第48話 ダムザン④~天才孫悟空の宴~

★★

 ワタシは、自分の作品をしまづさんに見てほしいと考えていた。


 人間嫌いで、人の作品は絶対に見ないと言っていたので、不安はあった。


 久しぶりに栄村のアトリエを訪れると、そこには今まで見たことのない形相で必死に大木と格闘しているしまづさんがいた。


 孫悟空が魔力を発揮している瞬間を見てしまった。


 本気のしまづさんを見てはいけなかったような気がした。


 そのまま帰ろうとすると、


 「あら、どなた様?パパのお知り合いかしら・・。」


 駐車場の陰から女性の声がした。


 しまづさんの奥さんだった。


 「こんにちは。制作中にすみません。しまづさんのアトリエを何回か見学させていただいていたものです。シノブと申します。」


 「そうなの。パパ~、シノブさんがお越しよ。」


 とても美しく、優しそうな奥さんだった。


 「おお、シノブさんか、久しぶりだね。何しにきーたーのー。」


 大木にかけたハシゴから小さな体をくねらせながら、ふざけた口調で降りてきた。


 「お久しぶりです。実はワタシ、個展をやっているんです。仲間たちもグループ展をやっています。是非、しまづさんに作品を見ていただきたく思い、今日は来ました。」


 「どこでやっているの?」


 「富山の黒部というところです。」


 「それは、どこなの?ボクは地方のこと詳しくないからさー。」


 「いいじゃない。あなた、シノブさんの個展を見に行ってあげなさいよ。」


 奥さんは、終始にこにこしていた。


 「でも、ボクは人の作品を見ない主義だからね。でもまぁ、シノブさんならいいかな。でも、他の人の作品は絶対に見ないから。」


 「ありがとうございます。」


 「近所なの?今、行こうよ。」


 「えーと、近所ではないです、高速道路で3時間くらいなので・・。」


 「ふ~ん、じゃぁそのトヤマ?というところで泊まるから連れていってよ。」


 そう言うと、制作中の大木のふもとに置いてあったスポーツドリンクを片手に、ワタシの車に乗ってくれた。


 優しそうな奥さんは、「シノブさん後はよろしく。」と言って深々とお辞儀をし、ワタシとしまづさんが見えなくなるまで手を振り続けてくれた。


 車中では、しまづさんはいきなりスポーツドリンク(焼酎)を一気飲みしていた。


 完全に酔いながら、寝たり起きたりを繰り返していた。


 「トヤマはどこなんだ?個展をやるなんて凄いな。でも他の奴らには絶対に会いたくないから、誰もいないときに、シノブさんの作品を見るからね。」と、ずっと言い続けていた。


 黒部こらーれに夕方到着したころには、人はほぼいなかった。


 早速、しまずさんの肩を抱えながら、車から降りてもらい、ワタシの作品が展示してある池まで歩いた。


 ぐでんぐでんになったしまづさんは、グループ展の作品が少しでも目に入ると、目を反らし、うつむきながら歩いた。


 辺りは薄暗くなってきたので、夜バージョンとしてセッティングしてあったライト照明で作品を照らした。


 さっきまで酔っていたはずのしまづさんは、急にシャキッとし、細い目を全開にし、ワタシの作品を隈なく見てくれた。


 足取りは軽く、筋斗雲で飛び回るように、作品の周りを走っていた。


 池は浅いので、中に入ることもできたので、しまづさんは靴を脱ぎ捨て池に入った。


 「シノブさんは、ゲージュツ家だったの?ボクはただの遊び人かと思っていたんだ。シノブさんの叫び声が聞こえるね。好きだな~。」と感想をゆっくりと言ってくれた。


 すると、遠くの方から「何このデカい顔ー。超気持ちわるー」と、池の横の公道を歩く二人の高校生だった。


 その二人を見たしまづさんは慌てて池を出て、誰もいないロビーに隠れてしまった。


 「もう、ボクはシノブさんの作品を充分見たから、直ぐに宿に行きたい。」と言うので、慌てて近所の宿を探して、連れていった。


 ワタシはお金が無かったので、しまづさんだけ宿に残し、こらーれの駐車場に軽トラを停めて一人寝ることにした。


 深夜、軽トラの荷台で蚊と戦っていると、携帯電話にしまづさんから着信があった。


 「もしもし、すみませんが、今日お泊りになっているしまづ様のご関係の方でしょうか。」と宿の女将さんからだった。


 「はい、先ほど玄関まで同行したものです。どうかされましたか。」


 「大変申し上げにくいのですが、今すぐにお迎えに来ていただけますか。」


 ワタシはしまづさんは大分酔っていたので、宿では直ぐに寝るだろうと思っていた。


 しまづさんは、宿に着いてから、酒をもってこいだの、刺身を用意しろなど、深夜にも関わらず大騒ぎだったようだ。


 他のお客さんの迷惑になるということで、宿泊を拒否されてしまったのだ。


 「おう、シノブさん、ごめんなさい。追い出されちゃった。でも、ボクは許せなかったんだ。宿の連中が、こらーれで展示していたシノブさんの作品にケチをつけていたんだ。シノブさんのことを考えたら腹が立って、暴れちゃったんだ。後悔はしてないよん。ボクはプライドを守る方が大事だと思っているからね。」


 しまづさんは、ワタシよりも30歳以上年上の大人である。


 その大人が、20歳少々の若造の作品について言われたことで、ケンカしてしまうなんて。


 天才孫悟空はさすがである。


 ワタシは、羽丸さんとの一件から、疑心暗鬼になっていた。


 しまづさんの言動に救われた気がした。


 作品を見てもらってよかったと思った。


 結局、深夜栄村まで帰ることになった。


 到着すると奥さんが「あなた、わりとゆっくりできたのね。」と言っていた。


 奥さんは、しまづさんが酔って暴れることは予想していたようだ。


 「この人は、見た目はオジサンだけど、小さな子供みたいに我がままなの。芸術家さんだから仕方がないのよね。シノブさん、一緒に付き合ってくれてありがとうございました。また遊びに来てくださいね。」奥さんは深夜だったけど、寝ずに待っていたようだった。 


 帰り際に大きなカボチャを2つ頂いた。


 アートの神様が宿る人には共通点がある。


 いつまでも子供のようであり、子供のままでいることを誇りにしていること。


 そして、周囲が子供であるアーティストを認めていること。


 ワタシは子供には成り切れないなと、本物のアーティストと過ごして感じた。


 しばらくして、ワタシの元に高額の宿代の請求書が届いた。


 孫悟空の宴代は、ちょっと高くついた。


 

 

 





 


 


 


 


 

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