第2話 異世界出張?

朝が来た。


眩しい光が瞳孔をくすぐり、私に目覚めを強制してくる。


出来るならこのまま一度起き、シャワーを浴びて朝ごはんを食べて寝いたい所だが、今日は所謂月曜日なので普通に起きて洗面所に向かう。




フラフラとよろめく足で前に足を突き出し、洗面所につくと取り敢えず私は蛇口を捻って冷水を出す。


蛇口から流れる水を手ですくうと、そのまま顔に叩きつけて顔の油を落とす。


それを二、三度繰り返して満足がいくと、前髪をたくし上げて鏡で自分の顔を見る。




自分でも自慢な色艶の良い長い黒髪が、肩の上だったり胸の間にだったりにと髪型がかなり乱れ、髪の毛が痛んでないかが気になってしまう。


その乱れた髪型を、取り敢えずはまともになる程度に櫛で解きながら、暇潰しに私自身の顔を見詰める。


キレが良く、長いまつ毛が綺麗に伸び、その下には黒に近い焦げ茶色の丸い瞳がクリクリと動く。


鼻筋もピシリと通り、唇も控えめな桜色で顔にはニキビ一つない。


自分でも、容姿は恵まれていると思う程度に美人さんで、少しオシャレをしたらアイドルみたいになれそうな自信がある。




ただ、私が今居るここ。


つまり、、、、天界は、デフォルトでは死んだ時の見た目だが、自分の容姿がいつの時か指定出来る為、その中で一人オシャレをすると随分と浮いてしまう。


私はブスではないが、何の因果か私の職場では美男美女が多く、皆んな自分の最盛期の容姿を選んですっぴんでもとびきり綺麗。


追い討ちで、天界では全員布を巻きつけた程度の服だけを着るから、性格と顔が非常に目立つ上に中途半端な私は恥をかくだけだ。


そういう訳で、今日も初任給で買った化粧類等を手に取らず、水で濡れた手を拭くと冷蔵庫へ向かう。




冷蔵庫に手を掛けて開けると、私は昨日先輩との食事でテイクアウトした2個の唐揚げを“直接”温める。


手を翳し、腕を力んで目の前の唐揚げを温めようとイメージすると、私の甲にちょっとした魔法陣的なのが浮かび、頭の上の光輪が回転すると唐揚げの温度が上昇する。


電子レンジを使わないどころか、皿の上の唐揚げを指一本も触れずに温度を上げる技。


マジックや手品等ではなく、単純に純粋な炎『魔法』。


生前は存在しないと言われた、、、、というか、事実存在しなかったが、一部の世界には存在するらしい魔法。




どうやら先輩や他の人の話しを聞く限り、同じく異世界でも魔法があったりなかったり、更には魔法の感覚も違ったらしい。ちなみに、私の世界では魔法はなく、純粋な物理法則で動く世界で、魔法を先輩から教えて貰う時は二つの意味で心配だった。


けれども、魔法はやりたい事と現象をイメージとして浮かべると、存外簡単に出来た上で魔法全種類コンプが一日で出来てしまった。


聞く所によると、ここの天界の魔法は異常に簡単に出来るようになっており、一発で使えるようになるのも普通の事らしい。ついでに、使える種類も決められていて、俗に言う魔法開発とかはない。


無論。当然天界以外の異世界の魔法は難しく、何週間もかけて魔法を一つ覚えれる難易度らしい。まぁ、天界は懺悔の職場だし、魔法研究や習得にうつつを抜かすよりも仕事が大事だし。




炎魔法、、、、というよりかは熱魔法で唐揚げを温めると、ご飯もついでに温めて私は口にほうばりながら窓を開け、翼を動かして職場へ出勤する。


窓を抜けると、植物の青い香りが鼻を幸せにして僅かに残る眠気を覚ます。


朝日が天界の風景を照らし、その風景の中には昨日と変わらない大人数の天使達が飛び交う。


その飛び交う天使にぶつからない様に、私は浮遊魔法をかけた唐揚げを箸でつまむと、、、、二つしかない唐揚げの片方が、パクリとどこぞの先輩に食べられる。




「ん〜〜。うまうまだね〜昨日の唐揚げ。空ちゃん悪いね〜一つ貰って」


「いや、先輩。あげるとは一言も言っていませんが」


「え〜そう?でも、食べて欲しそうな顔をしてたけど、、、、」


「数少ない朝食のおかずを、わざわざ半分もあげる程。私はお人好しではありませんよ」


「なはは。そうだね。ごめんよ、空ちゃん。ホラ、お詫びとして私の残りをあげるから」


要りませんよと断ろうとしたが、流石に唐揚げ一つではご飯を食べ切れないので、ここは素直に貰う事にした。




先輩は、いつも通りのとても綺麗なくせの少ない金髪を風になびかせ、私がこの前の給料日に給料を取ったのと同じ魔法で、すいっとおかずを取り出す。


ちょっと太めのまつげを動かし、エメラルドそっくりの色をした瞳で私に「コレで大丈夫?」と、聞いてくる。


先輩が取り出したおかずは、枝豆というご飯に合うとは到底思えない代物だったが、私は昨日の食事でテイクアウトした物を考え、コレ以外にはないと思い出すと、一言ありがとうございますと礼を言って枝豆をおかずにご飯を食べる。




