第12話 ゲーム感覚

「おぉ!空ちゃん!ネズミを倒したの!?ありがと~。流石最高の後輩だよ~」


「ネズミ、、、、来てたんですか。カナリエさんが喋ってて気付きませんでした」


「ふふふ、セレナちゃんが気付かなかった事に気付く。やっぱり空ちゃんは良い子だよ~」


「ん。あっしだって、カナリエさんが喋らなければ気付きましたよ」


やいのやいのと後ろ二人は気楽に言葉を綴り、私に賞賛の言葉を送る。


だが、その賞賛の言葉が、私には殆ど聞こえなかった。




バチバチと頭の中で何かが鳴り、視界が真っ白になって手が震える。


ボーと意識が遠のく中。剣を離して地面に膝をついた。


膝が地面にぶつかって痛みが走り、手にはゴンと自分の体重がのしかかって泥水が飛び散る。幸い剣を落とした先に私の膝や手がなくて良かった。


そんな私の様子を見た二人は、冗談では済まないと思い、急いで私の肩を持って引き上げる。


そして、先輩の膝の上に寝かせられると、二人は私の膝を覗き込んだ。




「膝に擦り傷はないね、良かった。全くないよ!」


「でも、もしもの事がありますので、両膝に清水をかけましょう。あっしのこのバッグの中に水筒がありますので、取り敢えずはそれで洗いましょう。伝染病にかかる可能性を最小限に!」


先輩とセレナさんは慌てた声で相談し、私の膝へと水をかけて綺麗な布で拭く。


「この布。安くないですから、絶対に死なないで下さいよ!死んだらあっし、経を唱えませんから!」


随分と手慣れた手つきで私の膝を洗い、ついでにお酒も取り出して消毒もする。




「一つ、、、、聞いていいですか?」


「なんですか!下らない事だったら無視しますよ!」


「下らない事かも知れないけど、セレナさんはバイ菌とか知ってるの?」


「バイ菌?知りませんよ、そんな事!バイ菌と今のコレが何か関係性があるんですか!」


「いや、ないよ。もう拭かなくて良いよ。ありがとう二人とも」


私はそう言い、落とした剣を手で拾い、杖の様にしてたと上がる。のだが。


剣の持ち手を持った瞬間。先程斬ってしまったネズミを思い出し、グラリと膝が揺れる。


次はシャンと立ち、息を整えて握る手に力を入れ直す。


ジワァと手袋の中に浸みた汚水が溢れ、私は手袋を空間にしまって素手で剣を握る。


粗雑な滑り留めが私の手に強く食い込み、ジワジワと先程ネズミを斬った感覚を上塗りさせる。


それが非常に気持ち悪いが、ネズミを切った感覚の方がよっぽど心臓に悪い。




「先輩に、セレナさん。二人ともありがとうございます」


顔の水を拭い、二人に頭を下げて私は礼を言う。


「良いよ、空ちゃんそんなの。だって、助けてくれたんだから。で、倒れたって事は何かあったの?」


「あっしこそ、ありがとうですよソラさん。街に戻ったら専門の所で見て貰いましょう。あっしに出来るのは、この教会で教わったこの応急処置程度ですので。あと、これ水です。ソラさん、木を切ってから一度も水を飲んでませんでしたし」


