第50話 モモ尻 ビチボイ ファイヤー

◆◆

 アパートのテレビデオで、再放送のビーチボーイズを見ていた。


 ダムザン、個展を終え、卒業単位は全て取り終えていたので、水道工事のアルバイトと卒業展示に向けて制作するのみだった。


 人生でこんなに暇になるのは、この先いつになるのか分からない。


 ビーチボーイズの反町と竹野内のように、プラプラ感を出そうと大学では暇オーラを出しまくっていた。


 エントランスのマイアトリエでは何もせず寝転び、通行人を見ていた。


 いつしか、勝手に占いをしてくるどこかの科の怪しい女性が寄り付くようになった。


 「あなたを占います。」


 「またですか、もういいです。」


 「あなたは、将来黒光りしているでしょう。」


 「今も充分、日焼けしてます。将来もそんな感じなんですか。」


 「そして、お尻の火傷に注意しなさい。」


 「ケガはよくします。先日も顔面にFRPをつけてしまい火傷しました。」


 「そして、あなたはまぬけな子です。」


 「分かっています。」


 「ここで暇をこいてる場合じゃありません。将来の為に学びなさい。」


 「それ、占いじゃなくて、説教ですよね。」


 「あなたの隣には魔王が座っています。」


 「昨日は毒蛇でしたよね。」


 「ここのエントランスには邪気があります。今すぐ移動した方がいいですよ。」


 「どこのアトリエも追い出されちゃったので、ここにしか居場所がないんです。昨日、助手からは大学を出ていけと言われました。」


 「明日、あなたではなく、広末涼子さんに来てもらっていいですか?」


 「・・・・・。」


 いつも話の途中で無理難題を吹っかけると、彼女は去っていった。


 大学の先生からは、大学院を受験しないのかと何度か聞かれた。


 高額な学費を、2年間も払い続ける体力は我が家には無かった。


 もう美術とは関係の無い世界へ行きたいという気持ちと、もっと美術を学びたいという気持ちがせめぎ合っていたが、ダムザン・個展での経験からもう潮時だろうと感じていた。


 占いの彼女の助言を聞いたか聞かぬか、ビダイの施設は取り合えず使い尽くしておこうと思った。


 日々、鉄や木、石、FRPをいじる「The彫刻科」の印象の強いワタシだったが、「Power Macintosh G3」が入っていたパソコン室に入り浸る生活が始まった。


