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染島ユースケ
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最初、友人のつぶやいた一言がきっかけだった。
それがまさか、これほどの長い戦いの始まりになろうとは。
今、その戦いの命運は、文字通り彼の手にかかっていた。
日付は、1月6日。しかし、あと1時間足らずで7日になろうとしている。
どうにか、日付が変わるまでに終わらせたい。
僕は全身全霊で勝利を祈り、彼は極限の緊張感の中、腕を振り上げる。
そして、賽は投げられた。
「ねえ、君」
「……なんだい?」
「今ここがどこかわかるかい?」
「恵比寿駅だ」
「じゃあゴールは?」
「隣の渋谷駅だ」
「隣の駅まで移動するにはサイコロの1を出す必要があった。だが、今君が出したサイコロの目はいくつだ?」
「6だ」
僕は彼のケツを蹴り飛ばした。
話は1日遡る。
最初、友人のつぶやいた一言がきっかけだった。
「俺らもこれやってみようぜ」
北海道ローカルの某バラエティ番組を見ながら、つぶやいた一言。年明け、大学の冬休みがそろそろ終わりを迎える1月5日の、宅飲みにて。テレビの向こうでは、今や全国区になった北海道のスターが、サイコロのひと振りで東京から博多まで飛ばされているところだった。
「何、はかた号乗りたいの?」
「違うって、サイコロの方」
「嫌だよ、こんな風に全国に飛ばされるの。そもそも金ないし」
「そりゃ流石に全国は無理だ。でも、もっと範囲を狭くしたらできるだろ。例えば、山手線だけとか」
「なるほど……」
当時の自分は、何故か彼の言葉に納得してしまった。
これも、全部酒のせいだと思う。この時、すでにお互い何本もの缶ビールを空けていた。冷静な判断をしろ、と言う方が無理な話である。
「山手線だけなら確か1周1時間くらいだし、たぶんサクッと終わるぜ? 面白そうだしやってみね?」
「そうだな、サクッと終わるならやってみるか」
やはり、全部酒のせいだと思う。
話は現在に戻る。
「痛い……」
僕の蹴りを受けた彼は、両手でケツを押さえうずくまっていた。
「言いたいことはそれだけか?」
「今、痛いと言いたいを掛けたでしょ?」
もう一発。
「おふぅ……」
「ねえ、どうすんのこれ? もう僕は寒いし帰りたいんですけど?」
「よし、考えた」
復活したらしい彼は立ち上がって言った。
「ゴールを池袋にしよう!」
「もうそれ僕が6時間くらい前に行ったよな⁉」
しかし、6時間前の彼はその提案を拒んでいた。
『俺は、完全なる勝利を見たいんだ』
そんな中二病じみた主張を曲げなかった、成れの果てがこれである。
結局、僕らはかれこれ半日以上、都区内パス片手に山手線をぐるぐると巡り巡っていた。サイコロを振りすごろく形式で進む山手線の旅は、毎回ゴールに設定した渋谷駅へのリーチがかかるたびに双方目を外して通り過ぎていた。
他にも途中で止めるチャンスはあったし、そもそも始めないという選択肢だってあったはずだ。しかし、全てはもう手遅れ。もはや何周したかは覚えていないし、数えたくもない。
こんな有様で、完全なる勝利などあるはずがなかった。僕らは、とうの昔に敗北していたのだ。
「……行くぞ」
「お前……続けるのか?」
「当たり前だ」
しかし、負けたからといって、ここで降りるのも間違っている気がする。ここまで続けてきたあまりにも無駄な努力が、本当の意味で無駄になる。
だから僕は進む。もう1周。きっと、まだ終電には間に合う。今度こそ、もはや原型を留めずぼろぼろになった『完全なる勝利』を手にするために。
どんなに、他人から馬鹿にされようと構わない。これは、僕らの戦いなのだ。
「続けるぞ。お前だけギブアップは許さん」
おそらく、まだ1周戦える猶予はある。だから、そこに全てをかける。これで最後も外したら、終電を諦めて歩きで家まで帰ってやる。
改めて、はたから見たらどうでもいいかもしれない覚悟を決めて、僕は人もまばらになりつつある恵比寿駅の改札を都区内パスで通過した。
「おい、待ってくれよ!」
友人が、後から追いかけてくる。もう見飽きたその姿を見て、僕はどうしても何か言ってやりたくなって、某バラエティ番組の中でも出てきた一言。
「この……ダメ人間!」
ストレートな罵倒が、閑散とした恵比寿駅のコンコースに響きわたった。
1/6 染島ユースケ @yusuke_rjur
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