使えたのは凄いですね」
セレナさんは半眼でそう言い、料理を口に運ぶと目をパッチリ開いて笑顔になる。本当に財布大丈夫かなぁ?
まぁ、セレナさんの財布は気になるが、それよりも気になるのは魔力障壁に対しての疑問だ。
私は、雲さんから序盤では死なない耐久力を貰ってはいる。で、その序盤では死なない耐久力が所謂魔力障壁だと言う物と私は予想したが、ではこれは“誰が”は発動させているのか。
もしも、コレが天界から第三者の力が供給されているのなら、“私が”魔力障壁使えばどうなるのか?
理想論としては、防御力2倍嬉しいヤッターだが、実際としてはどうだろうか。そもそもコレが本当に魔力障壁かどうかも怪しいが、取り敢えずは、、、、
「そろそろお会計しましょう、セレナさん」
私は空になって料理皿を見て会計を相談した。ちなみに、自分の食事は自分で払うと決めてたので、いざ会計をするとセレナさんと先輩が泣く羽目になった。ねぇ、先輩。貴重なお金をどうしてこんなにアッサリと、、、、
◆
「ほえ〜。ここ凄いですね〜。色んな物が売ってありますよ先輩」
「ん?まぁ、確かに色んなのが売っているけど、然程珍しい物じゃないんじゃないかなぁ〜。変わってるね空ちゃん」
「まぁ、カナリエさんが言ってる通り、然程珍しくはありませんね。でも、こんなにも品揃えが良いのは、この街のギルドの冒険者が優秀って事ですね」
お昼ご飯を済ませ、私達はザッコさんに勧められた場所に向かう途中。所謂商店街的なのにやって来た。
商店街と言っても、日本の商店街とは全く違い、くすんだ宝石や鎧や剣。薬草にポーションもあれば掘り出し屋みたいなのもあり、結婚指輪でもないのに給料3ヶ月分する本があったりと凄かった。
しかし、どうやら異世界出身の二人は慣れているらしく、どうも興味があまりそそられない様だ。
だが、全くという訳でもなく、、、、「みっ、見て下さいソラさん。アレを!」
「ん?どれどれ?」
ハァハァと息を吸い、興奮してセレナさんが指すのは一枚の絵画だった。
確かに綺麗で上手いのだが、それが一体何が凄いのだろうか?なんか埃被って汚いし。
「あっ、アレはですね、古代の中でも特に文化が栄えていながらも、戦争に敗れて文化を焼き討ちにされた文明の僅かな生き残りです!本っ当に希少で、種類によっては大貴族や国王が所持出来る物です!まぁ、残念ながら一店に置いてあるって事は、有名な画家のではないでしょうけど、凄いです!」
「へぇ〜。でも、良く分かったねそういうの。もしかして興味があるの?」
「えっ、えぇ。あっしは歴史に興味がありますし、こういうのはちょっと齧っているんですよ」
顔を赤面させ、謙遜する様な、何か物事を隠したい様なそんな表情を浮かべると、セレナさんは案内する筈の私達を引っ張り、興奮そのまま先を急ぐ。
◆
ザッコさんがおもしろいと言った場所。それはこの世界ではありふれてはいるが、規模と熱量。更には希少性が田舎町とは段違いだろう『競り』だった。
様々な格好をした商人達が消耗品に、異国の食材に武器を業者に売り捌き、利を追従している。
そんな競りには冒険者の格好をした人物も何人か居て、賢くここでアイテムを纏め買いしていた。
けれども、そんな競りを無視し、私達はより大きな声をする場所へと向かう。
開けっ放しのドアを潜り、私達はちょっとだけ乱暴に商人を掻き分けて視線が通る所に立ち、彼らの視線の先を追う。
そこには、大量の良い意味で訳が分からない物があった。
タイトルさえ摩り切れて見えない書物に、竜と思わしき物の骨に鱗。日本刀そっくりの刀に、全身みっちり文字が彫られた火縄銃らしき銃。そんな物がまだまだ沢山と。
宝の山と称しても全く差し支えない光景に、私は当然先輩もセレナさんも感激する。
その光景を数分間。私達は安いのがあって買えたら良いな程度で眺めると、不意に袖が引っ張られる。
「どうしました先輩。もしかしてお花摘みにでも行くんですか、、、、って、セレナさん。一体どうしましたか?」
「いやぁ、あのですね、、、、」
モジモジと体を揺らし、頬を赤らめながら私の表情を伺うと、意を決した様にセレナさんはお願いをする。
「あっし、もうお腹が減ったので、出来ればまた“食事”に行けないでしょうか?勿論自分の分は自分で持つので、、、、」
んまぁ。
薄々気付いてたよ。食事の時やけに元気だったり、奢りと聞くと喜んで飛び付くから。
私は首を縦に振ると、一つセレナさんに評価を下す。
腹ペコ属性なのかぁ、と。
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