第5話 尋問(2)
「——————それで、君はどうやってあの空間に入った? ……あぁ、ここからは普通に喋ってもらって構わないよ。君の立ち位置はある程度絞られたし」
獅子雄の表情は幾分か和らいでいるように見えるが、底知れぬ笑みが放つ圧は消えない。
果村は俯き加減に、ぽつぽつと話し始める。
「それが……よく憶えていなくて……確か、昨日の夜……10時ぐらいに、コンビニに行こうとしたんです。妹が、アイスが食べたいって言ってたので。それで外に出て、コンビニへ向かっていたはずなんですけど……気づいたらあの公園で倒れていて」
「10時……って、私たちがあの歪曲空間に入ったのって深夜でしたよね?」
「あぁ。そのときにあの公園に果村くんは居なかった」
淵上の疑問に、獅子雄が答える。
獅子雄がちら、と笹木原の方を見ると、笹木原は目を凝らして果村をじっと見つめる。
「嘘……はついてねェ。多少の濁りはあるが……事実と大きく違っちゃねェはずだ」
「だとしたら、果村くんは10時ごろから今日の未明……俺と淵上ちゃんがあの空間を出るまでの間、別のところにいて……そしてその後あの公園で倒れた、ということになるね」
「空間から帰還したのって3時ぐらいでしたよね……お前、5時間以上もどこをほっつき歩いてたんだ」
「さっき言ったように、思い出せないんです……」
申し訳なさそうに言う果村を、淵上がキッと睨み付ける。
「普通、5時間も全部まるっと忘れるか?」
往年の深夜ドラマを彷彿とさせる言い回しと共に果村に迫る淵上を、獅子雄が横から諫める。
「どーどー、淵上ちゃん。……笹木原さん、果村くんの5時間分の記憶と……さっきの一年以上前の記憶の濁り方、何か共通点あります?」
「あ? ……あぁ、お前、さっきから変に鋭いな……。あー……同じ……と言えなくもねェ、ってとこだな。断定はできねェ。ここじゃあそこまでの精度はねェからな……歪曲空間に行きゃあもうちょい詳しく分かるんだがな……いっそのこと、ここでやっちまうか?」
「いや、取り敢えず大丈夫です。色々面倒なので……。今は、何者かによって果村くんの記憶が閉じられているっていう疑念だけでも、十分な情報かと」
笹木原の意味深な誘いを断った後、獅子雄は一つの推論を述べる。
早速、淵上がその論に噛み付いた。
「……疑われないように、腸結び、っていうかこいつが、自分で自分の記憶を操作した、っていう線はありませんか?」
「それも考えたけど、だとしたらあの現場に戻る意味がない。果村くんは傀儡か、スケープゴートだ。腸結び本人ではないよ」
「っつーことは、こいつは記憶を操作する歪曲者に襲われて歪曲空間へ拉致、記憶を閉じられた上で死体のあるっつー公園に放り出された……かつ、そいつは一年以上前の記憶までついでに閉じた……ってか? 訳わかんねェな」
笹木原が現状の推測をまとめようと試みるが、ピースの足りないジグソーパズルのように穴だらけで、全体像が掴めない。
誰が、どうやって、何のために。抜け落ちている情報が、真実への道のりを阻んでいた。
「腸結びか、それともまた別の歪曲者なのか……いずれにしても、腸結びに繋がる手掛かりにはなりそうだ」
獅子雄がそう呟くと、果村が不安感を吐露する。
「あの……僕の記憶、戻るんでしょうか?」
記憶喪失。
自分の過去を思い出せないというのは、自分を形作るアイデンティティの拠り所を失くしているということ。
寄る辺の無い自己の定義は揺らぎ、やがて霧散する。
それ故に、果村の色は白。空白で、埋まっている。
笹木原はその空白を覗いた者として、その可能性について言及する。
「あー……オレが見る限りは、記憶はあるがアクセスできねェ、って感じだからな。妨害してる原因を何とかできりゃあ、戻るかもしんねェが」
「妨害している、原因……歪曲律、ですか」
「その通り」
「あの、歪曲律って何なんですか? さっきから話してる、歪曲空間だとか、歪曲者だとか、知らない言葉ばかりで……」
「あー、その辺りは——————」
プルルルル、と電話の着信音が鳴り響いた。
「こちら獅子雄。お疲れ様、ヤモリちゃん。——————……ああ、ああ。……分かった、今すぐ向かう」
「歪曲空間ですか?」
淵上が短くそう問いかける。果村は彼女の眼光に、数時間前と同じ鋭さが宿るのを感じた。
獅子雄は電話をポケットに入れ、答える。
「ああ。折角の機会だ、果村くん——————体験学習と行こうじゃないか」
歪曲と修正 金村都 @miyako00
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