 CADを使って設計や、簡単なアニメーションを作ったり、ネットサーフィンをして遊んでいた。


 汚いツナギを着て入るような場所ではなかったので、ハーパン半袖で、エアコンが効いたパソコン室でアイスコーヒーを飲みながら気楽に過ごしていた。


 たまに、コーヒーをこぼしたまま居眠りをし、担当講師に叱られた。


 周りの仲間たちからは、彫刻を諦めた男として呆れられていたが、「これからはPCの時代、慣れとかないとね。」とかなんとか言ってはぐらかしていた。


 インターネット、画像や動画が自由に見られる世界は新鮮だったが、感触や感覚の世界で生きてきたワタシは飽きるのも早かった。


 ある程度、操作や遊び方を覚えたところで、パソコン室を出た。


 黒部こらーれでの個展の後、そのまま死体置き場(作品置き場)に放置してあった作品のブルーシートを剥がし、半年ぶりにまじまじと見た。


 卒業制作では、新作を出そうと考えていたが、まだこの作品は表現しきれていないものがあると直感的に感じた。


 半年間、パソコン室で遊んでいたからこそ、客観的に見えてきた世界があった。


 夢や希望、欲を食い漁る表現(自意識の肥大)から、食い漁る自分がもっと大きな存在に食われ、ドロドロに溶けていく様を表現しようと考えた。


 「ビダイ物語の終焉、自我の崩壊」をテーマに据えた。


 ビダイに浮かされ、ビダイに取り込まれ、ビダイに食われ卒業する。


 巨大な顔はボロボロにした。


 立方体に組んだ高さ5mの足場の先端に顔を設置した。


 あづさ荘を模した小屋も崩壊し、腕やクソ、欲を表したコンパネに描いた数十枚の絵はバラバラにした。


 曲がりくねった胴体にランダムに取り付けた。


 怪物の胃袋の中でグチャグチャにされた愚者のように・・。


 図書館前は広いスペースがあった。


 毎年、そこのスペースは各科で奪い合いになる。


 意を決して場所取りジャンケン大会に行くと、運が珍しく味方した。


 図書館前スペースを、作品で全てを埋め尽くした。


 卒業展示会前日、大雪注意報が出た。


 ワタシは雪国長野県出身、雪対策には自信があると周囲に吹いた。


 当日、東京でも数十年ぶりの大雪となり、作品は更に崩壊が進んでいた。


 朝早くから大学に行き、修正できるところは手を入れたが、雪かきに時間がかかり、作品なのかガラクタなのか際どいものになってしまった。


 有終の美を飾るべく、それ相応の時間をかけて制作した作品だったので、諦めがつかず表現に落とし込む策を必死で考えた。


 最後の講評会が始まった。


 皆、最後の講評会ともあって、涙ぐみながら教授や講師にお礼を伝えたり、励まし合ったりする場面があった。


 ワタシの番が来た。


 ワタシは雪跡が残る、凍てつく作品の中に裸で飛び込んだ。


 奇声を上げながら、崩壊した作品を素手で叩いたり蹴ったり棒を振り回して破壊した。


 テンションも高くなりかけた瞬間、宙に浮いていたゴムチューブに片足が挟まった。

 

 チューブと共に巻き付けられていた角材の逆側についていた重りが、テコの原理のように働き、ワタシを宙吊りにした。


 大きな顔の下に、全裸で逆さまに吊り下げられたワタシは、もう隠すものは何もなかった。


 作品の一部と化していた。


「予想外の出来だ!これこそアート!」とは誰も言わなかった。


 しばらく宙吊りを堪能した後、助手の島さんが「シノブおもしろいぞ」と小さな声で言い、ワタシを降ろしてくれた。


「ビーチボーイズ期が長かったから、罰が当たったんじゃない。」と村さんがニヤニヤして言った。


 最上教授からは、「お前みたいな奴は見たことが無い。でも賞はあげない。賞なんかいらんだろ。自力で生きていけそうだからなお前は、かっかっか!」と楽しそうに笑っていた。

 

 卒業展教授賞は、精神を病みながらも自宅でコツコツと作品を作り続けた、千葉県出身の今井さんが受賞した。


 半年ぶりに見た彼女はかなり痩せ細っていた。

 

 全員が納得する、密度の濃い作品だった。


 講評会中、後輩にビデオ撮影をお願いしていた。


 自宅のテレビデオで見てみると、ワタシの寒くて冷えた、赤くなったモモ尻が画面を覆っていた。


 BGMとして福澤朗の「ファイヤー」が連呼していた。


 一緒に見ていた彼女は大爆笑。


 フェチアートを好み表現していた後輩マチ子は、ワタシの尻しか映していなかった。


 ビダイ物語の終わりにしては、あっけなく、惨めで、悲しいものがあるが、これが現実であり、華々しいことなんて何一つ無かった。


 でも、あほでまぬけでばかな日々はワタシの宝物であり、人生で最高の日々だった。


 人生でやり直したい時期に戻れるとしたら、間違いなくビダイ時代を選ぶ。


 もう一度大学へ行くとしたら、やっぱりビダイを目指すに決まっている。


 そのくらい、魅力あふれる時間であった。


 ワタシのビダイ時代に、強弱問わず様々な影響を与えてくださった方々、多大なるご迷惑をおかけした皆様に心より感謝する。



        終わり










 




 





 

 



 


 


 

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ビダイ物語 ビダイ物語 @kamibuu04

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