「どうもいたしまし、、、、って、あ〜頭が痛いよぉ〜」


私が枝豆を受け取ると、先輩は満面の笑みで先輩風を吹かせようとするが、頭を抑えて空中で悶絶する。


「先輩昨日明日仕事だからお酒を控えて飲んだのに、二日酔いなんですか?」


「そっ、そうなんだよ〜〜っ。本当に明日仕事だから控えたのに〜〜っ!」


「先輩お酒大好きなくせに、お酒に弱いですからね」


「そういう空ちゃんは、お酒に強過ぎるよ〜。私と同じ位飲んだのに、全く酔っていないじゃん〜!」


「いや、あれは先輩が無理に勧めたお酒ですし、、、、あっ、でも飲んだのには変わりがないですね」




横で先輩が頭痛で苦しむ中。


私は先輩の悲鳴をシャットアウトし、自分が意外にお酒が強い事を再認識する。


3日前の金曜日。その日は給料日で私は先輩と雲さんと一緒に飲みにむかったが、よくよく考えれば先輩が勧めたお酒を断らずに全部飲んでも、次の日は全く酔わなかった。


逆に先輩は人一倍飲んだ上で、お酒に途轍もなく弱いから、その次の日は拷問だったらしい。でも、食べ物が勿体ないから我慢して吐かないでくれたらしい。


ちなみに、ここ天界にはお酒に関しての法律的なのはなく、皆んな飲んでも別にいいらしい。でも、年齢的に日本じゃ未成年飲酒だから良くはないな。




これからは先輩にお酒の席で調子を兼ねて、自分も誘われても飲まないようにしようと覚悟を決めると、いよいよ私の職場のビルが見えた。


二日酔いで苦しむ先輩も、流石にちょっと頭痛が治ったのか「天界に異常状態回復魔法がないのはおかしいよ〜」と、弱音を吐きながら窓からお邪魔する。


私も先輩に続き、羽を少し折り畳むと窓からお邪魔して出社する。




「なははっは、カナリエ・べフェルト只今さんじょ〜〜っ、とっと」


「先輩。これからは明日出社する日に、お酒を飲んではいけませんよ。あっ、おはようございます皆様」


よろよろとよろける先輩に、私は肩を貸して支えると「おはよう」と、返事が返る。




「おっ、今日もお二人さんは仲が良いこって。昨日も夜遅くまで遊んでいたそうじゃん」


「よして下さいよ雲さん。そんな言い方されると誤解されますよ」


「大丈夫、大丈夫。男性陣営がなんと言おうとも、二人の仲の良さは変わらんよ」


「その言葉、、、、前向きな意味で受け取りますよ」


グロッキーな先輩を男性陣営から好奇の視線を受けながら、私は先輩を席の座らせると自分の席に着く。




「空ちゃん。今日は調子が出そうか?出来れば一人でノルマは終わらせてよ〜」


私が席に着くと、隣の雲さんが茶化して来る。


少々大人びた瞳に、栗色の髪のショートカットがとても似合うが。


天使が着ているイメージのあの服とは、少々マッチしない容姿だ。更に言えば、左耳に付いているハートのピアスも、あの服とは合わない。




「はいはい。どうにかしますよ。確か『事象』が少なく済む仕事を、探すのも腕でしたよね?」


「そのとーり!ハイ、じゃあ兎に角お仕事頑張ってね。そうそう、私は呼び出しがあったから、少し席を離れるね」


雲さんは私に仕事のポイントを聞き直すと、机の上の書類を取って席を立ち上がって行った。


私は行ってらっしゃいと思いながら手を振り、元の世界のPCにそっくりな仕事道具を立ち上げる。


仕事道具を立ち上げ、起動スイッチを押すとこれまたPC起動時とそっくりな画面が映り、PCそっくりなホーム画面に映る。




随分と私が経験した事のある一連の流れだが、それを気に止めず私は“マップ”を開く。


マップを開くと、様々な数字が選択肢として現れるが、私は取り敢えずいつものを押すと、見慣れた星。地球が画面一杯に映る。


その地球でも、私は一際目立つ細長い国。日本を選択して、拡大する。


グーグルアースの様な感じに拡大し、ある一定の拡大倍率を超えると、街と建物が映るが、、、、どれもこれもリアル過ぎる。


更に拡大しようと思えば壁のヒビ一つ、電線の配線一本が上からも、“横”からでも確認が出来る。




一方で、私がパソコンっぽいのを使用している間。


私の向かいの席では、粘土板の様な物を大型タブレットの様に使用し、仕事をする天使が居る。


