第38話 テキトー侍の審美眼

★★

 ワタシは明日の講評会に間に合わせるために、鉄工場てっこうばで閉門ギリギリまで制作をしていた。


 サツマイモ(大サイズ)くらいのボディの先端に直径15cmの円盤がついている、グラインダーという、電動工具を高速回転させ鉄パイプを切っていた。


 しゃがみ込み、下腹部近くで、ギーギー鳴らしながら鉄パイプに高速回転する刃を当てた瞬間、手元が滑った。


 高速回転する刃が一瞬下腹部のズボンを割き、地面に叩きつけられたグラインダーはバウンドしワタシの右太ももを割いた。


 局部に損傷が無かったことに安心したが、右太ももから血が出ていた。


 傷を見ると、絆創膏を5,6枚貼って1週間くらい放っておけば治りそうな傷だったので、彫刻科研究室に絆創膏をもらいに行った。


 研究室では、助手の島さんが野球中継をテレビで見ていた。


 「島さん、絆創膏もらえますか。ちょっとケガしちゃって・・。」


 「何?まだ制作してたの、早く帰れって言っただろ!ケガ?お前はケガが多いな。」


 ワタシはつい先日も、発砲スチロールをノコギリで切っている最中、刃が引っかかり、ノコギリを強引に引っ張った挙句、支えていた自分の左腕をザックリ切ったばかりだった。


 彫刻科の人々はよく知っているが、発砲スチロールは電熱線で溶かしながら切るものであり、ワタシのようにノコギリで切る無謀な者はいない。


 その他にも、溶けた鉄を足の親指にダイレクトに落として火傷を負っていたこともあった。


「お前さ、集中力無いんじゃないの。ヒヤリハットって知ってる?大きな事故の前には小さなミスが繰り返されるってやつ・・。いつか、大きいのやるよ、お前は。」


「ヒマワリフワット?知りません、絆創膏もらえまっすか?」


「相変わらず、お前は人の話聞かねーな。ちょっと傷見せて。」


「わ!こりゃ、やべーやつだ。緊急医行こう。」


 島さんの顔色が急に変わり、島さんの車に乗って近所の緊急医まで行くことになった。


 島さんの駐車はテキトーだった。


 縦に入れるところを横に、しかもひどく曲がって駐車していた。


 「島さん、車、曲がって駐車してますよ。」


 「この方がいいんだよ。」島さんはそんなことどうでもよさそうだった。


 「まぁ、軽く縫っといたから大丈夫でしょう。」と医師。


 予想通り大したことはなく治療は終わった。


 ワタシは股間でなかったことの安心感で、太ももを縫うくらいは何でもなかった。


 島さんは、親しみのある近所の兄さん、親戚の叔父さんタイプの助手だった。


★★

 鋳造の実習日の朝は早い。


 準備をすることが山のようにあり、助手や講師が、学生が来る前に一通り準備をしてくれている。


 ただ、この日は鋳造の岩下先生が異常にイライラしている。


 「岩下先生、今日は一人なんですか、皆で手伝いますよ。」と気を遣って声をかけた。


 「島が来ねぇんだ!あのやろーまたサボりやがった。」


 助手の島さんは愛想がよく、学生からは親しまれていたが、どうやら遅刻が多かったようだ。


 鋳造実習が始まり、イライラしていた岩下先生も話をしているうちに落ち着いてきた。

 

