第4話 尋問

 「勝手に一人で突入すんなっていつも言ってんだろうが! 死にてェのか!」

 「オッサンには関係ないでしょ!」

 目を覚ましかけの果村の脳内に、怒声が響いた。声の響き方からして、室内で男女が言い争っているようだ。

 「……ハァ? オ・レ・は! まだオッサンじゃねェよ! よく見ろやこの肌ツヤ!」

 「……四十越えて見苦しいんですけど」

 「四十はまだオッサンじゃねェーだろうがァ!!!」

 四十はさすがにオッサンだろう……と果村は黙ってつっこむ。

 オッサン、と呼ばれている人の声に聞き覚えはなかったが、女性の声は先ほど出会い頭に銃を突きつけてきた人の声に似ていると果村は感じた。あのときより、大分若い気もするが。語調のせいだろう。

 「まぁまぁ」

 別の男が、苦笑いしながら二人の間に仲裁に入る。

 「オイ獅子雄、てめェからもなんか言ってやれ」

 「……四十はオッサンって言われも仕方ないんじゃないですかね?」

 「獅ぃー子ぃー雄ぉおお!!」

 火に油を注ぐとはこのことだろう。激昂したオッサンを諫めながら獅子雄は後ずさり、もう一人の女性に声をかける。

 「まぁまぁ。……淵上ちゃんも落ち着いて。笹木原さんも心配してああ言ってるんだからさ」

 「……はい、すみませんでした」

 「相変わらず、獅子雄相手だと随分大人しいのな……」

 先程までの威勢や生意気さが嘘のような淵上の態度に、笹木原と呼ばれた男は呆れる。

 「あ、あの……」

 上体と足首を椅子に、そして両腕を後ろ手に縛り付けられた果村は、場の雰囲気に気圧されながらも声を出す。

 「……これ、解いてくれませんか?」

 瞬間、ピリっとした空気が流れる。

 数秒の静寂の間に、笹木原は手近なパイプ椅子にどかっと座り、淵上は果村の背後に、そして獅子雄は果村の正面に立った。

 そこは、コンクリートが剥き出しの部屋だった。ドラマなどでよくある取調室に似ているが、それよりも無機質で、無骨な様相。

 果村の正面に立つ獅子雄が、柔和な笑みを浮かべて答える。

 「おはよう、果村彰くん。早速だけど、その縄はタダじゃ解けない。……こちらの質問に、いくつか答えてくれるかい?」

 すらっとした出で立ちだが、180cm半ばの長身は独特の威圧感を放っている。果村は、そのお願いを否定することができない。

 「……分かりました」

 「よし。じゃあ、今から尋ねる五つの質問にはいかいいえで答えてくれ。それ以外のことは喋っちゃいけない。いいね?

 では、まず一つ目。君は、あそこで死体を見たかい?」

 「……はい」

 「二つ目。あれと似た死体に見覚えはあるかな?」

 「いいえ」

 「三つ目。あれをやった記憶はある?」

 「いいえ」

 「四つ目。人間の腸に思い入れはあるかい?」

 「……いいえ」

 「五つ目。歪曲空間という言葉は知ってる?」

 「…………いいえ」

 果村の返答が遅れる。

 「笹木原さん」

 「……そいつは白だな」

 獅子雄が短く笹木原を呼び、答えが返される。

 「説明を」

 「一つ目から四つ目の質問については、嘘をついてる兆候は無ェ。『腸結び』なら反応が出ないはずはねェし、ここまで反応が薄いと誰かに操られてたって線もねェな。殺した上で記憶を消した・消された可能性はあるが……そこまでは分かんねェな。で、五つ目の質問。……ここじゃ判別不可だ。嘘をついてるとも言えるが嘘をついてねェとも言える」

 「ありがとうございます、笹木原さん」

 まるで嘘発見器でもあるかのように、果村の回答の正誤を判断する笹木原。だが、笹木原は何かの機器を手に持っているわけでも、どこかの画面を見つめていたわけでも無い。質問の間、笹木原はただずっと果村を見つめていた。

 「不思議か、坊主?」

 笹木原が、悪戯っぽい笑みを浮かべながら果村に訊ねる。

 「嘘発見器でも持ってんのか……そう思ったんじゃねェか? だが、そりゃ間違いだ。これはオレの、歪曲律だよ」

 そう言って、自分の脳内を指差す笹木原。

 そして、歪曲律、という言葉に果村の無意識が反応する。

 聞き覚えがないはずなのに、知らないはずなのに——————果村の脳裏を疼かせる単語。

 歪曲者、歪曲空間、そして歪曲律。

 「その、歪曲律って——————」

 「笹木原さん、喋り過ぎです。まだ信用できると決まったわけじゃない」

 果村の質問を遮って、獅子雄の忠告が飛ぶ。

 「すまねェ、色を見てつい、な。ただ、さっき言った通りそいつ自身は真っ白だぜ。今まで見たことねぇ白さだ……元々そこにあったモン一切合切、消し飛ばしたみてェな色だよ」

 「よく分かんないんですけど……記憶がない、ってことですか?」

 果村の背後から、淵上が聞く。

 「いや……質問の時の濁り方を見りゃ分かるが、多少の混濁はあっても直近の記憶は正常なはずだ」

 「……だとしたら」

 獅子雄が呟き、数秒考え込む。

 そして、口を開いた。

 「果村くん。君は、一年以上前のことを憶えているかい?」

 「……一年以上、前……?」

 遡る、遡る、遡る。

 だが、何も思い当たらない。

 幾らページを繰っても、そこにあるのは塗り潰された白紙。

 「……………………っ、あ、ぁああ!」

 そして、まるで思い出すことを拒否するかのように、強い頭痛が果村を襲う。

 「笹木原さん」

 獅子雄が、短く笹木原を呼ぶ。

 「ビンゴだ」

 笹木原は果村をじっと見つめながら、答える。

 「こいつの一年以上前の記憶は——————意図的に閉じられてる」

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