第3話 転移

「あー。天次空さん。少々、『異世界』に行って貰って良いですか?」




朝の初仕事を見事に私は成功させたが、、、、何故か先輩よりも勤務期間が長い上司に肩を叩かれ、訳の分からない事を言われる。


「え――と。もしかして左遷ですか?」


「いや、そんな事ないよ。というか、ここの仕事は別に利益を上げる為とかじゃないから、出来なかったら左遷とかはないよ」


「えぇ?でも、異世界行けだなんて、訳が分かりませんよ」


「あぁ、だから勿論説明するよ。それに、、、、この仕事をすれば、空さんは一発で“天国に行けるよ”」




左遷と冗談を挟んで聞いた私の質問に、上司は一事で私の興味を、鷲掴みにする。


「一発で、ですか?」


「あぁ、異世界先で余程悪い事をしない限り、基本はこの仕事で行けるよ」


「分かりました。かなり重要な話しのようですので、雲さんの席に座りながらそれを話せますか?」


机の上のノートとペンを取り出しながら提案すると、私は筆記の準備をして上司は私の提案を承諾し、雲さんの席に座る。




「では、一応聞くけど、前提として我々の仕事をするに至って、出来る世界の干渉が非常に弱いのを知っているよね?」


「えぇ、一年はここに居ますし、先輩とかに非常の助けてもらわないと仕事が出来なかったので、そこら辺は痛い程によく理解しています」


「では、もしも人類滅亡クラスの災害が起きる時。我々天使全てが一丸になれば回避出来ると思う?」


そう言うと、上司は本の形をしたタブレットを取り出し、どこかの景色を私に見せる。


見せた先は、何というか魔女の森的な感じで、気味が悪い木や草がびっしりと生え、その森の中に一本のあぜ道が通る。


そして、そのあぜ道の先をグーンと見ると、石のレンガで出来た建物が道の先に無数に乱立していた。


建物というコレは文明的な物だと間違いないだろうが、どうしても見た目の禍々しさだったり、無計画の建てられた感じがその文明的な感じを殺す。


その集落とも、村とも形容し難い場所にまだ敷かれている一本のあぜ道を更に追うと、、、、一つ。大きな“城”が聳え立っていた。


周りの建物が文明的な感じがないのだが、この建物の周りだけは草木が丁寧に整えてられておるどころか、庭園が設けられていた。




私が生きていた環境では全く見た事も、聞いた事もない異形な地を上司に見せつけられた私は、どういう事か聞こうとアイサインを送るが、まだ見ていろと一蹴される。


言う事に従い、私は本を見つめ直すと、既に城は映っておらず。代わりに先程の城の中と思わしき光景が映されていた。


城の廊下の映像をスイスイと流す中。途端に城の外で、豪雨が降り始めた。


突然の豪雨に緊張を感じながら、それでも城の移動は続き、、、、一つの部屋の映像が映る。


そこでは数人の黒いローブを羽織った集団が、この集団の中心に居る者の腕の中を見詰める。


集団の中心に居た者は、その両腕に黒と対照的な白い布の中に小さい“赤ん坊”を抱え、産湯だろう湯が入った桶に赤ん坊を漬けると同時に、雷鳴が大きく鳴り響いた。


雷が空気を切り裂く嫌な音を聞きながらも、赤ん坊は泣かないどころか、ハッキリと意識を保った目で集団を見据える。


その赤ん坊に見据えられた集団は、深々と頭を垂れると共に赤ん坊の指先に、“接吻”を交わす。


一人一人丁寧に交わすと、最後にその赤ん坊の両親であろう二人が一緒に、赤ん坊の指先に接吻を交わす。




あまりにもインパクトが大きいこの状況に、私は無言で息を飲み。自然と一つの言葉を発する。




「――――『魔王』」と。




根拠がなく、そもそもこの集団等が人間ではない事を前提とした、突拍子もない発言だが。


「その通り。魔王の誕生だ」


上司はこの発言を肯定する。




「すみません。私のただの予想ですが、もしかして私は異世界に行かされてコイツを倒すんですか?」


嘘だろうと否定されたい気持ちで、恐る恐る質問をするが、「その通りだ」とまたも肯定される。


「いや、すみません。普通に考えて、アレの討伐とか不可能でしょ。大体コレを倒す方法だなんて、異世界に飛ばされたとしても検討がつきませんよ」


「あぁ、大丈夫だよ。それに関してだが、無論我々も微力ながら協力させて貰うし、別に単独討伐を無理強いしている訳ではない。現地で仲間をスカウトして討伐したまえ」


「あぁ、なるほど、、、、となると思いましたか?いや、こんな産まれた瞬間から絶対支配者として君臨するような奴倒せる訳ないじゃないですか」


「ふむ。では、仕事を断るのか?断るのなら、別にいいぞ。我々は利益を得ようと働いていないから、仕事を引き受けなくたってペナルティがある訳ではないが、、、、行きたくないのか?天国」




