第3話 邂逅

 果村彰かむらあきらは、見知らぬ暗闇で目を覚ました。

 肌に触れる砂のざらついた感触から、ここがコンクリートなどで舗装されていない、地面の上であると気づく。

 上体を起こし周りを見渡すが、暗闇が視界を塗り潰している。

 息を吸うと、辺りに漂う悪臭が果村の嗅覚を麻痺させる。そして、果村はその臭いに覚えがあった。

 「ここは……どこだ?」

 記憶を思い返そうとするが、靄がかかったように曖昧だ。

 「あ……そうだ、時間」

 スマートフォンを取り出して時間を確認すると、『9:31』と表示されている。24時間表示である以上、その時刻は朝であることを示している。だが、周囲の景色から今が深夜であることは明らかだった。また、画面右上の通信状況は『圏外』になっている。

 「どうなってる……?」

 暗闇に目が慣れて、周囲の景色が次第に陰影のコントラストを帯びていく。すると、目前に太い紐のようなものが見えた。

 「? これ…………、あ」

 上に辿っていくと、蝶結びのシルエットが電灯を背に浮かんでいる。そして下に辿ると、そこにあったのは人の身体だった。

 そして、果村は思い出す。理解する。

 ここにあるのが、死体であること。これを見て、自分は気絶したということ。

 そして、蝶結びを成しているのは紐ではなく……人体の、臓器だということを。

 「うっ、あッ……あアぁ、がァ、ッ!」

 果村は尻餅をついたまま、小さな悲鳴と嗚咽を上げながら肉塊から後ずさる。

 膨れ上がる恐怖心を、本能的に抑え込む。飲み込まれてはならない、直感がそう告げている。

 一刻も速く立ち去りたい。

 理性が限界を迎える前に逃げなければ——————半ば無意識に、果村は力の入らない足腰で無理やり立ち上がり、後ろを振り向いた。


 そこには、一つの影があった。

 額に、冷たく、硬質な何かを感じ取る。

 「動くな。——————お前は、誰だ」

 女性の、低く、怒気を押し殺した声音。

 憎悪と敵意で形作られたその声が、果村に突きつけられる。

 額の、銃口と共に。

 「ひぃッ!」

 反射的に頭を銃口から逸らし、重心を傾けて逃走を図る。

 だが、果村が右に踏み出し、一歩目が着地したその瞬間。

 右に向いていた瞳の間近には、既に銃口があり。

 正面には——————既に、女性が立っていた。

 「動くなよ……次に怪しい動きをすれば、撃つ」

 その言葉と共に、女性と銃口は正面から消えて。

 コンマ数秒後——————果村は後頭部に、殺意を形取ったそれが突きつけられていると気づく。

 「武器を捨てて、ゆっくり手を挙げろ」

 有無を言わさぬ口調に、手に持っていたスマホを落とし、混乱しながら両手を挙げる。

 「……あ、あなたは」

 「お前は、誰だ」

 果村の弱々しい声が遮られ、最初の女性の言葉が繰り返される。

 「……僕は、か、果村彰」

 「これをやったのは……お前か」

 これ、というのが何であるか、果村は直感的に察する。

 果村が目を背けた、惨状。

 「ち、違う! 起きたら、そこにあったんだ! 僕はやってなッ——————があっ⁉︎」

 自分にあらぬ疑いがかけられていると知った果村は必死で弁明する。だが、その言葉が何かで遮られる。

 口の中に入った異物の、冷たくざらっとした感触。

 いつのまにか、拳銃が果村の口内に突っ込まれていた。

 「……嘘をつくなよ、歪曲者」

 目深に被ったフードの下、女性の眼光は鋭く果村を睨みつける。

 かすかに見える顔立ちはとても端正で、女性というにはまだ幼さが残っている……が、その眼には少女性を食い潰す深い憎しみと殺意が宿っている。

 鼓動が、死を予感し強く打ちつけられる。脚は緊張と恐怖で震え、意識は非現実的な状況と現象に殆ど停止しかけている。

 それでも、女性の言葉——————『歪曲者』という単語が、やけに果村の記憶を揺さぶった。

 「……ぅ、うひょいゃ、あい」

 「黙れ! お前らのせいで——————」

 「はいストップ。そこまでだよ、淵上ちゃん」

 突然の男性の声。果村と女性——————淵上の横に立った獅子雄が、淵上の持っていた銃を掴む。

 「……獅子雄、さん」

 「独断専行は良くない。……それに、淵上ちゃんは甘過ぎる」

 そう言って、獅子雄は果村の口内に入っていた銃をどかし、果村の背後に立つ。

 「仮に相手が歪曲者で、その相手と対峙するなら、先制攻撃が基本。銃で脅しても意味がない相手もいるからね。この空間じゃあ、銃を突きつけていることは大してアドバンテージにならない。……じゃあどうすれば良いか——————答えは、歪曲空間の外に出す。要は、気絶させてお持ち帰りだ」

 そう言って獅子雄は慣れた手際で果村の首に腕を回し、頸動脈を絞める。

 「ごめんよ、少年。お話は後で聞かせてもらうからさ」

 薄れゆく意識が捉えるのは、三日月を背にする二人。

 非現実で果村の世界を塗り変えた彼女らの影は、やがて果村の視界を黒に染めた。

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