第6話 隻腕の剣豪

「へへへ。どうってもんだい」


「おじさんすごーい!ネズミを一撃だ!」


「まぁな。ダメ親父に見えても、お嬢さんの様な子にモテる為に剣の腕は磨いているのよ」


「へ〜そうなんだ。でも、女の子は結局かなりが顔で見るから、ヒゲとか剃らないとモテにくいよ」


「キッツイ事言うな〜。でもまぁ、それで良いのよ。おじさん別にそういうモテるじゃなくて、キャースゴイ的な事を言われる程度で満足なのよ。それ程度でな、、、、」


「へぇ〜そうなんだ。ん?空ちゃんどうしたの顔を真っ青にして」




私の後ろで、二人が和気藹々と楽しくお喋りする中。私は先輩に言われた通り真っ青な顔をして、自分の直ぐ横にあるネズミの死体を直視していた。


別に、私はネズミの死体を見て楽しい訳ではない。


ただ、目の前で動物を惨殺され、その惨殺死体を作った本人を褒めた後に、死体が目に入ってしまい。罪悪感でどうしても目が離せなくなった。


トロトロと流れる血液に、そこから見える骨に腸の断面図は、見るだけで息を飲んで気持ち悪さで吐きそうだ。だって、惨殺した相手を褒めて、その死体を改めて見てしまうのはキツイ。




「いえ、先輩。大丈夫です。えぇ、全然大丈夫ですよ。コレは私のせいですから」


「いや!全然大丈夫じゃないよ!空ちゃん凄い青い顔して口抑えているじゃん!」


「いえ、大丈夫です先輩。コレは要は私の問題です。生活と命が関わるクエストにて、私はゲーム感覚で挑んでました。コレは私の責任以外の何物でもないので、大丈夫です」


「でも、、、、」


先輩の言葉を否定した私は、それでも私に責任がないと言おうとした事に感謝し、首をゆっくりと死体の向きからズラす。


カクカクと動いてみっともない私だが、死体を視線から外しきると、一息深呼吸をつく。


胸を広げて深呼吸をする私に、男は少し私の体を引くと、私の頭に手を当てて撫でる。




「視線をちゃんと外せれたな。ヨシヨシおじさんが褒めてやるぞ!」


喫いかけの葉巻を外し、猫撫で声で私の行動を肯定するが、私は肯定よりも否定が欲しかった。


「いえ、全然大した事をしてなんていませんよ。本当に、褒められる事なんて出来てませんから、、、、」


「まぁ、そうだが、それで良いんだよ。死んだ生き物を見て気分が良くない。それは当然の事で、モンスターであろうとも生き物には死んで欲しくないというか至極当然な事だ」


私を撫でる手が荒くなりながら、男は遠い目をして語りかける。


「もっと簡単に考えようぜ。確かにモンスターであろうとも死んで欲しくないが、ソイツを殺さないと自分が生きていけないから殺した。自分は腕に自信がないから、腕っ節自慢の冒険者を雇ってソイツが自分を襲ったモンスターを殺し、自分を守った。それで“いい”じゃないか、深く考えると、キリがないしよ」


人生経験の差か、それとも男の人を納得させるうまい話し方か、私はネズミを殺す前の様に声色だけは真剣な男の言葉を聞き、ネズミにごめんと思って手を離す。




「ヨシヨシ。じゃ、歩き続けようぜ。チャチャっと終わらせてメシを食おう」


男は葉巻を咥え直し、眩しい位の笑顔で言い、私と先輩は大きく頷いて足を前に出す。


「あっ、そうそう。いい加減思ったけど、お嬢さん達の名前を聞いてなかったな〜おじさん。おじさんはかわいい女の子の名前を一人でも多く知りたいんだよな〜。まぁ、黒髪の嬢ちゃんは名字もしくは名前が分かるけどな」


