第25話 真夏の果実
銭湯の帰り道、気分良く立川錦町商店街を歩いていると、電化製品で溢れんばかりの小さな電気屋からウルフルズの「ガッツだぜ」が流れている。
この曲は当時自分のテーマソングみたくなっていて、思わず口ずさんで歩いていた。
仲間とカラオケに行くときも、必ず歌い、とにかく大きな声を出して発散していた。
カラオケの締めは、サザンオールスターズの「真夏の果実」
長野に残した彼女を思いながら熱唱していた。
★★
立体制作で川を流れるリンゴの構成やビルを飲み込む巨大なモモを粘土でつくったワタシは、講評会では珍しく講師陣から褒められた。
「長野って感じがしていいなぁ。リンゴは名産物だもんね。」
「ビルを飲みこむモモかぁ、田舎もんならではの発想力!川中島白桃??知ってるよ!」
「ホームシックになってるんじゃないの?心配だなぁ~」
名だたる彫刻展で受賞を重ねていたベテラン主任の勝間先生からも
「リンゴと川のリズミカルな組み合わせが面白い!さすが、ナガノボーイ!モモおいしそうだね~」
ちょっとおちょくられてる感は否めなかったが、褒められることは悪くない。
周囲の仲間たちからは「自己満足してるね~、一生分褒められたからもう終わりだね。」と茶化された。
「たまにはこういう日があってもいいだろう。今日は俺の日だ!」と言ってやった。
ヨビコウに入って、半年が過ぎたこともあり、講師陣からのお情けもあったのかもしれない。
周囲の言う通り、その後褒められることはほとんど無くなった。
★★
コバさん村さんとワタシで定期的に深夜デッサン会を開いていた。
講評会の際、少しでも上段に食い込み這い上がれるようにと企画した。
3人の家をローテーションで回り、3人の内1人をモデルに決め朝方まで描いた。
若いからこそできることである。
村さんの家は割と広く、壁にはどこかの飲み屋で剥がしてきたかのようなCoCo(アイドルグループ)のポスターが貼ってあった。
素朴な感じだったが、村さんらしく、中古の小棚や誰かのお土産が丁寧に並べてあった。
ヨビコウセイらしく、スケッチブックや美術書が本棚には並んでいた。
コバさんの家は特殊だった。
テーブルとイスが部屋の中央に置いてあり、押し入れの中には白く薄い布団一枚と本が山のように積んであった。
ガスコンロの上には鍋が一つ置いてあるだけ。
「コバさん、モノはこれだけなの?」
「そうや、いるもんしか置いとらん。」
「センター試験の勉強するときは、この机でやる。椅子がないと集中できひんから椅子には座る。」
「寝るときはこの布団一枚、そして眠くなるまで本を読む。」
今でいう超ミニマル生活だ。生活感がゼロである。
「さすが、時代の先端を走るコバさん」と言ってみたが、
必要のないものを極端に排除するコバさんの人格を少し心配した。
ワタシの部屋は物で溢れかえっていた。
生活感に満ち溢れていた。
生活を大切にする性格は今につながっている。
4畳半しかないので、ワタシの家でデッサン会をやるときは、持ち物を全て小さな押し入れに詰め込んだ。
この日はワタシの家でデッサン会をやることになり、講評会でいい気になったワタシは調子こいてヌードモデルをやろうと2人に提案した。
ガストで夕飯を済ませ、実家から送られてきた桃に噛り付きながら息巻いた。
酒も入っていた3人は声が大きくなり始めていた。
その中でも元々大きかったコバさんの声が更に大きくなり、
近所から「うるせー」と何度も注意が入ったが、お構いなしで声は大きくなっていった。
興奮したコバさんが「UNOで負けた奴は眉毛を剃ってヌードになろう」と提案してきた。
ワタシは少し躊躇したが、ヌードデッサンの言い出しっぺだったので、皆でUNOから始めた。
結局3人とも眉毛を剃り、ヌードデッサン大会が始まった。
深夜3時ころ、眉毛の無くなった3人は、酒も抜けデッサンに集中しだした。
真夏の夜、エアコンも扇風機もない4畳半の部屋に、裸の男たち3人が寄り添って汗だくで絵を描いている様は多分気持ちが悪い光景だったろう。
変なポーズをしているワタシは異様さを醸し出していた。
突然「ガチャガチャ」とドアノブから音が聞こえた。
急にカギを開けドアが開く瞬間、男3人はビビッた。
ドアの隙間から出てきた顔は、初めは誰だか分からなかったが、よく見ると長野のワタシの彼女だった。
わけのわからない状況に、4人は凍り付いた。
看護学生だった彼女は、抜き打ちでワタシの部屋にいきなり来ることがしばしばあった。
ワタシが変なことをしていないかチェックするためだった。
彼女はお土産に持ってきた、ビニールに入れたモモを玄関に雑に置いて階段を降りて行った。
モモは彼女を追いかけるように、階段をリズミカルに転がり落ちていった。
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