第42話 孫悟空のアブナイ話

★★

 黒部こらーれでのグループ展を終え、東京に帰る前に長野の実家に寄った。


 実家に帰ると、母親から一枚のチラシを渡された。


「今度、東急デパートで しまづよしひこさんっていう彫刻家の人の展示があるみたいよ、時間あるなら行ってみたら。」


 ワタシは、ぱっとチラシに目を移すと、そこには木彫の作品群が並んでいた。


 動物や昆虫が見たこともないような美しさで彫刻され、森の妖精のような女性は切り株の中にうずくまっていた。


 作者はチラシの写真で見ると、一心不乱にノミを振るう、椎名誠によく似た紳士だった。


 ワタシは椎名誠似の気品溢れる紳士と、美しい彫刻群に会えることを期待し、展示会最終日、東急デパートの展示会場へ行った。


 展示会場では、しまづよしひこさんの、幼少期からの神童的な作品の数々と、最近制作した木彫作品が所狭しと置かれていた。


 展示会場の片隅で写真で見た椎名誠に似た紳士が座っていたので、しまづさんだとすぐに分かり、声をかけた。


 「しまづさんですか?」


 「うぉう。」奇妙な声でしまずさんは返事をした。


 「この木彫の作品素晴らしいですね。どこで制作されたんですか?」


 しまづさんは会場の入り口付近に貼ってあった、プロフィールを指さした。


 「さっき、プロフィールは読ませていただきましたが、制作場所が長野県栄村って書いてありました。でも、埼玉在住なんですよね。埼玉で制作して、栄村に運んで来られたんですか。」


 「う・・う・・ごご・・」再び奇妙な声を出した。体調があまりよくないらしい。


 椎名誠の身長は知らないが、しまづさんは身長がかなり小さく、テレビで見る堺正章にも見えてきた。


 よくよく見ると赤ら顔だ。鼻の頭は真っ赤になっていた。


 西遊記の孫悟空(堺正章)にしか見えなくなっていた。


 「お前さんは、何者じゃ。」


 「学生です。彫刻作っています。しまずさんの彫刻に惹かれて見に来ました。」


 「ここは、どこじゃ。」


 「え?ここは長野市ですよ。」


 「そんなところは知らん。ぐへぇ。今度ボクのアトリエに遊びにきなちゃい。」


  そう言って、しまずさんは、受付にいたお姉さんに、自分の住所を聞きながら、チラシの裏にヨレヨレの文字で住所と電話番号を書いて渡してくれた。


 「電話はないのよ。元々小学校の廃校だからね。その電話番号はボクのワイフがいる埼玉の自宅なの。うぉえ~。」


 ワタシは、しまずさんが酔っていることがようやく分かった。緊張のあまり、酒臭さにも気づかず話し込んでいたのだ。


★★

 展示が終わりしばらくしてから、しまずさんに会いに栄村まで行った。


 栄村とは長野県最北端の豪雪地帯である。


 この時は秋口だったので、まだ雪は無く、燃えるような紅葉が始まっていた。


 地図帳を見ながら、何度も道に迷い、最後は畑で仕事をしている人に道を尋ねて到着した。


 しまずさんのアトリエは栄村の中でもかなり奥の方にあった。


 しまずさんの言う通り、廃校になった小学校の体育館をそのままアトリエにしていた。


 体育館の前には巨木がゴロゴロと転がり、作りかけの彫刻も沢山あった。


 アポなしで訪問したので、迷惑かなぁと思いつつ、恐る恐る体育館の中に入っていった。


 「しまずさ~ん。昨日の者です。遊びにきました~。」と割と大きな声を発した。


 すると、遠くから「ボクに会いに来たの。だ~れ~。」と高い声がした。


 昨日会ったしまずさんはスーツを着ていたが、今日は白いランニングシャツに赤いハーフパンツ姿でスポーツドリンクを片手に奥の扉を開けて出てきた。


 「よお!昨日の君だね。そこに座りなさい。お話しよう。」


 ワタシは昨日よりシャンとしたしまづさんを見て少し安心した。


 しかし、そこからのトークの内容が過激で強烈だった。


 ビダイで下ネタや猥雑な話は仲間たちとよくしていた。


 男子とはそういうもので、仲間意識を深める行為として、時には必要なコミュニケーションだった。


 しまづさんのトークは、今まで聞いたこともないような下ネタや猥雑を余裕で超えていた。


 森の妖精を表現するような、心清らかな紳士であると思い込んでいたので、そのギャップに面を食らった。


 そして、昨日と同様、明らかに酒臭い。


 がぶがぶ飲んでいたスポーツ飲料の中身は焼酎のようだ。


 徐々に赤ら顔になり、ハイテンションになってゆく様は、孫悟空が三蔵法師の目を盗んで、悪戯をしているようだった。


 ワタシは少し気分が悪くなり、トイレを借りた。

 