「あの、、、、おじさん。さっきめっちゃ良い事言ったのに、コレじゃあカッコよさ台無しですよ」


「おっ、カッコいいと思ってくれたの?なら、おじさんはそれで良いや。おじさんはあくまでキャーカッコイイと言われる程度で良いからね」


「え〜おじさん。あの言葉本当だったの?私も嘘だと思ったのに。ね、空ちゃん?」


「はい。正直おじさん若い女の子を誑かして、イチャイチャしようとするのだと思ってました」


「あっはは、俺信じられてなかったのか。まぁ、それが正しい反応だ。とはいえ、一時期俺も、派手に飛ばしたんだぜ。それこそ下半身の化身の様な勢いで女の子を口説き、最後にお預け&ビンタを食らってやけ酒をな」


おう。途中で棒読みのなっているよおじさん。




「、、、、天次空ですよ。あまつぐそら。あっ、でもこっちじゃ逆に読んだ方が良いのですかね先輩?」


「さぁ?そのままでいいじゃない?別に恥ずかしい事じゃないし。あっ、私はカナリエ・べフェルトだよ」


「いや、恥ずかしいですよ先輩。だって、相手は初対面から私の名前を言うんですよ。外国じゃ名字と名前が違うから、初対面から空って」


「ほうほう。ソラちゃんと、べフェルトちゃんか。よし、覚えたぞおじさん」


先輩。言われたので、ハッキリと断言出来ます。恥ずかしいです。




「そいや、一応そろそろハッキリさせんとな」


ポクポクと足音を鳴らし、男は頭を掻いて申し訳なさそうの話しをそうやって切り出す。


「ソラちゃんにべフェルトちゃん。二人とも何が出来るかな?流石に剣も振れないとは、言わせないよな?」


出来る事がよく分からないと言った私達に、改めて男は可能な事を聞き出そうとする。


命がかかっているやり取りだからこそ、一旦は放置しても聞き出すのは当然だ。逆に、命の関わる事に遊び感覚で行った私達にとっては、出来ない事しかない為、剣も振れないと言うのは途轍もなく恥ずかしい。


そんな私達の我儘な羞恥心を汲み取りながら、それでも聞き出そうとした男に私は「多分。皆さんが使えない魔法が幾らか出来ます。凄く便利なので、使う時があれば使います。でも、攻撃魔法はまだないですね」と答える。




「私も空ちゃんと同じで、多分皆んなが使えない魔法が幾つかと、、、、あと回復魔法が使えるよ!」


「ほう。そういうのが使えるのか、二人は。一応聞くが、二人はどうしてその程度でギルドに行ったんだ?」


聞けばその通りとでしか言えない言葉に、私と先輩は目を見合わせて、やるべき事を頭を下げて行った。


「「すみませんでした」」


「いや、良いんだよ。たまにいるんだ、自分には特別な才能があると勘違いした農家のボウズが、ギルドに行って死んで帰って来るヤツがよ。そういうのを守って、分不相応だと間接的の教えるのは、俺の様な余裕のあるベテランだ」


男は2秒で頭を下げた私達に、男は頭を撫でて上げさせるが、コレも間接的に私達に対してこれに懲りたらギルドに来るなと言うが、残念だが明日もこの男は私の顔を見てしまう事になるだろう。




「ところで、皆んなが使えない魔法って、例えばどいうのよ」


「あぁ、それなんだけど、、、、ホラ、空ちゃんが使ってみてよ。コレを預けるついでにさ」


先輩はまだ抱えてた資料で私のお腹を小突き、空間魔法で入れろと言う。


「うぇ、先輩それまだ持っていたんですか!」


「仕方ないよぉ!家もなければ、預ける場所もないんだから、ずっと持っとくしかないんだよ!」


「分かりました。分かりました。では、その資料を預けさせて頂きます」


「ん〜分かっているね、空ちゃんは!ありがと!まぁ、それに空ちゃんがうちの所では預ける物が一番多いしね!」




後ろで先輩が私と言う神輿を大きく担ぎ上げ、私に魔法を使わせようと応援する中。私は天界に居た時と同じ感覚で魔法陣を空中に作り、パカァと空間に穴が開くとそこに先輩の持っていたん資料をポンッと置く。