更に、向かいの席の隣では巻物の様な物で、私と同じ様な事をしている天使も居る。


皆んな皆んな使用する道具が違うが、私の隣の空さんは同じくパソコンそっくりなのが机の上に置いてある。


天界では、仕事をする際に道具が支給されるが、、、、これが生前その人が使用する。または使用した事はなくても、誰かが使うのを見た物を不思議な力で仕事道具にさせて渡される。


粘土板はタブレットに、巻物はデジタルスクリーンに、PCはそのまんまと。そういう風にされて仕事道具が渡される。




そういう訳で、私はPCっぽい仕事道具を使い、ドンドンと拡大倍率を上げ、仕事を探す。


しかし、街を適当に舐め回す様に見回しても、特段困った人がいなさそうだ。迷子とかは簡単な割に評価が高いなのだが、残念な事に迷子は特に見つからなかった。


自分の仕事を探す能力がねぇな。と悲観しながら仕事を探すと、、、、笑いながら前を見ずに歩く男子高校生が、あと数歩歩けば何故か蓋が一枚足りてない溝に足を突っ込みそうだった。




「来た!」


小さい声で喜ぶと、私は周りの生物に何が居るかをこの仕事道具にサーチさせる。


そのサーチの結果。一匹の蜂が居ると知り、私は手を合わせて光輪を回転させる。


(時間は短い。さっさと“憑依”するぞ!)


慌てながらも、神経を集中させてあの蜂に乗り移る事をイメージする。


足元が溶けていく感覚を感じながら、一瞬。ブワッと音が鳴ると、私の耳元には夏の蝉の声が聞こえた。




意識的な意味で瞼を開けると、私の視界には兎に角沢山の景色が映っていた。


これがよく言う複眼という物かと感じると、自分は蜂に憑依したと確信がつき、羽を全速力で動かし、男子高生の耳元に近付く。




「あっはは。そりゃ、オメェそんな事言ったら俺だってな、、、、」


「あ?どうしたよ。いきなり黙って」


「お前、、、、肩」


「ほえ?」


間抜けそうな声を上げ、男子高生は自分の肩を見詰める。


そこには凶悪な事で有名な、オオスズメバチが肩に乗っており、叫ばずにはいられない恐怖だった。




「ギャー!蜂!」


悲鳴を一声上げると、男子高生は自分の肩にビンタをするが、蜂にそれをアッサリと避けられて。今度は肩ではなく、頬に蜂がやって来る。


一般的な男子高生では、空中に居る蜂が叩けれる訳がない為、男は蜂からズズッと遠ざかり、、、、ついでに足を突っ込みそうだった溝からも遠ざかる。


それを見て私は安心すると。憑依を解き、天界へ戻る。







「フゥ〜。一応は成功したみたいだな」


私は一息つき、テーブルの上にあるデジタルタイマー的なのを手に取る。


そこには247/2000とカウントされており、どうやら私の行動は247ポイントと加算されたらしい。


天使の仕事。それはあと数秒もしくは数分で不幸な事が起きる人間を、先程の様に知的生命体以外に取り憑いて回避したりする事だ。


人間は人には運命があると言われるが、そんなのは実際になく。文字通り自分で歩んで人生を送るのだ。




自分の意思で罪を犯し、自分の意思で善行をする。


そんな人々の不幸を一つでも多く取り除くのが、私達天使の仕事の筈だが、、、、正直事が大きければ大きい程。その事を回避するには、多くの『事象』が必要となる。


事象とは、天使が意図的に不幸を救おうと現実世界に干渉する事だが、天使が干渉出来る事は非常に少なく。


主に知的生命体以外の憑依に、人間に声を送る程度。ベテランの天使になれば、起こせる事象の範囲も大きくなるが、それでも極小だ。しかも物理介入出来ない。


そんな限られた能力の中で、私達天使は難しい事象は手を取り合い、人々の不幸を回避する。




仕事の都合上。出来る事が限りなくないに等しいが、手と手を取り合うのがこの仕事での常識な為。正直言って皆んなも優しくて、仕事に誇りをもてるから、私はこの職場が“大好き”だ。


さて、一つ仕事がうまくいったからといっても、油断大敵。


今気を抜きかけたからこそ、一層仕事に精を、、、、




「あー。天次空さん。少々、『異世界』に行って貰って良いですか?」

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