第32話 串田の串刺し① 美術狂育論

 大学の図書館前広場で、大学院の大久保さんは複数の木彫のお面をやぐらに吊るし、ふんどし姿で、櫓の周りを耕運機で回っていた。


 耕運機のカントリーな速度と、意味もなく雄叫びを上げる大久保さんのミスマッチが学生たちの視線を揺るぎないものにしていた。


「彫刻科の人でこんなことする人いたんだぁ~。すげ~な!」


「人体をつくっているだけじゃないんだね。かっこいい!」


「怖い顔が吊るされた櫓の周りをグルグル回るだけだけど、哀愁が漂っていていいんじゃない。」


見物人の学生たちは、それぞれ感じたことを素直に言葉にしていた。


大久保さんの作品は鑑賞者を「子供」にする力があった。


 彫刻科の他の学生は大体が、人体や動物を塑像していたり、鉄パイプで抽象彫刻をつくっていたり、FRPでアニメのキャラクターをつくっていたり、論理的にそれなりの作品解説をし、コンセプチャルアートを気取るものがいたりした。


 大久保さんのような原始的でダイナミックで飛び抜けた奇抜な発想を持っている人はいなかった。


 少し前まで、薄暗いアトリエの片隅でシコシコとデッサンを描いていたこと、少しでもデッサンが上達するように地道にヨビコウに通っていた時期のことを考えると、目の前で起きている現象とのギャップに細い目を無理やり開かされるほどのカルチャーショックを受けた。


★★

 ワタシは教師になる気は全く無かったが、両親から「就職ができないような大学へ行くのだから、せめて教職課程だけはとるんだよ。」と強く釘を刺されていた。


高額な学費を払ってくれている両親の為にも、そこだけは言うことを聞ていた。


いざ講義を受けてみると、性に合っていたのか、教職課程を楽しんでいる自分がいた。


ただ、美術教育論の講義だけは、少し趣が違っていた。


講義の初日、小柄で華奢な串田先生という淑女が講堂に入ってくるやいなや、


「あなたたちは間違ったことを勉強して、この大学に入ってきた。その凝り固まった頭の中をぶっ壊さないと、私は単位をあげません!」とまくし立てた。


「今からその理由を言うからしっかり聞きなさい。」と、串田先生が戦前に尋常小学校で描いた、ノートと鉛筆を模写したスケッチをOHPで見せてくれた。


はっきり言って無茶苦茶上手かった。


他にもプロが描いたような串田先生自身のスケッチを見せながら、


「こんなことしていた時間を返してほしいわ。くだらない!」と自分のスケッチに突っ込みを入れている。


「この中に、こんなくだらない模写やデッサンを今でもやっている人間がいたらすぐに大学をお辞めなさい!」ときりッとした目つきで、学生たちを睨んできた。


 「もうこんな芸術は古いの!腐っているの!ダメなの!」と、ダメな理由を言っているのか、感情で思いをぶちまけているのかがよく分からなかったが、そのエネルギーの高さにただ圧倒された。


 一緒に講義を受けていた村さんは、目を擦りながら「あのおばちゃん、本当のこと言っているね。ビダイの教授たちには絶対に言えないことズバッと言っていて凄いと思うよ。」と眠気が覚めたのか、珍しく興奮していた。


 「100年前と同じようなことを繰り返すだけなんて、なんてもったいない大学生活なことか、それをよく考えて、もっともっと自由になりなさい!考えなさい!」と講義が始まって30分間が経ってもその熱が冷めることはなかった。


 「おれ、やっぱりこのおばさん無理だわ~。」と言って、人体塑像に力を入れていた仲間は途中退席した。


 終いには、石膏デッサンが描かれたコピー用紙を破り、講堂の脇にあったごみ箱に投げ捨てた。


 やり過ぎなのではと学生たちは息を呑んだが、時折見せるいたずらを楽しむ子供のような串田先生の可愛らしい表情を見て、心のどこかで安心していた。


 ★★

 ワタシは新興宗教から脱退させるときの、洗脳の解除方法をどこかの本で読んでいた。

 それは至ってシンプルなやり方だった。


 教祖の写真を潰し破り捨てるのだ。


 たったこれだけ?とその時は思っていたが、いざ自分が同じようなことをされるとその意味が分かった気がした。


 ヨビコウ時代、石膏デッサンを一生懸命に描いた日々は、串田先生の洗脳解除儀礼により、きれいにすっぱりと切ることができたのかもしれない。。


 ただ、ヨビコウで一緒に過ごし励まし合い闘った仲間や講師陣との甘酸っぱい思い出が全否定されているようで、悲しい気持ちになった。


 前進するためには心を鬼にする必要があると、燃え尽き症候群から少し回復してきたワタシは強く思っい始めていた。


★★

 串田先生は、一歩も怯まない。


大学で前衛的な表現をしている学生たちも次から次へと切り捨てた。


「そんな表現、私たちが若い頃に表現し終わっているわ。」とよく言っていた。


 確かに、戦後日本で巻き起こった前衛アートブームの頃の資料を見ると、その過激さと新鮮さは異常なほどだった。


 太陽の塔で有名な岡本太郎を筆頭に、モヒカンで大きな壁にボクシングアートをする篠原有司男、紐にぶら下がり足に絵具をつけてグネグネとアンフォルメアートを牽引する白髪一雄、巨大な偽札をつくり逮捕された赤瀬川源平、ニューヨークでフリーセックスのハプニングを起こし一大アート革命ムーブメントを起こしたた草間彌生・・挙げればキリがないが、日本又は世界にかけて、古い美術への価値観を壊し表現してきた先人たちは山のようにいた。


 そんな時代を見てきた串田先生から、ビダイの学生の制作や作品を見れば稚拙であり軟弱に感じたのだろう。


 串田先生自身も現役前衛アーティストだった。


 串田先生の洗礼を、巷の教育学部では絶対に出会えないであろう巨匠から受けてしまった。


 「美術狂育論」だったと思う。


 しかし、ナマの前衛アーティストの迫力をショック療法的に感じたまではよかったが、では、ワタシはこれから何をつくればいいのだろうかと再び迷走することとなった・・。




 


 



 






 

 




 













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