第22話 エリート講師陣

ヌードデッサンに夢中になる人々を見つめていると、


入り口の喫煙所にいた、背が小さくおかっぱ頭の草間彌生風な目つきの鋭い女性がタバコをふかせながら


「あなた新入り?どこから来たの?」と聞いてくる。


「はい、長野です。」


「ふ~ん、何そこでつったてんの?早く描けばいいじゃん。」


この人もつっけんどうだ。


新入りに対するものの言い方が冷たい。


すると髭もじゃの見るからに年上のオーバーオールを着た男が


「ねーさん、相変わらずキツイね、新人なんだから優しくしようよ。」


「だって、こういう田舎もん才能が無さそうでムカつくんだよ。」


ワタシは驚いた。初対面でそこまで言うかと。


オーバーオールの男は「まぁまぁ、いいから、君、さっさとアトリエに入りな。ねーさん機嫌が悪いから。」


ワタシはデッサンをしているイーゼルでごちゃごちゃした中に入り込み、端に置いてあったイーゼルと椅子を持ち後ろの方に適当に座った。


一応持ってきていた、木炭紙と木炭を出し、ヌードを描き始めた。


★★


ガコンと扉が開く音と共に、講師らしき人が二人入ってきた。


若いストレートヘアのメーテルのような女性と、水木しげるの漫画に出てきそうなサラリーマン風の男性。


「やあ、きみか、新入りは」


「は、はい、よろしくお願いします。」


「君、目がエロし、犯罪おかしそうだね。」


サラリーマン風の講師は機嫌がよさそうだったが、ワタシは笑えなかった。


メーテル風の講師は生徒のデッサンを隈なく見ながら、指導を入れている。


メーテルはワタシのところにもやってきた。


「はじめまして。君は、アイちゃんっていう天才チンパンジーを知ってる?京都大学の研究所にいるらしんだけど、アイちゃんは人間の3歳と同じ知能を持っているそうよ。だけど、ある実験を行ったら人間にはあってチンパンジーには無いものが分かったんだって。分かる?」


メーテルから出るような話題ではないとワタシの脳が勝手に判断し、話の筋が理解できず、「分からないっす」と答えることで精一杯だった。


「顔の輪郭を描いたものを床に置いとくでしょ、アイちゃんはクレヨンでそこになぐり描きすることが精一杯だったんだけど、人間の3歳児はそこに目鼻口耳髪の毛を描いたんだって。人間にしかないもの、それは無いものを補う力、創造力なんだよ。」


「この世にないものを見つけ、生み出す行為が君には求められているんだよ。」


「自らイーゼルを立てて、描く姿とそのやる気、君は大作家になる予感がするよ。何てね、私は新人には皆同じ事を言っているのです。」


出入口の草間彌生風の怖い人に言われてこうしているとは言えなかった。


ここは何かの新興宗教なのかと錯覚するほど、組織的な飴と鞭が激しかった。


★★

ワタシと同じように新人として何人かがその後やってきた。


新人と言っても、年齢はバラバラ、ワタシのように1浪目もいれば2浪、3浪、よく分からない浪が狭いアトリエの中に押し込まれた。


東京には大手のビダイヨビコウがある。


ここ、立川ヨビコウは、小規模でアットホームであることが売りなようだ。


講師陣も一人ひとりきめ細かく指導してくれる。


講師と言っても皆若手のアーティストたちであり、現役大学生や院生もいる。


ビダイやゲイダイの難関を突破したエリート講師なのだ。


1年間、ヨビコウに通ったが、制作したデッサンや造形物を褒められることはほとんどなかった。


ワタシの稚拙な表現力で受験を突破できるよに、地道な指導を受けた。


指導と言っても、手取り足取りではなく、とりあえず描いたものにケチをつけ、何度も何度も対象物と自分の絵を見比べさせ、自分で気づかせるやり方だった。


1日、2日かけて描いた木炭デッサンを布でパサッと消されることはよくあった。


デッサンはどれだけ客観的になれるか、思い込みや概念を払拭し素直に描けるかが大切だった。


概念や思い込みに満ち溢れていた自分のデッサンは消されても当然であり、エリート講師の粘り強い指導により、半年が過ぎるころには、多少素直に描けるようになってきていた。


夏期講習でやってくる高校生のデッサンを見ると自分の成長が少しばかり感じられた。


草間彌生風の先輩も、相変わらず厳しいことを言ってきたし、織田無道のような坊主で髭もじゃの同級生も「君の絵は概念的過ぎるとよく忠告してくれた。」


絵を描いて貶された経験はここに来るまでほとんど無かった。


ここでは、貶されることが、本当の自分を見つけるための近道だということを理解し始めてきた。


ヨビコウで絵の描き方を教わったことは無いが、謙虚に素直に自分と対峙する方法は沁みついたんじゃないかと思う。


★★

一週間に一度講評会があり、評価が高い順にデッサンを壁に並べられる。


壁には画板を置く取っ掛かりがついていて、それが3段になっている。


ワタシの絵は一番下の右隅が定位置だった。


多浪生は上段左隅を占拠していた。


いつも下段右隅に集められるメンバーが大体決まってきた。


そのメンバーはこのBコースアトリエ内のヒエラルキーでは最下層であり、自然と仲がよくなっていく。


地方出身者というアドバンテージもあり、その後ヨビコウ時代を潤わせる仲間となっていった。















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