第20話 謎のオブジェ誕生
★★
1か月間の野外展が終了し、上部にぽっかりと穴の開いた全長5mの作品は、彫刻科棟にある通称死体置き場には入らず、作品でぎゅうぎゅう詰めになっていたその脇にゴロンと置いてあった。
作品の上でムサネコがよく昼寝をしていた。
関西弁を使う滋賀県出身の調子のよいコバさんは、現代美術の難しい話をしながら作品の上に座り込み、尻でゴロゴロ揺すりながらタバコをプカプカ吸っていた。
★
1998年11月上旬
実家の父親から「駐車場に作品を設置するために穴を掘っている」と連絡がきた。
仕事の合間をぬって硬い土をスコップ一本で2m程掘ってくれたようだ。
残暑厳しい中、汗だくになって穴を掘る父親の写真が送られてきた。
本来、野外展で展示した作品は、産業廃棄物として廃棄する人がほとんどである。
講評会であまりいいことを言われないので、感性の鋭いビダイセイは傷つき、自分と作品を責め、二度と見たくないとブルーシートをかける。
ワタシは「たまたま」違った。
たまたまとは、ワタシがよく使う言葉である。
特に強い意思があるわけではないが、その場の状況や環境で周囲の人とは一味違う判断をするときに「たまたま」が出てくる。
幼い頃に処世術として身に付けた、照れ隠しかもしれない。
今は評価されていないが、きっと何かの役にたつはず、いつか日の目を見るはずと考えていた。
周囲の仲間からは、「公募展で受賞したとか、高い評価を得た作品のほうがいいんじゃないの」と言われた。
田舎の治療院の看板的存在でもいい。
作品を見た人に、何か想像してもらえればいいじゃないか。
不出来な自分の作品と長く付き合ってみようじゃないか。
そう、不出来な自分と常に向き合うことが、自由に生きるために大切なんじゃないか、アートに携わるためには必要なんじゃないかと・・
それは、村山槐多の立小便画や、ワタシにアートの本質を教えてくれた同級生や仲間たち、これまでの多くの出来事からもそう・・
ダメな自分を見つめ、その一歩先に本当の表現が見つかるかもしれない。
★★
秋も深まる11月、4tトラックで作品を実家まで運び、クレーンで吊りながら、父親が掘った穴に土台を埋め込んだ。
建設関係の仕事をしていた従兄が、土台と穴にコンクリートを流し込んでくれた。
暗闇の中、投光器の光で浮かび上がった作品は不気味さを演出していた。
目の不自由な父親は、その不気味な物体が見えてはいなかったが、大喜びしていた。
★★
あくる日、近所でちょっとした騒ぎになった。
昨日まで無かったものが、不気味な存在感を放ち、治療院の駐車場にあるではないか。
「何ですかこれは!気味悪い」
「ちょっと場違いじゃないんですか」
「ここには、いらないんじゃないの?」
「凄い!けど、何のため?」
「わー面白いカタチ、恐竜か何かですか?」
近所の人々からの素朴な疑問や質問が飛んできた。
近所の子供たちは、本能的に遊具と思い作品に登ろうとしていたが、登ることは難しい。
駐車場前は公道なので、車を停めて写真を撮る人、まじまじと眺めている人様々だった。
裏山には茶臼山恐竜園というFRPでつくった太古の恐竜群が存在していた。
ワタシも子供の頃、よく父親に連れていかれた。
恐竜写生大会にも参加したことがある。
あまりにも大きい恐竜を選び形が捉えられず、途中から父親に描いてもらった。
その絵は入選し、賞状をもらった。
治療院に設置した作品は、恐竜園や父親へのオマージュ・リスペクトとも言える。
恐竜園のモニュメントに関係する何かと思われていても間違いではない。
ただ、制作していたときに恐竜園の恐竜を想像したことは一度も無かった。
どちらかというと、アトリエ横で飼っていた鶏のトサカからインスパイアされた部分がある。
★
日に日に、多くの人々の目に触れるうちにいつの間にか、
「謎のオブジェ」という愛称がついた。
新聞やテレビなどのメディアで取り上げられることも多く、注目が集まった。
治療院の駐車場にあるので「指圧をする親指の形」
茶臼山動物園に近いので「キリンの餌箱」
ボルダリングの壁、カバ、うんこ、海老天、靴下等々・・見る人の想像力を刺激した。
結局、形としては上部に穴が開いてる、中部から下部にかけて、ボコボコとしたヒレのような物がついているだけである。色は全体に山吹色が塗られている。
どこかの造形作家さんからは「形としては面白くも何とも無い」と酷評された。
身体、心と体、表と裏
生と死
生き物をシンプルに見れば一つの管である
洞窟や穴、暗闇にみる神秘さ
深夜アルバイトで精神を崩し、発狂する自己像
人類の自然への反発
様々なキーワードが頭をかすめ、言葉にしようと何度も試みたが、ダメだった。
実際はよく分からないのである。
熱に浮かされ、精神を崩した1998年だからこそつくれた物体であること。
それは動かぬ真実である。
「謎のオブジェ」とは素晴らしいネーミングである。
★★
数年経ち、夕暮れ時にコンビニへ行こうと駐車場に出ると、ビダイの野外展で展示したときに出会った白髪のご老人が、謎のオブジェの前にいた。
よく見るとその時の老人とは違った。
「この作品はどこかの巨匠がつくったのか。」
「ワタシが学生の頃つくりました。」
「君か、まだ若いな、これは永遠に残るものだね。傑作だよ。」
「あ、ありがとうございます!」
「作者の悪いところが全て表現されているよ。面白い。」
「見る人が見れば、分かっちゃうんですね。恥ずかしいです。」
「でも、今の自分に、この恥ずかしいものをつくれと言われても難しいですね。」
「そうじゃな。彫刻は人生の一部を切り取る瞬間芸術だからな。」
「その時にしかつくれないから貴重なんじゃ。」
そう言い残し去っていった。
陽が沈み、12月の寒い夜が始まった。
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