セレナさんは、先程私の膝を洗ったのと別の水筒を差し出し、私はありがとうと言って水を飲む。




しかし、あの応急処置の手際に、アルコール消毒。もしかして、細菌の概念が皆んな知っていると思ったが、どうやら教会で教わる事のようだ。


冒険者業がある為か、私の世界でも有効的な方法がこの世界でも使われている。


そんな推察を水を飲みながら考え、水筒を空にして私はありがとうと再度礼を言って歩き始める。




そんな折り、先輩が後ろから「どうして倒れたの?」と悪意のない質問が来る。


私はどう答えようかと悩み、それらしき答えを言おうとした直後。


「そんな事よりべフェルトさん。あのネズミの仲間が来ますから、覚悟して下さい。あと、移動中に襲われない為にも、ここで待ち伏せしましょう」


セレナさんが私の言葉を遮りながら先輩を抜かし、私の隣に立つ。


そして、私の隣に立ったセレナさんはフッと笑うと、小さい声で一言投げ掛けた。




――「優しいですね」




違う。


私は剣を握り、歯を噛んで否定する。


私は、ただ、ネズミを殺す自覚がなかった自分と、そんな自覚もないままネズミを“自然”に殺してしまった自分に、強い嫌悪感と喪失感を抱いているだけだ。


私は、またしてしまったのだ。ザッコさんと行ったあのクエスト。


あのクエストと同じく、私はゲーム感覚で行ってしまった。


モンスターに襲われるかも知れない自覚もながなく。モンスターが実際に現れた時の恐怖も、対応も考えずに行ったあの失態と同じのを、繰り返した。




次は、ゲーム感覚でクエストは受けないだろう。


心の内で根拠もなく振り翳した自信は、あの瞬間に崩れた。


だって、、、、殺した時。私は、自然と手が出過ぎた。


先輩達を守る理由で、誰かも分からないもの、あのたった一瞬で“殺そう”と判断出来たのだ。


何が人間なら手当てをしようだ。


下手したら命を奪ってしまう可能性があるのに、その可能性を除外して、手当てをすれば良い?


(、、、、おかしいだろ)




確かに、二人は守れたが、私は何か大事なのを失った気もした。


何より、ネズミがもしもあの狼だったら、私は先輩達を守らずに逃げていただろう。


セレナさんから事前に最強でもゴブリンと聞き、自分でも殺せるから平気で刺したんだ。


本当にゲームをやるように、殺す自覚がないまま取るに足らない相手をザクリと。


勝てない相手だったら恥を捨てて逃げようと。


プライドもなければ、尊厳もない行動。悲観して、、、、いや、私にはその権利すらないだろう。




そんな私の心中を知ってか知らずか、セレナさんはまた一言同じ言葉を綴る。


「優しいですね」


「そんな事、、、、ないよ。私は」


「そうかも、知れませんね。でも、今のご時世珍しいですよ」


「何が?」


私の、一体さっきのどこが優しいのか。仲間を守るのは当然の事として、それ以外は躊躇いなくネズミを殺しただけのこの私に、セレナさんは胸を突く言葉を言う。


「ソラさん。あのネズミを殺した事に、“罪悪感”があるんですから」


罪悪感。あぁ、確かにあるさ。じゃなきゃ、ゲーム感覚で殺して終わりだから。


でも、、、、「手が、軽く動き過ぎましたよ」


声が震え、涙がポロポロと溢れる。


どうしようのなさ。私は確かにネズミをゲーム感覚で殺した。


でも、もしそのゲーム感覚が薄ければ、私は勿論。先輩達も死んでいたかも知れない。


だから、その狭間に揺れて軽率な自分が悪いのか、軽率ではない自分が悪いのか決めれない。


いっそどっちかに振り切れば良いのに、振り切れなかったこの中途半端さが、苦しい。




そんな私に、セレナさんはただ優しい表情で一言。


「奪って命は、償う方法なんてありません。でも、その命を無下にする方法はあります。なら、無下にせず、糧としましょう。強く、でもただ強くではない。生命として強くあろう」


赦しは請わない。その罪を背負った上で生きろ。


口にするのは簡単だが、実際に行動するのは難しい。


何故なら、私達は人生で必ず一度どうしようもない怒りがあったり、悲しみがある。けど、それは忘れないと前に進む事は出来ない。無論。命を背負うのも、その例外ではない。


「もしも、背負うべき荷があるのを忘れたら、どうしたら良いと思います?」


「思い出した時に、背負いましょう」


「もしも、そんな重圧に耐えれなかったら、どうすれば良いと思います?」


「それでも、背負い続けましょう。だって、重圧の耐えれないだけで、命は戻りません。それに、命を背負う事をやめて、また背負い直す時は、今度はより強く背負いましょう。それが、義務ですから」




立ちましょう。歩きましょう。背負いましょう。


忘れたなら、今度はより強く。


覚えているなら、もっと強く。


辛いのは、投げ出すか投げ出さないか、善良な自分が戦っている。


悩んで悩んで、それでも背負うなら、それが正しい。




「あっしが信じている教の、あっしが大好きな言葉です。罪悪感はなくさなくて良いです。必要なのは、それを丸ごと背負い込める強さです。ソラさんは優しい人です。ですから、背負いましょう。優しい限りは」


