第46話 ダムザン②~崩壊前夜~

★★

 ワタシは思いつくまま後先考えずに行動してしまう悪癖がある。


 これまでも様々な場面で、多くの失敗をしてきた。


 懺悔をしてもしつくせぬことはよく分かっている・・。


 黒部こらーれで行ったグループ展「ダムザン」を、2年目も行うことが決まった。


 「ダムザン1年目よかったよなぁ。皆の若い力が出せたと思うよ。今年もダムザンやろうよ。こらーれのスタッフさんたちも、新たな展示を楽しみにしてくれてるみたいだし。」


 ワタシが大学4年になった春先、羽丸さんが自宅に来た時に、そう話してくれた。


 ワタシも再び、黒部で制作をしたり、展示ができることに胸を躍らせた。


 「ところでさ、俺が展示したあの池で、今度はお前がやってみないか?」


 ワタシは一瞬、羽丸さんが何を言っているのか理解に苦しんだ。


 「羽丸さんが、個展をやったあの大きな池で、やるんすか?」


 「そうだよ、お前ならできるんじゃないかと思って。」


 数秒も考える間を使わず、


 ワタシは「やらせてください!」と言ってしまった。


 悪癖が出てしまった。


 その頃、ワタシのアパートの近くにアトリエとして使われていた倉庫兼空き家があることを見つけた。


 アトリエを探していた羽丸さんに話すと、共同アトリエにしようということになった。


 大学も近かったので、ワタシは材料や作品を持ち込んでいた。


 そのアトリエは割と大きく、羽丸さんは他の仲間の作品も融通を利かせ置くようになっていた。


 ある日、第1回目の「ダムザン」に参加していた明日香さんが、ワタシに相談があると言いアトリエに来た。


 明日香さんは今回のダムザンにも参加する予定だった。


 「シノブさん、こんなこと私が言うことじゃないかもしれないけど、羽丸さんは、参加者に自由な作品展示の場だと言い触れているけど、今回は羽丸さんのテーマに沿った展示を参加者にさせようと考えているみたいなの。参加者の達夫から聞いたんだ。」


 ワタシはテーマがあることは別にいいんじゃないかと思っていたが、明日香さんは少し違う考えを持っていた。


 「私たちは、羽丸さんの価値観に縛られるのは嫌なんだ。自由な展示の場を求めたいの。」


 「でも、ほぼ無料で展示会場を借りる訳だし、羽丸さんのご厚意でここまで企画が進んでいるのだから、ある程度は仕方がないんじゃないんすか?」


 「シノブさんがそういうのなら、私たち全員参加しません。それでもいいの?」


 「いや~それは困りますね。今更新しいメンバーも見つけられないし・・。」


 「シノブさんはあの大きな池で個展をするそうじゃないの。羽丸さんに一番近い存在なんでしょう。一言でいいから、羽丸さんに、自由な展示がしたいと、代弁してくれない?」


 「分かりましたよ。ちょっと言うだけですよ。でも嫌な予感するなぁ~。」


 「大丈夫、まずくなったら私がフォロー入れるから!」


 ワタシは明日香さんと、深夜仕事を終えてアトリエに来る羽丸さんを待った。


 「おっす!明日香ちゃんとシノブで何してたの?怪しいなぁ~。」


 羽丸さんはいつも明るくテンションが高い。


 しばらく、世間話をしてから、明日香さんからの話を羽丸さんに伝えた。


 予想は的中した。


 見る見る、羽丸さんの頬は赤くなり、口がへの字に曲がった。


 完全に切れていた。


 明日香さんは、フォローを入れるどころか、そのような考え方になったのは、ワタシの影響が強かったからと矛先を変えた。


「シノブ、お前もそんな考え方なの。どういうつもりなんだよ。」


「やっぱり、皆で展示方法とか考えた方がいいのかなぁと・・。」


「分かったよ。その代わり俺は何も手も口も出さない。勝手にやれ。」


完全に怒ってしまった。


ワタシは当然だろうと思った。


 それからというもの、共同で使っていたアトリエ内ではお互い口も聞けない状態になった。


 それまで、師弟関係のような間柄で活動を共にしてきたが、完全に関係性が崩壊した。


 ワタシは精神的にきつい状況に追い込まれた。


 次第に、共同アトリエとは言えぬ程ワタシのスペースは狭くなり、遂にはアトリエに入れなくなってしまった。


 PTSD(心的外傷後ストレス障害)という病名は当時知らなかったが、アトリエ周辺を通るだけでも動機が激しくなったので、その病気を発病していたと思われる。


 明日香さんは何だかんだ振り回した挙句、グループ展が始まる頃に、パリへ旅行に行くことになったという理由で脱退した。


 完全に干された状態のまま、ワタシは個展に向けて制作を始めた。


 初めての個展で、不安も大きかったので羽丸さんを頼ろうと思っていたが、それは全くできなくなった。


 大きく広い池の展示なので、余程のものを作らないと成立しないことはよく分かっていた。


 グループ展に出品する仲間たちは、普段羽丸さんと会うことはほとんどなく、展示準備間近になって黒部入りする予定だった。


 ヨビコウ時代の友達、村さんとコブさんにも相談してみた。


 村さんは、以前、羽丸さんの作品を公募展に運搬している途中に、石につまずき作品を壊した。それから、音信不通になってしまったようだ。


 「シノブくん、僕は羽丸さんと合わす顔がありません・・。」とのことだ。


 コブさんは、お世話になった羽丸さんのこともすっかり忘れ、金沢生活をエンジョイしていた。


 「知らん、そんなの、ほっといて勝手にやればいいんちゃうん!」


 コブさんの性格が初めて羨ましくなった瞬間だった。


 ワタシが勝手にできない理由が一つあった。


 それは、今回考えていた作品の一部を羽丸さんの弟さん(正明さん)に発注していたこと、展示一か月前に黒部入りして、羽丸さんの実家で制作をする予定だったこと。


 羽丸さんの弟さんは人間性が素晴らしく、1回目のダムザンでかなり親しくさせていただいていた。


 お兄さんを心から尊敬している弟さんに、今回のことを伝えるのは忍びなかった。


 そして、羽丸さんのご家族に合わす顔がないまま、一か月も制作できるのか心配だった。


 今までいろいろと失敗はしてきたが、こんなにも仲良くしていた人と関係がこじれるとは思っていなかった。


 年齢は10歳以上離れていたので、ワタシにも甘えがあったのだろう。


 人間関係の難しさを痛感し、明日香さんにそそのかされた自分を恨んだ。


 日々、目に見えぬストレスが蓄積し、本当にこのまま個展ができるのだろうかと考えるようになってきた。



 深夜、自宅に電話がかかってきた。


 小学校の同級生庄司からだった。


 たわいもない、世間話をするなか、自分の現状がうまくいっていないことを話した。


 同級生庄司は、

「一般市民のほとんどが興味を持たない彫刻に、そんなに熱を入れてるシノブは凄いね。」と言った。


「そんな、あってもなくても誰も痛くも痒くもない芸術に、何でそこまで夢中になるの?シノブは世間から期待されている芸術家なの?テキトーにつくって、池に浮かべておけばいいんじゃないの。その、関係が悪くなった、ヨビコウの先生?その先生にシノブは取り込まれ過ぎなんだよ。」


ワタシは目から鱗だった。


 ヨビコウ時代から約5年間続いた「ビダイ物語」に完全に取り込まれていることに気が付いたのだ。






 


 


 








 


 


 


 

 


 

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