第39話 破壊とソウゾーの女王

★★

 「あいつ、またぶっ壊したみたいだぜ。」日向井は困った顔をしている。


 あいつとは、後輩のコマちゃんだ。


 コマちゃんの世話係みたいになっていた日向井が、コマちゃんの代わりに助手から叱られたらしい。


 「何で、俺がいつも怒られなきゃいけないの。」日向井は真面目で助手に信頼されていたので、コマちゃんの世話係に充てられていた。


 彫刻科には鉄板や木材を切る高速カッターや、鉄を溶かすガスバーナー、溶接機、FRP(プラスチック)を作るための科学溶剤など様々な道具や材料が所々に置かれていた。

 

 どれも使い方を間違えると、大怪我を負ったり、火事や、場合によっては毒ガスも出る。


 コマちゃんはかなりの不思議ちゃんで、使い方もよく分からない道具を勢いで使い破壊したり、毒ガス騒ぎを起こしたりしていた。


 それを凝りもせず、繰り返すところに、不気味さも併せ持っていた。


 隣で制作していたら、彫刻刀が飛んできたこともあった。



 コマちゃんがいたところは、材料や道具が常に散乱しているのですぐに分かる。


 時間が経つとその場に戻り片付けるのだが、戻ってくるまで1,2週間かかることもあった。


 道具を壊しても「ぐへへ・・しゅみましぇん。」と謝られると、助手も許すしかなかった。


 彼女の行動を修正することはかなり困難で、ほぼマンツーマンで日向井が監視していた。


 ある日、約1年間かけて磨き上げていた先輩の作品を、鉄クズと見間違えて、グラインダーで分解しようとしていたときは、周囲にいた仲間たちも肝を冷やした。


 様々な道具を破壊しながらも、時間をかけて何かしら作っているようなのだが、いつになっても形ができてこないことが特徴の一つだった。


★★

 彫刻科で一番器用な庄村先輩が、コマちゃんの行動を見て気が付いたことがあった。


 「コマちゃんは、超簡単にできることを、超複雑にやろうとしている。」


 「俺なら半日あればできることを、彼女は3週間かけてる。」


 彫刻科は絵画のように、うまくいかなくなったときにパッと消してやり直すことが非常に難しい。


 やり直すときは何週間か前に逆戻りして作り直さないといけない。


 自然と、段取りや構造を重視する制作になっていく。


 段取りの王と呼ばれていた庄村先輩は、段取りよく彫刻をつくり上げることに美学を感じ、どれだけ段取れたかを厳しく己に問うタイプだった。


 コマちゃんと庄村先輩の制作スタイルは正反対だった。


 コマちゃんは破壊と破綻に満ち溢れた存在として、周囲から注目を浴び始めていた。


 この頃、巷では、アクションペインティングや公開制作が流行っていた。


 ワタシは制作風景を他人に見られることはあまり好きではないが、世の中には、見られた方が生き生きとする人もいたようだ。


 アクションペインティングや公開制作も、見ていると何を描こうとしているか、何を作ろうとしているかが途中で何となく分かる。


 人に見せるパフォーマンスなので、妙に時間がかかったり、数時間も見せたのに何もできなかったなどは、基本的には許されない。


 ステージに立ったアイドルが、鼻くそをほじって食べて帰ったら大騒動になる。


 作者の頭の中にはイメージがあり、即興と言っても、予定調和は免れないのだ。


 それは、普段大学で制作しているワタシたちにも同じことが言えた。


 講評会に向けて段取りよく進める。


 教授や講師の反応をどこか意識しながら制作する。


 前回の作品からの継続であり、自分のテーマを意識した範囲で、多少の表現の変化はあるが、大きく変わることはほとんどなかった。


 その現象は、正直に言うと、保守的に成らざるを得ない状況を生んでいた。


★★

 コマちゃんは自分自身が考えているイマジネーションに異常に素直だった。


 彫刻科で1番器用な庄村先輩が、コマちゃんの制作過程がスムーズに行くようにあれこれアドバイスをしても、「しゅみましぇん。わたしゅは違うと思うんしゅ~。」と絶対に受け入れなかった。


 庄村先輩は元暴走族の総長だったこともあり、我々下々は右向け右の関係だった。


 後輩の面倒見がよく、ワタシなんかは、制作過程でかなりのことを教えていただき、助けてもらっていた。


 一生の御恩を感じているくらいだ。


 そんなスーパーヤンキーに向かって、「わたしゅは違うとおもうんでしゅ。」と言ってしまうコマちゃんが怖くなった。


 庄村先輩はまだ20代前半だったが、酸いも甘いの全て経験してきた完全な大人だった。


 「コマちゃんは本物だよ。コマちゃんには敵わない。ああいうこだわりを持って表現を追求している子は凄いんだよ。皆で彼女を全力でサポートしていこうぜ。」と我々舎弟に目に涙を浮かべながら言っていた。


 オームの群れがナウシカを支えるように・・。


 ★

 元総長の庄村先輩が言うのだからと、それ以降は全力でコマちゃんをサポートしていこう、コマちゃんから学ぼうというスタンスになっていった。


 道具が壊れようと、毒ガスを撒かれようと我々は耐え忍んだ。


 日向井は、コマちゃんから頭に石を落とされても、笑って許していた。


 コマちゃんは相変わらず「しゅみましぇん~」と言いながら、何ができるのか全く想像できないハラハラどきどきな公開制作を永遠と続けていた。


★★

 ある日、アトリエの片隅に見たことも無いとても美しい瑠璃色の塊が置いてあった。


 不思議な調合で偶然生まれた、宝石のようだった。


 こんな綺麗なものを作る人がいたかなぁと周囲を見渡すと、コマちゃんがアトリエの隅で寝ていた。


 「これ、コマちゃん作ったの?」と大きな声で聞いた。


 「しょうでしゅ、半年かけて、ようやく考えていた形と色が出ましゅた。」


 昨夜遅くまで、コマちゃんが何かをかき混ぜてると日向井が言っていたが、このことだったか。


 この作品が生まれるまでに費やした時間と労力、壊れていった道具類、傷つきもがき苦しんだ仲間たちの顔がパッと浮かび上がった。


 素晴らしい作品、記憶に残る作品には物語がある。


 その物語を人々は信じ、物語を重ね合わせた作品(モノ)に価値が生まれる。


 そんな物語が生まれた創造の瞬間を、ワタシはコマちゃんの壮絶な公開制作から学ばせてもらった。


 その後、日向井はコマちゃんの監視役を辞退した・・。




 


 


 


 




 

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