 鋳造の説明が始まったころ、バンダナを妙に深く被った、汚いツナギを着た島さんが学生たちに交じって立っていた。


 今日の岩下先生の怒り具合からして、島さんはクビになるんじゃないかという噂もたっていた。


 その姿に気づいた岩下先生は、ギョロリと大きな目玉を島さんに向けた。


 「島、お前、遅刻は今日で何回目だ!社会人だろ、しっかりしろ!」と学生の前で大きな声で叱った。


 さすがに、学生の前でこんな怒られ方したら、少しはへこむだろうとワタシは思った。


 すると、島さんは「忍法、分身の術!」とお茶らけて、学生が並ぶ隙間からヒョコヒョコ顔を出し始めた。


 ワタシたちは、そんな島さんのかわし方に、思わずあっけにとられてしまった。


 「ごめんなさーい!岩下センセーイ」と妙に明るい。


 「次に遅刻したら、本当にクビだぞ!」と岩下先生も仕方がなく留飲を下げた。


 島さんは、その後の実習でも遅刻を連発していたようだが、持ち前のキャラクターで助手の仕事は続けていた。


 年齢はワタシよりも5~6歳上だったが、妙に肝が据わっていた。


 教授陣の最上先生や加藤先生、他の講師の先生方とも同等、時にはそれ以上の態度で接していた。


 見ているこちらが冷や冷やすることもあり、この人は一体何者なんだろうと思い始めていた。


 もう一人の助手須薄井さんは、テキパキと教授や講師の先生からの指示に従い、的確に働いていた。


 島さんは本当に助手なのかと思ってしまうほど、暇そうにしていた。


 学生とおしゃべりに興じる島さんに「仕事しなくていいんですか。」と聞いたことがあった。


 島さんは「これも仕事だよ、シノブは分かってないね。」と妙に偉そうだった。


 ★★

 アトリエ近くの大便器はワタシと島さんが頻繁に使用していた。


 早朝、トイレ清掃のおばちゃんが綺麗に掃除をしてくれた瞬間、ワタシと島さんの奪い合いになる。


 ワタシはトイレットペーパーホルダーの裏に「島さんこのトイレ使用禁止」と油性ペンで落書きしたことがあった。


 次の日「島さんこのトイレ使用禁止」の「島」が「シノブ」に書き換えられていた。

 

 誰も見るはずがないペーパーホルダーの裏までもチェックする島さんの人間性を垣間見た気がした。


 それからも、島さんのテキトーな仕事ぶりは更に拍車がかかっていた。


 ロン毛にしたと思ったら、額から後頭部を刈り上げ「落ち武者」にした。


 それはそれで恥ずかしくなり、工事現場の赤いコーンを頭に被り、学生が真面目に制作した馬にまたがり、「トナカイはどこじゃー」とふざけていた。


 学生や先生方が真面目になればなるほど、島さんのふざけ頻発頻度が加速した。


 ★★

 ある彫刻展の大きな賞を彫刻科の助手が取ったという記事を雑誌で見つけた。


 エネルギッシュに助手の仕事や制作をしていた須薄井さんだよなぁと思い、名前を見ると島さんの名前が・・。


 作品はボロ屋が崩壊したような形を鋳造で制作したものだった。


 あるべき形が朽ちてゆく様を、自然体で表したような作品。


 人がつくったモノではなく、自然界に身も心も委ねたような魅力が漂っていた。


 まさしく、島さんの生き方そのものが映し出されていた。


 ビダイに通っていると、そこには正解があるのではないかと錯覚する瞬間がある。


 整理整頓、準備万端、目標をもって計画的に進めることが「善」とみなされる現代社会。


 ビダイにもその影響は大きく伸し掛かっていたのだ。


 島さんの「テキトー」さは才能であり、ビダイが失いかけていた美意識を取り戻すべく先駆者のように思えてきた。


 ★

 島さんに、受賞した作品のことを聞いたことがあった。


 「あーあれね、形はテキトーに作って、後は岩下先生にお願いしたんだ~。」


 「いいもんは、偶然生まれるのさ、結局誰が作ったっていいんでしょ。」


 真髄を突いた言葉である。


 ワタシは「何をつくるべきか、自分の個性とは何なんだ。」と自己中心的に考えていた自分が恥ずかしくなった。


 島さんは「自分は切っ掛けになればいいと思っている。俺がテキトーでも、そのテキトーな姿を見た奴が何かそれをヒントに創造すればいいじゃん。オレがオレがが強すぎるんだよ、この彫刻科の連中は・・。」と酒を飲んだときにぼやいていた。


 隣に座っていた岩下先生は、島さんの頭を小突き「偉そうなこと言う前に、ちゃんと仕事しろ!」と突っ込んでいた。




 


 


 


 

 




 


 




 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る