第45話 即席!地下道セクシー

★★

 大学の映像概論の講義では、最終試験が、短編映画制作だった。


 ワタシは中学生の頃、映画監督に憧れ、いつか映画を撮ってみたいという夢があった。


 進路も日大藝術学部映像学科へ行くことを真剣に考えていた時期があった。


 しかし、シナリオを考えたり、役者の演技指導をしたり、本当にできるのだろうか自信が持てず諦めた経緯がある。


 その頃の淡い思いが残っていたため、映像概論を選択していた。


 短編映画は20分程度であり、グループで1作品、発表することになっていた。


 ワタシは村さんと、キックボクシングに精を出していた松ちゃんと3人で制作をすることにした。


 中学生時代の淡い思い出話を2人にすると、ワタシがシナリオを考えることになった。


 ワタシは映画には必ず美しい女優が必要だと考えていた。


 ワタシは「泥の河」(1981年公開) という、映画に衝撃を受けていた。


 昭和30年の大阪。


 安治川の河口で暮らす少年(信雄)は両親から、近づいてはいけないといわれた舟に暮らすきょうだいと交流をもつことになる。


 きょうだいの母親は船上で売春をしていた。


 モノクロの映像と、朴訥とした少年少女たち、そして戦後間もない大阪で、身を振り乱し働く大人たちが淡々とストーリーを進めていく。


 錆び突き、汚れた舟で生活するきょうだいと遊ぶ約束をした少年信雄は、もぬけの殻になった舟で、仲良くなったきょうだいを探していると・・。


 「信雄さん」と呼ぶ声が・・。


 きょうだいの母親に呼び出されたのだ。


 きょうだいが生活するスペースとは反対側にあった母親の部屋へ行くことになる。


 そこに現れたのが、何とも言えぬ美しさを纏った「加賀まりこ」だった。


 ワタシはモッサリと重く感じていた映画の雰囲気が、ガラリと変わる瞬間を体験した。


 映画に美は必要不可欠であると村さん松ちゃんに進言し、女優探しを始めた。


 大学内で、映画の雰囲気を一変させることのできる女性を探し声をかけた。


 傍から見れば、ただのナンパだろう。


 ワタシはマジだった。


 何度か気味悪がられ断られた挙句、ワタシの映画製作に理解を示してくれた女性に出会うことができた。


 インド出身のムンビーさんだった。


 ムンビーさんは、日本文化が大好きで、当時流行していた「ゴスロリ風ファッション」でギラギラ着飾っていた。


 顔立ちは端正で美しかった。


 ただ、日本語をあまり理解しておらず、意思疎通にかなり苦労した。


 ★

 短編映画の内容は、精神的に弱くもろい青年が、キックボクシングに目覚め、強姦に襲われそうになった女性を助け自信をつけ人生を再スタートするという簡単なストーリだ。


 ストーリーは単純だが「泥の沼」の演出技法を真似した。


 混沌とした暗い世界を見て胸糞が悪くなっている途中に、パッと輝くムンビーさんを出す。


 強姦に襲われるムンビーさんを、観客全員で助けたいと思わせ、見る側の意識を揺さぶる。

 

 精神的にもろい青年がムンビーさんを助け、青年の株が急上昇すると共に、観覧者の思いを昇華させることが狙いだった。


 撮影当日、ムンビーさんは、約束の時間に待てど暮らせど来なかった。


 携帯電話で以前聞いていた番号にかけると、声が低く地獄の番人みたいな男性が


「テメーぶっ殺すぞ!」と連呼していた。


 ムンビーさんの出演は急遽取りやめになり、発表は明日の午後ということもあり、シナリオを変更した。


 ここには男子3人しかいない。


 ワタシが白いバスタオルを下半身に巻き、顔はストッキングで隠した。


 主人公はワタシとなり、夜の公道や地下で、ヤンキー少年(キックボクシングをやっていた松ちゃん)にカツアゲや暴力を受けながら、惨めな生活を強いられる。

 

 道端に咲いていたタンポポを見つめながら気を失い、通行人の村さんに両足を持たれ、引きずられ暗い公道の闇の中へ消えていくというストーリーに変更した。


 夕方になり辺りが暗くなってきたこともあり、そのような設定とせざるを得なかった。


 ムンビー的な、ストーリーを引き締める役として、村さんを女装させてみたが、気味が悪く止めた。


 華やかさの象徴は、タンポポが風に揺れるシーンとした。 


 撮影中、キックボクシングの練習を休んで来ていた松ちゃんが、イライラし始めた。


 本気のキックがワタシに何度が当たり、もがき苦しんだ。


 そんな本気で痛がる場面も、村さんは容赦なく撮影していた。


 途中、巡回していた警官に職務質問をされたときは、村さんと松ちゃんは公園の遊具に隠れてしまい、ストッキングを被ったワタシがきつく尋問される羽目に。


 ワタシがペコペコしながら警官の質問に答える姿も、村さんはちゃっかり撮影していた。


★★

 発表会にはギリギリ間に合った。


 3人で徹夜で編集し、ある程度見応えのあるものに仕上がったんじゃないかと、自負していた。


 寝不足で確かな判断力は皆無だったが・・。


 映像概論の楠木先生は、デザイン科や日本画科の学生がつくったオシャレでシャープな短編映像を堪能し、気分を良くしていた。


 他の学生たちは笑ったり、やじったり、それぞれの映像に反応を示していた。


 ワタシたちの短編映画が始まった。


 いきなり、講堂内は静かになった。


 誰も何の反応も示さない。


 ワタシたちは「やばかったんじゃないか。」と不安になった。


 楠木先生の表情もかなり曇っている。


 映画が終わり、蛍光灯が付くと同時に楠木先生は「素晴らしい!」とマイクで大きな声を出してワタシたちを褒めてくれた。


 「現代社会のひずみをリアリティに溢れた表現方法で映像化している。特に隠し撮り風に見せている技法。タオルを巻く青年が地下道でヤンキーに暴力を受けているシーンはなぜかセクシーにすら感じる。味方だと思っていた警官にひたすら頭を下げ、見放されるシーンは逸品だ!」と評価をいただいた。


 「この先、映像の分野は途轍もないスピードで進化していくだろう。いつの日か素人の誰でも映画のようなものを撮り世界に発表する日がくるはずだ。」とYoutubuを予言しているかのようなことを楠木先生は言い、映像概論の講義は終了した。


 しばらくして、ムンディーさんから連絡があった。


 撮影日を間違えていたこと、ワタシたちに教えてくれた電話番号は、元彼のものだったことが分かった。


 ムンディーさんには喫茶店でチョコレートパフェを奢って、もう撮影は終わったことを伝えたが、あまり意味が分かっていなかった。


 


 


 


 


 


 

 


 


 

 


 

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