 トイレのドアを開けた瞬間、見てはいけないものが「ビロロロン」とあった。


 すぐに、ドアを閉め、しまずさんのところに戻ると、しまずさんの目が座っていた。

 

 「ボクは恥ずかしがり屋なんだ~。ボクは島津藩の末裔で、いつだってこのノミと金づちでヤレルンダ。見てくれこの力こぶを!こんな作品、簡単に作れるんだ。ボクは生まれつきの天才だからね。」


 ワタシは少し恐怖を感じ、いつでも逃げられる構えをしていた。


 「ジョーダンだよ。ワタシは素人、天才なんかじゃない。でも島津藩の末裔は本当なんだよ。一般市民とは遺伝子が違うからね。」


 ワタシは車のカギをポケットにしまい、しまづさんの方に膝を向けた。


 目の前に置かれている巨木に彫刻されている作品はどれも高密度で高品質だった。


 誰が見ても天才にしか成しえない表現力。


 こんなに酔った状態でどうやって彫るんだ。と思わざるを得ないほど、目の前の孫悟空はふらふらだった。


 「ボクは人が嫌いなんだ。君は特別OKだけど、普段は絶対に人には会わない。」


 「何で、ワタシはOKなんでしょう・・。」


 「何となく。気楽そうな人間に見えたからね。気が合いそうだった。」


 「ありがとうございます。でも、ワタシは森の妖精をつくるような紳士としまづさんのギャップに驚きましたよ~。」


 「ひゃひゃひゃーあ。自分の生き様が純粋でないから、作品に癒しや純粋さを求めるんじゃ。お前さんは、純朴な奴だから、きっとつくる作品はエロ・グロだろ。」


 何となく当たっていたので、ワタシは苦笑いした。


 しまづさんには愛すべき家族がいたが、40歳を過ぎた頃に本気で彫刻家になろうと決意し、勤めていた会社を辞めたそうだ。


 家族は埼玉に住んでいて、子供は手がかからない年頃で、たまにアトリエに来るらしい。


 栄村の地域起こしの一環として、アーティストを村に呼び活性化させるプロジェクトにタイミングよく誘われ、栄村に移り住んだとのこと。


 しまづさんは、大の人間嫌いだったため、村の役人とは折り合いが悪く、山の奥地で孤独を味わっていた。


 人間嫌いにも関わらず寂しがり屋で、個展に来てくれた気の合いそうな人に人に声をかけていたそうだ。


 大体の人がしまづさんの酒臭さに参り、ワタシが初めての訪問者だった。


 ワタシは、彫刻を作る、ヨビコウや大学の先生たちばかりを見てきた。


 世にいう仕事をせず、作家一本で生活しているしまづさんは魅力的だった。

 

 ただ、展覧会や作品販売は嫌いで、今回の展覧会は家族と村の役人から無理矢理やってくれと頼まれ、ケンカしながらようやく実現したそうだ。


 しまづさん曰く、アーティストが先生をやったり、作品販売をするのは、欲にまみれたクズだそうだ。


 お金も嫌いだそうだ。


 家族は苦労しているんだろうなぁと、孫悟空のいきり切った表情を見て感じた。


 帰り際に、畑で獲れたスイカとメロンを貰った。


 ワタシは車に乗り込み、帰ろうとすると、何度も「ここに住まないか。」と言われた。


 死んだワタシの祖父のような、優しい爺さんの顔になっていた。


 「また来ますね。」と言い残し、車を出すと、深々とお辞儀をして、遠くまでずっと手を振ってくれた。


 聞いてはいけないもの、見てはいけないものを、沢山いただいた。


 西遊記の孫悟空に化かされたような気がした。


 それから、何度か、しまづアトリエに通った。


 モーツアルトだって、ピカソだって、天才はみんな変人なんだから・・。


 ワタシにはしまづさんの生き様が、新鮮だった。


 ワタシは、いつの間にかしまづさんの下ネタ猥雑話を超えた過激で強烈なトークを楽しめるようになっていた。


 気が付くと、ビダイ生活で弱っていた精神に力が漲ってきていた。


  




  


 

 




 


 




 


 


 


 


 


 

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