自然と言葉が浸透する。今日出会ったばかりなのにも関わらず。流石は本職の人か、あるいは私が欲しかった言葉だからだろうか――


「そうですね。逃げ道なんて、、、、ある訳ないですよね。あのネズミを糧します」


「あのネズミと、今までの分も糧にして下さいよ。優しいソラさん」


皮肉気味にニカッと笑うセレナさんに、私も頑張ってニカッと笑う。


あぁ、背負おうじゃないか。そもそも魔王退治に来たんだ。誰も殺さずに成し遂げれる訳がない。


でも、命を奪う時は、奪った分を必ず背負う。命は、無意味に奪ってはいけない。


あのネズミは、私に、命を切る覚悟の重さを、教えてくれた。




「おっと、ちょっと無駄話しが過ぎやしたね。ネズミがやって来ますよ」


遠くでペチペチという音が沢山する中。セレナさんはそう言うと先輩に松明を預けて杖を前の突き出し、私でも分かる戦闘体勢を取る。


「セレナさんは、棒術使えるんですか?僧侶なのに」


「えぇ、教会で習いましたよ。あっしは少々身体の成長に問題があるらしくて、力は弱いですが技能は評価されましたよ。特に、教会でやった棒術大会では準優勝ですから」


「いや、そうじゃなくて、私は僧侶が近接で戦うのって意味だけど」


「ん~。まぁ、確かに僧侶は基本的に魔法支援や回復が仕事ですが、魔力がなくなったらどう戦うんですか?」


サラリと言った、この世界の僧侶全員何かしらの戦闘手段がある発言に、私はスゲェなと内心で思って迫り来るネズミを、皆んなの為に切り捨てる。




一匹目は突き刺さし、二匹目は突き刺すのは命中率が悪いと思って剣を振って切り、三匹目は切りよりも剣の平で殴打すれば良いと思って殴打する。


縄張りに侵入されただろうネズミは、怒りで震わせ侵入者である私達へと飛び掛かり、喉を狙おうとする。


何匹も何匹も襲い掛かるネズミを、一匹一匹倒しながらより効率的な倒し方を工夫にする糧としながら、私は強く肩にのし掛かる罪悪感を背負う。


ちなみに、隣のセレナさんは、取り回しが難しだろう杖を難なく使い、飛び掛かる前のネズミを突き殺す。


殺し切れずに飛んでしまったネズミは――素手で掴み、地面へと強く投げ捨てる。え!?強よ!




流石異世界。バイ菌の概念がないのもそうだが、あんなにか弱い見た目の女の子が素手も用いて大量のネズミ相手に戦い合っている。


私も素手を使うべきかと悩む。現状私が飛び掛ったネズミを殺し切れているのは、飛び掛ったネズミが少ないという単なる運であり、剣一本で相手しているのは奇跡だった。


そう考えるていると、ビュンとネズミが私の攻撃の隙を掻い潜って私の喉元へ向かう。


ヤバイ。


もうこうなったら汚いと言ってられない。私は汚いのを覚悟して手を伸ばすが、、、、ネズミは私の肌へ歯を突き立てた。




(あぁ、終わった)


まさか命を奪う覚悟をして、その直ぐ後に死んでしまうとは。


ネズミ。私の命を糧にして生きろよ。


そして先輩。魔王倒して下さいよ。


ツーと涙が流れ 、最後に死にたくないなと思い。私は目を閉じた。




「カンッ!」




目を閉じた瞬間。私の肌へと確かに歯が突き立てられた感覚がした。


だが、本当に歯が当たっただけであり、私は痛いと全く思わなかった。


更には、謎金属音。訳が分からなかったが、少なくとも私は死んでないだろうと思い、目を見開いて届かなかった手を伸ばしネズミを掴んだ。


ガッツリとネズミを掴んだ感触に、薄暗い洞窟。


間違いなく私は死んでいないと判断する条件が揃っている空間で、私は地面へとネズミを叩き付ける。


甲高い断末魔が鳴き、耳をつん裂く中。私は一つの光に疑問を持った。




それは、後ろで先輩が両手で持ってる松明の光ではなく、青白い綺麗な光が私の視界の端の端に光ってた。


けれども、その光の正体は私には分からず、疑問を取っ払って剣を振る。


非常に気になるこの疑問に、私をチラリと見たセレナさんがその答えをくれる。


「ソラさん。普通の魔法が使えないのに、それは使えるんですね。『魔力障壁マナフィールド』」


魔力障壁。説明されなくても、なんとなく魔力を用いた防御技と、薄っすら理解出来た。多分攻撃が当たった所が青白く光る使用。




しかし、私が何故これを?