私が引き受けなかったら、事実後任を探すつもりの目で私にそう聞くのだが、その言葉に「うぐっ」と私は欲望が天秤を傾ける。


天界では、地獄程ではないにしろ贖罪の期間が案外長く、平均的には皆んな40〜50年働くとようやく贖罪を終えれるらしい。噂によると、先輩は200年程働いているが、本人からあと少しで終わる的な事を言った事がないらしい。まぁ、その異世界じゃ殺傷は日常茶飯事らしいし、、、、


故に、自分が生きた3倍以上の時間を仕事して、天国に向かうと言うのは。ぶっちゃけ気が遠くなりそうな苦行だ。しかも、周りの人に助けられてばっかりでだ。




「ずっ、ずるい事を言いますね。分かりましたよ。行きます、異世界に行きます。向こうで魔王討伐を頑張れば、明らかに40〜50年机に向かうよりも効率的でしょうし、まだ魔王も成長しきっていないから運が良ければ1、2年で終わりそうですからね」


「おっ、その気になってくれたか。いや〜助かるよ。異世界勤務はカルチャーギャップが怖くて引き受けない子が多くてね。特に、一度仕事に慣れた人はさ」


手を叩きながら、私が引き受けた事に関して喜ぶと、上司は「小阪雲さ〜ん」と雲さんを呼ぶ。


上司がそう言うと、雲さんが書類を持って行った所から少し待って下さいと返事が返る。




なら、お言葉に甘えて少し待とうと魔法で空間からコーヒーと氷を取り出し、上司にもお裾分けをして一口含む。


冷えたコーヒーを胃に流し込み、ほのかな甘みと牛乳の香りを楽しみながら、コーヒーの苦味を感じて、、、、「そうそう。カナリエ・べフェルトさんも、空さんと異世界に行きなよ。二人とも仲が良いし、最悪向こうで人材が確保出来なくとも、最低タッグで戦えるし」


「ブ――――――ッッッ!!!!」


「うわ、ビックリした。コーヒーいきなり吹かないで下さいよ空さん」


「いや、ビックリしたのはコッチですよ!先輩と異世界に行くだなんて冗談じゃない!あの人無謀に突撃して、玉砕して死んじゃうのがオチですよ!」


「まぁ、彼女の性格は褒められたものではないけど、、、、それを補う優しさと、心遣いがあるじゃないか」




それもそうですけど、と私が反論仕掛けた時。


「もしかして、、、、空ちゃん。私の事嫌いなの?」


震える声で、先輩は“涙”を流しながら、私に聞いてくる。この一年で、一度も見た事のない、先輩のガチ泣きだ。


「えっ、あ――その。いいえ、私は先輩大好きですよ。先程言われましたけど、アホな感じがしますが優しいですし。先輩はいっつも皆んなの仕事を手伝って、色んな人に慕われている私のカッコいい先輩です!」


取り繕う形で言った事だが、正直全部本音で自分の事よりも他人を優先する先輩は私の憧れの人だ。




「えっ、えへへ。そうなんだ。私空ちゃんのカッコいい先輩かぁ。じゃあ、私絶対に行くよ異世界に!」


流してた涙を指で一つ弾き、満面の笑みで私に抱き付きながら、先輩は異世界行きを決定する。


「おぉ、そうか。そりゃあ良かった。これで、空さんも異世界怖くないね」


「えっ、いや私は、、、、」


「大丈夫だよ空ちゃん!私が、一生懸命に空ちゃんを守るから、空ちゃんは心配一つしなくていいよ!」


「いや、そういうのでは「オッケー見付かりましたよ!お求めの資料が!」


先輩と上司が、場のゴリ押しで私の異世界行きを決定させる中。否定しようとした言葉を、更に多くの資料を持った雲さんの邪魔をされた。不思議だ、まさか雲さんに殺意を抱く日が来るとは。




「おぉ、そうかタイミングがいいな。丁度カナリエさんも、“空さん”も異世界に行く事に納得したらしいし」


上司は先輩に雲さんが持ってた資料の幾つかを渡すと、指で円を描いて私と先輩の真下に、大きな魔法陣を浮かび上がらせる。


「おい待て、バカ!早まるな!今ならまだ間に合う、、、、」


「それじゃ、カナリエさん。空さんをよろしくね」


「うん。任せて!必ず見事に仕事を終わらせて来るよ!」


「いや〜。見た目に反して、中々に度胸があるなね空ちゃん。どうせまた直ぐに会えるけど、バイなら〜」


「いや、バイならじゃなくて、、、、」


自然な狂気で私の文句を切り捨てる皆んなに、最後の抵抗として文句を言おうとしたが、無駄だった。




「転移!」




クソ無能上司の詠唱と共に、私は遠く遠くの異世界に飛ばされてしまった。

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