天界では元人間も元亜人も平気でやった流れに、男は口を開けて驚愕する。


「なっ、なぁ。空間魔法だなんて、どこで覚えたんだ?」


「え〜と。覚えた場所なら言えるけど、言っても信じないし、私も言いたくないなぁ」


言って笑われるのが嫌な私は、一言「絶対に信じれないよ」と言葉を付随して言うと、男はならいいと言って私の魔法に関してそれ以上言及しない。


「あっ、そうだ。もしかしたらあっちの方の物は、ここからでも取れるかな〜って、そうだ私お金なくてこのホールに何も入れてなかったぁぁぁぁ!!!」


ドンマイ先輩。




「そうだな。スゲェ魔法を見せて貰ったな。けど、、、、だからといってなんだって話しだが、その魔法が使えるなら、ギルドの為にも残さんとな。お嬢さん達その魔法が使えるなら、直ぐにでも仕事がある。絶対に俺からは離れるなよ、守りきってやるから」


男はそう言い、葉巻の火を消して仕舞ってた剣を再び取り出すと、いつでもモンスターとの戦いが出来る様に備えて歩く。







森を歩き、一時間経つか経たないかの時。私はインプルベリーの葉っぱが木の幹に生え、メチャクチャ小粒だが、実が青くなっていた。


もしかしたらここが群生地かと思い、男に目で聞くと楽しみにしろと返され、この先が気になる。


胸をワクワクさせ、男の後ろを追うと男の道を少々大きな枝が遮っており、その枝を切り落とすと三人共二本の木に挟まれた獣道を体を痛めて通る。




スポンと通り抜け、痛い肩や胸を抑えながら、私は眼前の景色を目を開いて覗く。


陽光が葉っぱの隙間から差し込み、地面に広がる無数のインプルベリーのカーペットを照らす。


右を向けば緑。左を向けば緑。当然真正面はただ緑が地面に朽木に岩にですらない所はなく、吹きつける風で緑の世界にはインプルベリーの赤い実がユサユサと揺れる。


ただ緑だけではない、自然の環境が織り成す光景に、私は息を飲んで一口足元のベリーをつまむ。




口に含むと、僅かな果汁が口に流れ、私の口内にサクランボを少し酸っぱくしたのに似た味が広がる。


甘いけどちょっと酸っぱいこの味に、私はもう一つ食べて感想を零す。


「おいしい」


味は普通に考えたら特筆する程おいしくないが、この群生地から香る緑の匂いが、強く食欲を促進させる。


「あ〜。甘酸っぱくておいしいね、空ちゃん。これ毎日食べてみたいね〜、ここで」


「ははは、なら嬢ちゃん。それ位強くなりな、俺なしで行けるようなな」


美しい光景とキザなセリフは良く似合い、男は更にキザを重ねて葉巻を吸って一回先輩の頭を撫でて、周囲を見渡す。




「むふふ。そうなると、益々頑張らなくっちゃ!さ、さっさとベリー取って帰ろうよ空ちゃん!」


私の腕を引き、先輩は中央の最も実がなってそうな場所に向かう。


次の瞬間。私と先輩の目の前に鹿っぽい動物が、飛んで来て足を前に出して逃げようとするが、、、、今度は狼に似た動物が4匹横切り、あの鹿に食らいつく。


後脚に食い、お尻に前脚。最後に喉に噛み付くと、鹿の肉を裂いて首を折ろうとする。


最終的には喉の肉を食らって、血管を潰して流血させて殺した。


刹那な命のやり取りに、改めて私のゲーム感覚が恥ずかしくなると同時に、今度は襲って来た。


底なしの恐怖。長く忘れてた、殺される死の苦しみが。




あの日。雷に打たれた私は、瞬きの一瞬でさえも短い間ながら、確実に痛みを味わった。


人間が死ぬ時に感じる痛みを。


その恐怖で足が震え、死にたくない一心で狼に“背を向けて”逃げた。


一般的には動物は好奇心が強く、早い速度で人間が走るのなら大半が興味を持ってついてくる。最近周知し始めた熊から逃げる正しい方法に、熊から視線を逸らさずに後ろずさりするのはこういう為だ。


