第49話 ダムザン⑤~SM女王の微笑み~
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ダムザングループ展、ワタシの個展最終日、羽丸さんの弟さんから「ちょっと話があるから皆を呼んでくれ。」と言われた。
ライトアップされたワタシの作品の池の周りには芝生の広場があり、そこに皆が集まった。
しばらくすると、羽丸さんの弟さんが、お兄さんである羽丸さんを引っ張ってこちらに歩いてきた。
羽丸さんはワタシたちが座っていたところに、しゃがみ込み、
「皆さんにご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。」といきなり芝生に頭をつけた。
何とも言えぬ寂しい空気が流れた。
生意気なワタシは、返事もぜず芝生をむしっていた。
周りの仲間たちから、シノブも謝れという圧力を感じたが、「ごめんなさい。」とは言えなかった。
しまづさんに言われた「プライド」が頑なにワタシを硬直させていた。
初めてダムザンを開催したときから、ワタシたちのことを応援してくださっていた、こらーれのスタッフ飯島さんが見かねてこちらに来た。
飯島さんは、お若くスタイリッシュな女性だったが、物事をはっきり言ってくれる方だった。
ワタシたちの作品をザックザクに容赦なく切り捨てる「黒部の女王」と陰で呼ばれていた。
展覧会準備で、パジェロに彼女を乗せて、意気揚々とこらーれに来た村沢くんは、女王に「こんなどこにでもある絵をよく黒部で展示しようと思いましたね。」と言われ、東京にトンボ返りした。
ワタシも、巨大な顔を池に展示したときには、「もっとイケメンにしてよ。こんなブタゴリラみたいな顔じゃ、お客さん怖がるから。」と女王に鞭打たれた。
羽丸さんは、昨年この池で、縄に縛られた人体を並べたが、そのとき女王は割と静かだった。
黒部の女王はワタシたちの姿を見ながら、
「青春してるね。一人ずつ池に落としてやろうか。羽丸さん、男気あるじゃん。大人は違うね。それに比べて、君たちは・・。でもいいんじゃない、今こうやって、色んな人の力を借りて、甘えながら自分たちはイケてるって勘違いしてるけど、そのうち、本当の実力が分かっちゃうんだからさ。君たちの進もうとしている世界って厳しいんだろ。」と微笑みながら諭した。
ワタシを含め、皆何も言えなかった。
羽丸さんは正座で腕を後ろに組んだ状態で屈みこみ、女王の言っていることに何度も頷いていた。
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気まずい雰囲気でその場は終わった。
羽丸さんの弟さんには、東京から来た、ワタシたち変な奴らの世話をしていただいたことを感謝し、この日のことを深く謝罪した。
もう羽丸さんと話すことも会うこともないだろうと思い、
「お世話になりました。色々勉強させていただきました。」とワタシは一言だけ伝えた。
羽丸さんは「もういいよ。」と言っていたが、口はへの字に折れ曲がっていた。
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その晩、東京からビダイの仲間たちが駆け付けてくれて、展覧会の打ち上げという名目で海辺でバーベキューをやってくれた。
腹が減っていたので、勢い余って生肉を食らい、ワタシは軽い食中毒になった。
岩陰でたくさん吐きながら、嬉しいような悲しいようなで涙が出てきた。
黒ずんだ波しぶきが顔面に当たった。
これまでの経験を全て黒部の海が洗い流してくれるような気がした。
その時、ワタシの後ろから、椎名林檎似の姉さん気質、荻久保先輩が、酔った勢いで海に飛び込んだ。
暗闇の海を、皆で必死になって探した。
かなりやばい状況であることは分かったが、酔いつぶれているもの、酔いの延長ではしゃいでいるものと、まともな捜索ができていなかった。
20分くらい経つと、ずぶ濡れになってゾンビのような姿で岩陰から荻久保先輩が出てきた。
「もう一杯飲もうぜー!」と微笑み、酔いつぶれた仲間を踏みつぶしていた。
みんな安堵して、その後のバーベキューは朝まで続いた。
ワタシは安心して、岩陰でしゃがみ込み、上も下も全て出し切ることができた。
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一緒に来ていた先輩から、「お前の作品見たよ。もう出し尽くしたなって気がしたよ。東京に帰らず、もしかしてどこかに行っちゃうんじゃないの?」と核心を突いてきた。
「いやー、まだまだ、作りたいんものは沢山あるんで、頑張りますよ。これからも・・。」虚勢を張ってみた。
作品を展示するまでは、時間と労力がかかる。
撤収するときは、あっという間だ。
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こらーれエントランスには、数十枚の脇毛のモノクロ写真・・。
エントランス付近の芝生には、逆立ちする女性像、鉄筋で作った抽象彫刻・・。
建物の隙間には、カラフルな布が空中に吊りさげられ・・。
広い芝生に直径4m程の円形の大きな穴を掘り、巨大な玉を入れた作品・・。
こらーれ内に入り、スロープを上がると、目の高さのパネルに「繋がる」をテーマにしたレリーフ群・・。
中央第2展示室には、球体が積み重なるコンセプチャルアート・・。
羽丸さんの弟さんも、鉄で作った部屋を芝生の上に展示していた。
東京の若者に影響を受けて作ってみたという、ひと際完成度の高いピュアな作品だった。
2年目のダムザングループ展はとても充実していた。
テーマを超えた、個性の輝きが眩しかった。
そんな作品群も、半日で片付けられてしまった。
祭りの後になった黒部こらーれは再び日常を取り戻した。
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ワタシの作品も翌日、撤収した。
看護師をしていた彼女が長野から駆け付けてくれた。
巨大な顔を外すときに、何かあったら救護してもらうつもりだった。
それだけ危険な作業だった。
彼女は早く撤収して、海に遊びに行こうとワタシたちを焦らせた。
彼女のプレッシャーに、搬出の手伝いに来てくれた馬沢が足を滑らせ、高さ3mの脚立からワタシの巨大な顔を支えたまま池に落ちた。
彼女は池に藻があって気持ちが悪いから入れないと言い、馬沢は泡を吹いたまま池に浮かんでいた。
ワタシも慌ててダイブしたが、藻に足を滑らせ腰を強く打った。
彼女はコントのような状況を見て微笑んでいた。
カエルの鳴き声が鈴虫の声に変わり始めていた。
夏が終わりを告げようとしていた。
ワタシは2トントラックに作品の全てを載せ、皆とお別れをし、黒部を後にした。
荷台からは、ワタシの大きな顔が名残惜しそうに黒部の海を見つめていた。
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