「あっ、もしかして、、、、雲さんが言ってた序盤じゃ死なない耐久力って、これの事じゃ?」


そうなると、全ての説明がつく。私達が最初のクエストで裸足で歩いても問題なかった事に、この首に噛み付いたネズミ。何よりも、最初にこの世界に来た時。私は自分の死角。先輩はズッポリと地面に埋まって、その片鱗すら伺えなかったのだ。


そもそも、序盤じゃ死なない耐久力だなんて、普通に考えたらおかしい事だ。


だって、それはゲームでもなければ身体自体が優れていなければ、耐久力足り得ない。


耐久力とは、身体の硬さと仮定すれば、筋肉が多くないと耐久力とは言えはない。


しかし、私は転移前の体で、先輩と約束して筋トレする程度には身体は優れていない。


なるほど。気付かなかった事実が氷解し、これから効きそうな無茶を考えていると、「鎖帷子が本当に初心者向けな理由は、その魔力障壁を中級者は覚えるからです」とまたも新常識を付随される。







「ハァ、、、、超キツかったよ~」


「何言っているんですか。超キツかったのは、あっし達ですよ。カナリエさんは松明を持ってただけじゃないですか」


「えへへ。バレちゃった?」


「それはバレますよ。というか、大丈夫ですかソラさん?」


「あぁ、大丈夫だよ。ちゃんと、、、、うん。ちゃんと無駄にしないから」


「それは、とても良かったです」




洞窟での戦闘を終えた私達は、洞窟をくまなく探索し、クエストに描いてあった箱を手にして帰る。


道中。私が急に嘔吐しかける程の罪悪感が襲ったが、罪を嘔吐如きで捨てはいけないと思い、頑張って踏ん張るアクシデントがあったが、特段トラブルに会わずにギルドに帰還した。


重い木の扉を押し開け、蝶番の音を奏でて私は真夜中の帰還を果す。


真夜中でもギルド内は賑わい、アルコールとタバコの臭いが私を咳き込ませる。




コッホコッホ。咳がそう鳴り、私は目を閉じて口を押さえる。


そして、再び目を開けるとギルド内の皆んなは私を凝視していた。それが、非常に不思議だ。


真夜中での帰還はそう珍しい物でもなければ、私は既にこのギルドのメンバーと認識された為、もう物珍しく見られない筈だ。だが、皆んなはジッと見詰めている。


何故だろうと思いながら、私は笑顔を浮かべてこんばんわと言うが、誰も返さない。何故だ?




理由が分からず、謎の不安が胸をザワつかせながら、私はクエストカウンターへと向かう。


そこには、不機嫌どころか、私に敵意を剥き出しにしたジギルちゃんとハイドちゃんが居た。


「やぁ、二人とも。朝忙しそうだったから、これをやると言っていないけど、ちゃんとこなしたよ。ホラ、探し物のコレ。報酬金は、、、、受け取れるかな?」


コンッとカウンターの上に箱を置き、報酬について聞くと、ハイドちゃんがジギルちゃんに耳を打ちをする。嫌な、予感だ。




「良いよ、報酬金は出してあげる。はい、コレが報酬金で――“違約金”を払って」


「はい?」


訳が分からなかった。


だって、箱はちゃんと持って来たし、壊れて等いない。確かにボロいが、中が大事なのであって、箱が大事だはない筈だ。何よりも、この依頼が書かれた紙には、字がない。


違反するにしても、何を違反したかかが分からない。


そんな処理落ち一歩手間の私に、ジギルちゃんはムスッとした表情で答えを述べる。


「どうして、私達に何も相談しないでクエスト行ったの?そのせいで、馬車に載せる荷物が載せれなかったじゃん!おじさんすっごい困ってたよ!」




あぁ、なるほど。そうだったか。


コレは、、、、所謂無断欠勤って、ヤツだなぁ。




その日私達は、そこそこの冒険と引き換えに、無視は出来ないお金を失った。

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