第27話 偏差値の壁
ワタシが通っていた小学校は変わっていた。
1学期終業式、校長先生から「夏休みは勉強をしてはいけない。ひたすら遊べ。」と言われた。
低学年時代の担任の真面目な女性の先生は慌てて「校長先生は冗談を言っているの!」と学習プリントを山のように配った。
ワタシたちは、校長先生が言っていることの方が正しいと、帰り道、お宮の境内の下、通称ブラックホールに全て放り込んだ。
5,6年の頃は、クラスで田んぼを借り、稲を育てた。
委員会やクラブを自分たちで考え立ち上げ、自由に活動した。
ワタシは体育館の壁に絵を描く、「かべいきいき委員会」を立ち上げ、仲間6人で古い体育館の外の壁にダイナミックに絵を描いた。
夏場、千曲川と犀川の合流する落合橋をゴールに川を下る川下り大会があった。
先輩が立ち上げた「ハンドメイドクラブ」に入り、近くの工場から丸太を分けてもらい、手作り筏で川下り大会に参加した。
格子状に組んだ丸太の四隅にタイヤのチューブを着けただけのシンプルな筏だった。
子どもたちで作った筏が、川下り中、よく転覆しなかったなぁと思う。
先生や親たちの陰のサポートが手厚かったのだろう。
妹たちのクラスはチャボを教室で飼い、どこかのクラスで飼っていた子ブタはよく脱走し、他クラスに乱入していた。
昼休みヤギのお産を皆で見たことは今でもよく覚えている。
教室で飼っていた子ブタがいつの間にかいなくなったと思ったら、屠畜場に出荷したそうだ。
そこまでやることが教育だった。
当時の教師は目がマジだった。
小学校時代はまともに勉強をした記憶がない。
遊びほうけていた記憶が鮮明に残っている。
ある時期は、大概、田んぼにいたか、壁に絵を描いていたか、筏を作っていた。
同時に、少年サッカーチームにも入っていた。
週に3回朝練があり、日も出ぬ3時半ころ起き、自転車を20分くらいこぎ隣町の小学校まで通っていた。
大工さんだった監督はワタシたちより早く、グランドに立っていた。
ワタシはマラドーナと監督しかサッカー選手を知らなかったが、
さわやかサッカー教室(コカ・コーラ提供)で、日本中を巡回していたセルジオ越後氏がブラジルのサッカー選手を連れてミニバンでグランドに現れたときは驚いた。
「相手の股間にボールをぶつけて抜きされ、監督にはリフティングは1万回できると嘘を言え、サッカーは騙し合いだ!」とユーモラスに語り、私たちのさわやかサッカー概念を崩していった。
セルジオ越後のサッカー教本を何冊か持っていたが、本物のブラジルサッカーのどす黒い部分を垣間見、キャプテン翼の「ボールは友達、怖がらなくていいよ」が可愛く思えた。
★
ワタシは朝練の後そのまま自転車で、学校近くの田んぼに行き、作業を済ませてから自宅で朝食を食べ、登校班の仲間と歩いて登校した。
放課後はペンキ缶と刷毛を持ち、壁に絵を描く生活をしていた。
疲労で、学校帰りに田んぼのあぜ道で気を失ったように寝ていたこともよくあった。
それはそれで楽しく、勉強はする暇が無かったが、やろうとも思わず、そのまま小学校を卒業した。
今でもたまに小学校の頃の日記を読むが、我が子たちに見せるのが恥ずかしいくらい、稚拙な文章とひらがなばかりだった。たまに書かれている漢字はほぼ誤字だった。
★
その勢いで中学生になったことで、痛い目に遭った。
基礎学力が全くなかったため、テストはボロボロだった。
もともと、理解が遅いタイプで記憶力が悪く、小5まで引き算ができなかった。
親が心配して小学校時代は公文に通っていたが、苦悶でしかなかった。
黒板でカタカナの「ヲ」がかけず、皆に笑われた。
暗記中心だった定期テストは地獄への前売り券のようだった。
そのころ「偏差値」というフレーズをよく耳にした。
偏差値には高い低いがあるらしい。
ワタシはどうやら偏差値が低いということが分かってきた。
偏差値で人間の価値が決まると、怖がらせる教師や仲間が出てきた。
バブルが崩壊した時代、偏差値と幸せはイコールではないと慰めてくれる教師もいた。
小学校時代、のびのびと自由闊達に生活していたワタシは、急に肩身の狭い生活を強いられることとなった。
★★
ヨビコウでは通知表のようなものがあった。
夏休み前に講師が評価をつけて、面談後に渡してくる。
恐る恐る通知表を開くと、初めに講師たちからの励ましのメッセージがきれいな文字で書かれていた。
「4月から確実に力がついています。努力型の君は、最後まで諦めず前向きにやっていこう!」というようなことが書いてあった。
また、「一年でビダイ合格を決意した君の意欲と有言実行な態度は素晴らしい」とも・・
その言葉はとても嬉しかったが、デッサンの評価を見ると4月から下がっているではないか。
よく見ると評価の横に「偏差値」と書いてあった。
よくなっていると書いてある言葉は嘘なのかと思い、面談室に戻り、講師にダイレクトに質問した。
「よくなっているのは間違いないんだけど、偏差値で言うと、君の周りが更に力をつけているんだよ。だから、教科テストと同じで周囲との相対でみるから君の値は低くなるんだよ。」と言われた。
また「偏差値」か・・と意気消沈した。
偏差値の無い世界に来たつもりだったが、もうしばらくこの「謎の値」と付き合っていかないといけないのかと腹を括った。
きっと偏差値が無くなれば、自分は小学校の頃のように生き返ると思い込んでいた。
偏差値が幅を利かせるのも学生時代だけだろう・・。
美術の世界に偏差値は存在しない。
自分が闘っている場所はヨビコウなんだ。
酔って全裸になったテツさんの言うことも一理あるけど、現状を変える力なんて自分には無い。
「偏差値すらもぶち破る存在になってしまえばいいんだ。」と鬼公園で村さんに話したら、村さんは「ははは・・」と笑っていたが、珍しく親身になってワタシの話を聞いてくれた。
どうやら村さんも「偏差値」で過去に苦労したようだった・・。
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