けれども、私はそれを誤り、背を向けて逃げた。




無論。好奇心を刺激された狼が来ない筈なく、狼の近くに居た先輩を置いて、狼は総出で私を追う。


更に言うなら、敵は狼の様な動物であり、私の世界の狼と違って虎程の大きさと体格で私を追い駆け、荒い息を耳元でで聞かせる。


もうダメだ。諦めの言葉が、脳裏に浮かぶと同時に、私の髪を掠める様に風が切り、狼を一匹頭蓋骨から脳までを真っ二つに斬り捨てる。




「ったっく、今回の雇い主はマジでとんだお嬢様だな。これ程手間を掛けてくれるとは。だが、そんな手間暇掛かる女の子こそ、、、、守ってやらんとなぁ」




吐き捨てた葉巻が、空中で火の粉を散らし、数瞬激しく燃えて燃え尽きると、男は二匹目の狼の脳天を捉えて割った。


決して高そうではない安物の剣は、斬撃武器ではなく鈍器の様に利用され、血に濡れながら三匹目を捉えようとする。




しかし、狼はその剣を避け、残る一匹と共に男の喉に襲い掛かろうと跳ぶ。


だが、「『樹根スネアツリー』」


短く唱えた言葉がワンテンポを置き、急速的に成長した木の根の様な植物が真上に伸び、狼二匹の腹部に風穴を開けた。


お腹に木の根が突き刺さり、激痛に悶える中。外そうともがくが、その前脚と後脚は自らの熱い血に濡れるだけだった。




その狼を見届けた男は、自分の捨てた葉巻を念入りに潰し、剣を仕舞うと新しい葉巻を取り出し、あの灰皿の様な物で着火する。


葉巻を口に含み、嫌な臭いのする煙を吐き出し油断していると、奇跡的に抜け出した一匹が男に向かって飛び掛かるが、、、、


ブンブン。


自らの足を軸に、男は仕舞ってた筈の剣を片手に三度回ると、狼は勢いそのままの地面に倒れ、顔の先が三つの断面図を映して崩れる。




4匹もの狼の集団を、男は容易く全滅させた。たった一本の腕で。


そのたった一本腕を伸ばし、その光景に唖然としてた私をハグする。


「ワリィ。エグいの見せちまって。今夜は俺の奢りだ、好きなだけ飲んで嫌な事を忘れようぜ、俺もソラも」


ちゃん付けではない名前で呼ばれ、本当にこの男はあのおちゃらけてた男かと思うが、そんなのはどうでもよく、ただ生きれた。その一点に私は喜び、その胸の中で泣く。


「あぁ、泣け。泣いて強くなって、ギルドなんかに来るな。ソラなら、もっと別の仕事が探せるぜ。俺が保証する」


「、、、、っ。ありがと、う。でも、私は、ギルドに行くよ。そうしなくちゃ、いけない」


「そうだな。自分でそう言えるなら、ソラは十分強いな。分かった、もう来るななんて俺は言わない」


そう言うと、男は私を離して一人黙々とベリーを取り始めた。




先輩もそれに気付き、片手のない男に無理をしないように言って、二人が一緒にベリーを摘む。


そんな二人の姿を横で見ると、私は狼の元に駆け、一つ手を合わせる。




(私が知らないだけで、もしかしたらあるかもしれない動物専用の天界があるのなら、天界に行けますように。貴方達は、生きる為に鹿を襲い、不幸にも我々に出会しただけで、なんの無害もない、ただの狼でしたから)




緑の森の匂いの中に、ムワンと香るこびりつくような強い血の匂いが、不思議とやけに自然だと思った。

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