第43話 万治の呪い
★★
しまづさんから、長野県下諏訪町に「万治の石仏」という不思議な石仏があることを聞いた。
しまづさんとは、いつも下世話な話題で盛り上がっていたが、意外と歴史や近代芸術、小説について詳しかった。
岡本太郎や小説家新田次郎のことを話していた流れで、この二人の作家が認めた凄い仏像が諏訪にあることを教えてくれた。
しまづさんは土地感覚が全くなく、常に焼酎入りのスポーツドリンクでグラグラだったので、ワタシの車で石仏を見に行くことにした。
高速道路で3時間くらい走らせ、岡谷インターで降り、諏訪湖の東側を走った。
観光で歩いていた人に、秋宮という神社付近の駐車場に車を停め、脇の山を少し入ったところにその石仏はあると聞いた。
小川の流れる細い小道を歩き、小橋を渡ると、パッと開けた野原に大きな楕円形の石が現れた。
高さ約3メートル、奥行き約4メートルの胴体の上に、高さ約60センチメートルの頭部がちょこんと載っていた。
手の込んだ彫刻はされておらず、至ってシンプルな石彫。
正面から見ると何とも言えぬ穏やかな存在感。
しまづさんは「こりゃいいわね。」と手に持っていた焼酎を石仏の横に置いて席石仏を撫でた。
石仏の胴部には「南無阿弥陀仏 万治三年十一月一日 願主 明誉浄光 心誉慶春」と銘が刻まれていた。
万治がいつの時代か二人ともよく分からなかったが、とにかく、こんな石仏は見たことがないと目を見合わせた。
しまづさんが「万治っていうくらいだから、病気が流行っていた時代だったんだろう。」と推測した。
石仏の顔はどこかしらモアイ像にも似ていた。
ワタシは「山からゴロゴロと流れてきた巨石を見つけた、当時の素人石彫家が、仏像みたいだなぁと勝手に想像し、彫刻したんじゃないのか。」と思い、しまづさんに話した。
石仏の表面があまりにも簡単な彫刻だったので、素人仕事ではないかと感じていた。
すると、しまづさんは「そうかなぁ。それならお前さん、このひょうきんな石仏の上に乗りなさい。」と悪戯を企んでいる孫悟空の表情で、ワタシの肩を押した。
「それは、まずいですよ。バチがあたりますよ!」
「だって、これ、石コロでしょ。いいじゃん、いいじゃん・・。」
しまづさんの目は完全に座っていた。
ワタシは頭の輪で孫悟空をギュっと締め付けてやりたいと思った。
仕方なく、完全に石仏に乗るのはまずいと思い、後方部から少し乗り上げ抱き着いた。
「パシャリ。」
しまづさんは、酔っているくせに、ワタシのカメラでその瞬間を写真に収めた。
★
後味が悪いまま下諏訪を後にし、車内で寝続けたしまづさんを送り届けて、実家に帰った。
その後、万治の石仏を収めた写真を近所の写真屋で現像した。
現像された写真を見た店員さんが「ちょっとおかしなもの撮りましたけど、どうします?」と聞いてくる。
「石仏を撮っただけですが・・・。何か?」
そう言って現像された写真を見ると、ワタシが石仏に抱き着く後ろを覆いかぶさるような黒い影がはっきりと写っていた。
ワタシは心霊写真は信じてないし、幽霊も見たことがない。
その写真はたまたま、妙な影が写っただけと思うようにした。
★
東京のアパートに戻ると謎の腹痛が続いた。
大学を1週間ほど休んだ。
一向に腹痛が治まらなかったので、実家に帰り、内科で大腸検査を行った。
2リットルくらい水を飲み、腸内の便を全て出し切った後、腸をパンパンに張らせるガスを入れ、肛門から一気に大腸カメラを入れられた。
初めての経験に悶絶状態だったが、しばらくすると医者と一緒に腸内を映す映像を見る余裕ができた。
ワタシの腸内はとてもきれいだった。
医者も「若いね~まだピンク色している。いいね~。」と腸内を褒めてくれた。
結局何も無く検査を終えた。
ただの過敏性大腸炎であった。
万治の石仏にしがみついた罪悪感と、心霊写真のようなものを見たことで、勝手にストレスを感じていたようだった。
以降、腹痛は無くなった。
★★
子供の頃からよく下痢をしていて、何度自身の大腸を恨んだことか。
大腸カメラを入れ、内部を見たことで、腸へのイメージが変わった。
カメラを入れる前までは、大便が入っているくらいだから、キャンプ場の便所みたいに、汚くなっているものとばかり思っていた。
どんな美しい女優もお腹の中には暗黒があると想像することで、女優を崇め過ぎないように保っていた。
しかし、表面に見える皮膚よりも、もっと美しいものが体内には存在するのだと尊く感じ、魅力的にすら思えた。
体の内部には、自分が知らない別の生命体がいるのかもしれない。
万治の石仏の表面的な印象から、最終的には自分自身の内部に意識が向いた。
石仏からのワタシへのメッセージだったのかもしれない。
これまで、自分について考えることは、個人主義的で浅はかなのではと思っていた。
個人の趣向や内面を突き詰めれば、もしかしたら人間全体の普遍的な問題に向き合えるのではないかと思うようになってきた。
自己中心的な物の見方は、人間を知り、表現を追求するために本気でやるべきでテーマはないかと感じていた。
★★
しばらくして、東京のアパートに、しまづさんから絵ハガキが届いた。
「万治の石仏よかったなぁ。あれから、原因不明の頭痛で、埼玉の実家に帰りました。あのとき、何かおかしなもの食べたっけ?また遊ぼうね~。」
絵ハガキの裏面にあったしまづさんの作品「静かに寝ている妖精」の顔が万治の石仏の顔のように見えた。
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