第44話 夢を抱いたハニベの女
★★
ワタシと村さんで、ヨビコウ時代の友達コブさんに会いに、金沢へ行った。
コブさんは、金沢工芸大学彫刻科で学んでいた。
久ぶりの再会に、コブさんのテンションは高かく、ハイライトをスパスパ吸っていた。
ワタシたちも、喜んでお互いの近況を話した。
住まいは平屋のアパートで、ヨビコウ時代もガランとした何もない部屋だったが、こちらのアパートは更に何も無かった。
夕食を適当に済ませ、アパートでお酒を飲んでいたら、ちょっとした芸術論に発展した。
コブさんは「ワイはもう人体塑像をやっていない。人体塑像は芸術ちゃうと思うてる。」と深刻な表情で言い始めた。
さすが、芸術について造詣を深めてきたコブさん、思い切った結論を導き出していた。
ワタシも村さんもそこまで深く人体塑像については考えてこなかったので、
「ふ~ん、そうなんだね。表現は自由だしね。」くらいしか言えなかった。
コブさんは、深夜でも大学に忍びこめると、酔った3人で大学の彫刻科アトリエに向かった。
コブさんが、自分が制作している作品を見てほしいとのことだった。
忍びこむという程でもなく、学生が持っていた合カギでガチャリと開けるだけで入れた。
様々な作品群の中を歩くと、制作中の人体塑像が何体かあった。
名前が貼ってあったので、よく見るとコブさんの名が・・。
人体作品は試行錯誤しながら、一生懸命に制作していた様子が伺えた。
コブさんは「こんなの作っている内に入らん。課題だから仕方なくやっているだけや。」と恥ずかしそうに言っていた。
その後、人体作品は見なくていいからと、近くに置いてあったブルーシートを剥がして、中から土の玉のようなものを見せてくれた。
「ワイの作品や!」コブさんは、目をキリッとさせてこちらを向いている。
様々な芸術論、現代美術を深く学んだコブさんだからこそ、生み出せる形態なのだろう。
不勉強なワタシと村さんには、ただの土の塊にしか見えなかった。
夜が明けるまで、アトリエ内にある他の学生たちの作品をじっくりと見て回った。
★
次の日、コブさんが「面白いもん見せちゃる。」ということで、大学から少し北方の山へバスで向かった。
田園風景をのんびり眺めていると、コブさんが、「見てみい、ここがハニベや!」と指さした。
奈良の大仏の顔よりも大きな仏の顔が、山肌にドーンと建立されていた。
「ここは何なの?」とコブさんに聞くと、
「ハニベ
ハニベとは、埴輪を作る人という意味があるらしい。
受付を済ませ、洞窟の前に行くと、FRP素材で作ったと思われる「阿吽像」が立っていた。
少し違和感を感じながらも洞窟内に入ると、中はかなり薄暗く、冷たい風が吹いていた。
スポットライトを頼りに、恐る恐る洞窟内を歩いていくと、コブさんの言っていた意味が分かった。
そこには古今東西、様々な仏像がユニークな形をして設置されていた。
特に人間の欲深さをユーモラスに表現している像は、観光客にも人気があった。
背中にマキ、手には本ではなく携帯電話を持ちながら歩く、二宮金次郎像。
パフェを貪り食う、邪鬼。
中には笑いをとりに来ているだろうと思ってしまう、彫刻も数多くあった。
「こんな世界もあるんやで。芸術って奥が深いねんなぁ。」コブさんは面白がって言っていた。
インド彫刻、地獄巡りと続き、最後は4体の鬼がちゃぶ台を囲み飯を食い、酒を酌み交わす彫刻があった。
「お腹一杯だなぁ。」と村さんと言いながら、出口を探した。
コブさんは「おもろいのはこれからやで。」とまた半笑い。
するとどこからか、スタタタタタ・・・と何かが近づいてくる足音が洞窟内に響いた。
後ろを振り返ると、お婆さんが朱色の器を持ちながら、「お兄ちゃん、お兄ちゃん、寄付を頼んます。寄付を~!」と迫ってくるではないか。
コブさんは、ワタシと村さんに逃げろと言って一人で走って行ってしまった。
ワタシたちはコブさんの後を追うように猛ダッシュした。
お婆さんはスタタタタ・・・と駆けながらワタシたち3人を追いかけてくる。
洞窟内を4人でグルグル3周くらいしただろうか。
最後は、出口付近で待ち構えていたお婆さんが、「頼んます!」と言いながら、近寄ってきた。
ワタシは逃げるのは止め、話を聞いてみようと思った。
お婆さん曰く、洞窟の山肌に建立された仏像の大きな顔(高さ15m)は、未だ制作途中だそうだ。
お婆さんの旦那様(彫刻家都賀田勇馬氏)が、長い年月をかけて洞窟内の彫刻を作り、外にある巨大大仏を完全体(高さ33m)にすることが、夫婦の夢だということだった。
寄付金を集めて、顔から下の胴体を作りたいと考えているとのこと。
ビダイに巨大なガンダムの下半身のみ作っていた仲間がいたが、その逆だ。
ニューヨーク在住、クリフトとジャンヌ=クロード夫婦は、ビルや島をピンク色のシートで覆ってしまう超ド級有名現代アーティストだ。
夫婦愛で現代アートの世界をひっくり返した存在。
ハニベ夫婦同様、夢がデカい。
ハニベ夫婦はとんでもなく、大規模な夢の実現のため奮闘していたのだ。
お婆さんの寄付金ダッシュも、その夢実現のための地道なアーティスト活動だった。
「ハニベ大仏」は夫婦愛の結晶のようなものだ。
いくら貯まったら、作り始めるのか。
そんな夢のないことは考えてはいけない。
途轍もない大きな夢の一端を垣間見たハニベの体験は、ワタシの心に何かしらのヒントを与えてくれた。
表現は違えど、夫婦で夢を追うなんて何て素敵なんだ。
コブさんは、帰る最中もずっとニタニタしていた・・。
★
訪問最後の夜、恒例のUNO大会をやった。
ヨビコウ時代同様、再び3人の眉毛は無くなった。
汗が目に入り、心にとても沁みた。
コブさんと別れ際、眉なしの3人は傍から見てどんな感じだったのだろうか。
そんなことを話しながら、帰りの電車で村さんと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます