第4章

有終のビダイ

第41話 ダムザン①~ダムと山と交雑~

★★

 大学3年の春頃、ヨビコウ時代から親交があった、ヨビコウ講師の羽丸さんがワタシの家にいきなりやってきた。


 ヨビコウ時代、羽丸さんにはよく面倒を見てもらっていた。


 羽丸さんは、具象の人体を制作しており、ワタシと村さんはよく羽丸さんのアトリエで石膏取りや、FRP塗りを手伝だっていた。


 アルバイト代は近所のバーミヤンで夕食が常だった。


 羽丸さんは、ヨビコウで働きながら制作を続けていた人で、大学卒業後のワタシの在り方を考える上で参考になる人だった。


 「おっす!シノブ元気か。上がっていい。部屋汚いなぁ。土足で上がるけどいい?」


 羽丸さんはいつも明るくテンションが高い。


 「作品ちゃんと作ってるか?大学に入ると怠けて遊ぶ奴がほとんどだからね。」


 不器用で田舎者、そんなワタシの制作状況をいつも気にかけてくれていた。


 「ちょっと相談があるんだけど、富山の実家の近くに新しく、文化ホール(黒部こらーれ)ができたんだ。そこでグループ展一緒にやらないか。急な話だけど、ヨビコウの教え子や、俺の友達、身近なところで参加者を募ってやりたいんだよね。」


 「富山の黒部市でグループ展ですかぁ。見に来る人いるんですか?」


 「お前、失礼な奴だなぁ。嫌ならいいよ。ベツニー。」羽丸さんは少し怒っていた。


 羽丸さんは、怒ると頬を赤らめながら口元をへの字にする。


 「ごめんなさい。ワタシのような者でもよければお願いします。」


 「よし、心当たりのあるメンバーに声をかけてみるわ。シノブも協力してくれ。」


 羽丸さんは、ヨビコウの教え子や知り合いに声をかけ、10人くらいのメンバーが集まった。


 ビダイ・ゲイダイ生、ヨビコウ生、社会人と様々な顔ぶれだった。


 皆で、羽丸さんの埼玉の自宅に集まり、グループ展の名称を考えた。


 色々なアイデアが出たが、結局ワタシが考えた「ダムザン」に決定した。


 富山は「黒部ダムと山」が有名で印象が強いという、とてもシンプルな理由であった。


 DMデザインはヨビコウ生のモモちゃんにお願いした。


 モモちゃんの母親がDMデザイナーだったので、若い個性がぶつかり合うイメージでサイケデリックに制作してもらった。


 夏休みに入り、展示に向けて富山県黒部市にある、羽丸さんの実家へ行った。


 羽丸さんの実家は鉄工所であり、体育館のような工場が3つくらい並び、中には大きなタンクや、クレーンなど、大型の機械がたくさんあった。


 羽丸さんの弟(正明さん)さんが鉄工所の若社長で、ワタシたちに鉄工所内を案内してくれた。


 工場には働いている方が多くいて、ワタシたちに何か話しかけてくれていた。


 聞いたことのない方言と早口で、ほぼ何を言っているのか分からなかった。


 羽丸さんに同時通訳をしてもらった。


 「東京もんが黒部まで何しに来たんだ。ここで働いてくれるのか。」というようなことを言っていたらしい。


 グループ展に参加するメンバーはほとんどが地方出身者だったがそれは言わなかった。


 ★

 いつも大学の狭いスペースで鉄の溶接を行っていたので、羽丸さんの実家の工場の規模の大きさに皆驚いた。


 ワタシは当時、中古の軽トラックを購入し、制作用の材料などを運んでいた。


 時速80kmを出すことが精一杯のポンコツ軽トラで、東京から黒部まで約8時間かかり、着いた時にはヘロヘロだった。


 その後も何度も往復することになり、いつしか、目を閉じても余裕で黒部に到着できるようになっていた。


 鉄工所の近くに古民家があり、展示準備の一か月間、皆で共同生活することになった。


 大型トラックに、各自制作途中の作品を詰め込み、羽丸さんの知り合いの鉄工所に運び込み、制作の続きを行った。


 富山の夏は暑く、工場内は毎日38度を超えていた。


 鉄の溶接やガスバーナーを使っていたので、余計暑く、大型扇風機を背中付近に当てながら制作をしていた。


 鉄工場で働く方々はそんな暑さの中でも、平気な顔をしていたので、本物の職人さんは違うなぁと感心したものだ。


★★

 この頃、ワタシは大学3年にもなり、実力も無いのに、周囲で活躍するアーティストに影響を受けたかのような作風になっていた。


 大学で見る仲間たちの作品群に目を白黒させ過ぎており、自分を見失いかけていたのだ。


 本来、ワタシは泥臭い人間であり、キャプテン翼でいう、顔面ヘッドの石崎君タイプだった。


 しかし、大学生になって、手抜きをしてオシャレに表現しようとする、いやらしさが見え隠れする人間になっていた。


 黒部こらーれでは、大学の講評会で一回展示した作品を少し改造して展示しようと考えていた。


 黒部に持っていった作品は、長さ2m程の流木(丸太)の、腐っていた中心部をガッポリくり貫き、その内側にキースヘリングを模した絵を描いた。


 そして、その流木に2枚、星形のように型取った1m四方のFRP素材の形態を鉄棒に刺し、2枚の羽根のように流木に括り付けた。


 流木ごと、高さ3mの鉄柱の先にはめて、空中を流木が舞うようなイメージで展示した。


 浮ついた自分が表現されていた。


 大学の講評会では、不評だった。


 最上先生からは「空中にある割には空間性が無い、浮ついていて何も伝わってこない!」と切り捨てられた。


 心の中を見透かされているようだった。


★★

 黒部の鉄工所で夜遅くまで制作をしていると、羽丸さんが様子を見に来てくれた。


 「シノブ、どうだ、進んでるか?」


 「今一、気が乗らないんですよね。展示できるか不安です。今のところ・・。」とワタシは素直に羽丸さんに話した。


 すると、堰を切ったかのように、


 「お前は、こんな作品をつくる奴じゃないだろ。格好つけるなよ!」と怒り調子で言われた。


 親しくしていた羽丸さんからは、ヨビコウ時代から厳しいことは言われていた。


 言われる内容はいつも「下手くそだけど、お前らしい。」と・・。


 実力が無くても、素の自分を表せていたところが、評価されていた。


 格好をつけている自分は恥ずかしく、その晩、黒部の田園のあぜ道で一人で寝た。


 カエルの声がうるさく、蚊にも死ぬほど刺されたが、逆にそれらが妙な集中力を生み、腹の底に何かが落ちる神秘的な体験をした。


 後にも先にもこの体験は初めてである。


 難しい話や理屈が「胸に落ちる」という比喩があるが、ワタシの場合は「腹にズドーンと落ちた」のだ。


★★

 ダムザングループ展が始まった。

 

 こらーれのエントランスを入ると、螺旋スロープが3階まで続き、その中央には天井まで高さ10mある筒抜けの第2展示室があった。


 展示会場のメインホールとなる第2展示室は奪い合いになっていた。


 第2展示室には大久保先輩が大学で制作していた大きなお面が数十枚並び、ゲイダイ生のヨビコウ時代の友人エイちゃんは、大きな赤い布を大胆に吊るし、布に大きなドクロを描いていた。


 その他にも、個性溢れる作品群が、新設された黒部こらーれ内を彩っていた。


 ゲームキャラクターのデザインをしていた、羽丸さんの親友の作品が人気が高く、地元の子供たちがたくさん群がっていた。


 グループ展を企画した羽丸さんは、黒部こらーれの南側にデザインされていた、大きく広い池に作品を展示し個展を開いた。


 ワタシたちは羽丸さんのバーター(抱き合わせ)として、参加しているという形であった。


 羽丸さんの作品は、白く塗られた人体がSMプレイごとく様々な縛り方で紐に巻かれていた。


 それらが、数十体、広く美しい池に設置されていた。


 自分の趣向や芸術性を前面に押し出してきた、格好をつけていない作品群だった。とワタシは感じたが・・


 大学からわざわざ展覧会を見に来てくれた、助手の島さんは、羽丸さんの作品を見ながら「羽丸さん~相変わらず気取ってますね~かっこういい~フー!」とお茶らけていた。


 ワタシは羽丸さんの顔色が赤く膨れ上がっているのが分かった・・。


 夕暮れ時には、黒部こらーれの企画で、ライトアップされた池で、人体作品の周りを、全身白く塗った暗黒舞踏の人たちが踊っていた。


 不気味なショーを黒部市民が見に来るのかと心配になった。


 近所の農家の夫婦が、軽トラに乗りながら物珍しそうに眺めているのが印象的だった。


 辛うじて第2展示室をゲットできたワタシの作品は、格好をつけた部分を全て削見直し、今の自分を表しているかのような、気取らない表現へと変化していた。


 流木の皮を削ぎ落し白く見せていた表面には、黒部の海の砂を塗り込んだ。


 流木の後方から可愛く飛び出していた二つの星は、流木と繋がっていた鉄棒部をぐにゃりと前方に折り曲げ、鑑賞者の目の前にとびかかるように変形させた。


 流木が荒波に乗って、勢いよく流れ落ちてくるような作品へと変えていた。


 まさに、激動のビダイ時代を生きる自分を表した。


 周りの仲間たちの作品が素晴らしく、ワタシの作品を見ている人はほとんどいなかったが、ワタシは充分満足していた。


 今できることを、自分らしく積み上げていくこと。


 気取らず地味に歩む、飾り気のない自分を見つけた気がした。 


 


 


 


 


 


 


 

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