第2章

ビダイを彩る奇才たち 

第21話 ヨビコウとの出会い

★★

ワタシがビダイを目指し上京し、ヨビコウ、ビダイ時代を過ごしたのは1996年~2000年の5年間である。


世の中はバブルが崩壊し、景気が徐々に冷え込み、今でいう就職氷河期の時代が始まる。


新規求人倍率はバブル期は1.4倍、1998年に 0.9 まで下がっていた。


ワタシの10歳上の世代の人々は、就活はどこでも受ければ複数受かる時代だったとよく言っていた。


ビダイセイは就職しない、就職活動という概念がない、求人広告は存在しないと聞いていたが、実際本当に無かった。


一般的な世間では、新卒者が困難な就職活動を強いられ、フリーターや派遣労働といった社会保険の無い非正規雇用になる若者が増加していたようだ。


確かにワタシの周辺でフリータになった人が多かった気がする。


ワタシも大学4年の春までは卒業後フリーターで過ごしていくものだと思っていた。


ワタシが高校生の頃は、父親はサラリーマンを辞めて治療院を開業していたため、バブル崩壊の煽りを食うことはそれほど無かった。


「土地価が下がるらしい」という噂で、土地価格が急落し、株の暴落とともに不良債権が生まれ、名のある銀行が倒産したという作話みたいなニュースが連日テレビで報道されていた。


バブルの旨味も全く知らない、父親の安月給で過ごしてきたワタシは、他人事でしかなった。


ジュリアナ東京で踊り狂うボディコン姿の女性や、高級そうなシャンパンをラッパ飲みして周囲の若い女性にお金をばらまく若社長、高級外車や自家用ジェット機を何台も持ち自慢する人たち・・


バブルの象徴として情報番組で映し出されていたが、ワタシの周囲にはそんな大人たちはいなかった。


8時だよ全員集合


たけしの元気がでるテレビ


おれたちひょうきん族


みなさんのおかげです


を見て育ったワタシは「大人になることはふざけること」とそちらの刷り込みのほうが大きかった。


身近な大人たちは、日々の生活で精一杯な感じだった。


第1章でも書いたが、札束を持ち歩く中学生はいたが・・。


世の中はお金で全て解決できる、お金があればいい人生という情報を無意識で受け取ってはいたが、それが人生の全てでは無いことは、親や周辺の大人の生き方を見ていると理解していたつもりである。


★★


高校3年春サッカー部を引退して、進路を考えているときに、教育実習生の百田さんと出会った。


百田さんと出会う前までは、ワタシは高卒で働けばいいかなと単純に考えていた。


百田さんは現役ビダイセイであり、ワタシが文化祭でアーチに描いたイラストを見て、ビダイを進めてくれた。


「天性の色彩感覚がある」と百田さんは褒めてくれた。


幼少期から漫画やイラストを描くことは自分の特性と自負していたため、ビダイという選択肢が自分の中で大きく膨らんでいることははっきり感じた。


両親には、将来が不透明な美術の世界はあまり勧められないと言われ、学費の面でも難しさはあった。


父親は若い頃、定時制高校に通いながら美術部に時々顔を出していたり、染色の仕事がしたく東京に行こうと考えていた時期があったとのことで、共感をしてくれビダイ受験を認めてくれた。


長野のビダイヨビコウに3か月程通い、ビダイを受験したが全て落ちた。


そして、東京立川のヨビコウの門を叩いた。


はきはきとした受付のお姉さんが、彫刻学科の場所を教えてくれた。


薄暗い雑居ビルの中を進み、鉄の重い扉を恐る恐る開けた。


帽子を被った男性がデッサンをしている。


ワタシは緊張のあまり小上がりの前で立っていると、


「立ってないで、動けば!」とつっけんどうに言われた。


「えっ!これが東京に住む叔父さんが言っていた都会の荒波?」と感じた。


「もっと優しく言ってくれてもいいじゃないか。」と内心思ったが、


気弱に「はい分かりました」とドアを出た。


すると、目の前にぱっと見、海賊のようないで立ちの男性が怖い顔をしてこちらを見ていた。


「こんにちは、あなたはペニスをつくったことありますか?」と屈託のない笑顔でいきなり聞いてくる。


ひげもじゃで長髪、赤い謎のバンダナを巻くその人は、彫刻科の講師だった。


「ペニス?はつくったことはありません」と普通に答え、


これも都会の荒波、洗礼なのだろうと直感した。


その後もニコニコと海賊のような講師は


「君、痩せているけど、ごはん食べてる?あづさ荘に住んでるの?」


「ぼくはお酒がすきなんだあ。あづさ荘に住むとしばらく合格しないんだよ。」


とワタシを気遣ってくれる優しい方だった。


あづさ荘に住むと合格しないという言葉にはひっかかったが・・


受付に行ったとき、立川ヨビコウの学長と話をした。


学長は「あづさ荘は本当にボロいが、そこに住む人は大概成功する」とワタシを励ましてくれた。「合格する」とは言っていなかった。


合格イコール成功ではないことを、学長と海賊講師に言われていたのかもしれない。


海賊講師は一度ドアを閉めたアトリエのもう一つ下の地下アトリエにワタシを案内してくれた。


「君はBコースだから、ここで頑張ってね。体に気をつけてね。」


風貌は恐ろしいが、心から優しい人なんだなぁと感じた。


初めに訪れたアトリエはAコースであり、ピリピリしていた帽子を被った男性はゲイダイ受験に落ちたばかりのヨビコウセイだったことが後で分かった。


Bコースのアトリエには20人くらいの人が、真剣な表情をして若いヌードモデルをデッサンしていた。


ドアの前には数人、怖い顔をしてタバコをふかしていた。


割りと男性が多く、髭をたくわえている率が高く、海賊の世界に放り込まれた気がした。







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