第19話 パンドラの暗い穴

キッド・アイ・ラックギャラリー内は照明が薄暗く、鳥居先輩らの展示された作品がぼんやりとしか見えなかった。


「舞踏のパイオニア的な存在、大野一雄、土方巽らの暗黒舞踏のような雰囲気があるギャラリーだね。」


「全身白塗りのおじさんたちが、スローリーな動作で不気味な動きをする感じかな。」


鳥居先輩はワタシに分かりやすいように、受付にある村山槐多のパンフレット横に置いてあった暗黒舞踏会の写真集を見ながら説明してくれた。


鳥居先輩が薄暗いギャラリー内でふざけて舞う姿は、洞窟で彷徨う精霊のように見えた。


暗闇で表現することは、サピエンス(人間)の原点回帰なのだろうか。


ラスコーの洞窟画へのオマージュか。


★★

ワタシの長野の実家近くの山に、洞窟があった。


正確に言うと、洞窟ではなく、人為的に掘られた地下壕だ。


幼い頃は、金網で閉ざされた穴の奥底に何がいるのだろうかと、想像を膨らませたものだ。


後々、その地下壕は戦時中に本土決戦を想定し、長野松代への皇居、大本営、その他重要政府機関の移転のための跡であったと知った。


朝鮮人約25万人と日本人約45万人(のべ数)が労働にあたり、皆神山(みなかみやま)、象山(ぞうざん)に碁盤の目のように掘り抜かれ、その延長は約10キロメートル余りに及んでいる。


なぜ、長野松代が選ばれたのか。


近くに長野飛行場(現在は無い)がある。固い岩盤で掘削に適し、10t爆弾にも耐える。長野県の人は心が純朴で秘密が守られる。信州は神州に通じ、品格もある。松代に縁起の良い、松という文字が含まれていた。


という話は当時の社会科教師から教わった。


朝鮮人を拉致監禁し、強制労働を強いた。


朝鮮人が希望して、労働に来た。賃金をもらっていた。


朝鮮人の家族が無理やり引き裂かれた。


朝鮮人は単身赴任的に労働に来ていた。


待遇は日本人よりよかった。


ハッパ(ダイナマイト)で岩を砕くときに朝鮮人の少年が任され、何人も犠牲になった。


何万人も栄養失調や日本人からの体罰、暴力で亡くなった。


朝鮮人は体力があり、亡くなった数は日本人の方が多かった。


危険な仕事は日本人が行った。


朝鮮人と日本人は仲がよく、松代の農民と畑を作ったり、学校へ通ったり、結婚したものもいた。


情報は様々であり、真実はよく分からない。


ただ、あれだけの規模の工事は、人種や思想を超越した何かがないとできないのではないかと感じる。


★★

中学生の頃、平和教育の一環として、金網で閉ざされた地下壕にクラスメイトと何回か入った。


オレンジ色の電球が不規則に並び、地下壕内は真夏にも関わらずひんやり寒気がする。


粗く削られた壁を見ていると、ハングル文字で何かが書かれていたり、金属棒が、壁に突き刺さっていたりする。


見学ができるのは100mくらいだが、全長10kmにも及ぶこの穴の中には何があるのだろうか。


一緒にいた女子生徒は、奥からうめき声が聞こえると言っていた。


地下壕の中には、労働者の何がか漂っていることは間違いなく感じる。


何も知らない中学生のワタシは、日本が戦争に負けていく様を知りながら、袋小路、逃げ場を死に物狂いでつくる人間の姿を想像すると、その途轍もないエネルギーに恐ろしさを感じた。


皆神山の北向かいには、日本神話にある、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩屋に隠れ、無双の神力をもった天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)が天の岩戸を開き、天照大神を導いたと言われる戸隠奥社がある。


隠れる前に、戦争が終わってよかったのかもしれない。


もし隠れていたなら、米版アメノタヂカラオノミコトによって、長野市にも原子爆弾が落とされていた可能性はある。


神話はサピエンス(人間)が生み出した妄想でしかない。


人は追い込まれると、集団妄想(神話)に引っ張られる。


暗い穴の中には、原始からの本能が眠っている。


人間は洞窟に戻ってはいけない。


パンドラの箱には戻れないのだ。


★★

長野県民でも、松代大本営の存在を知らない人は沢山いる。


ワタシはたまたま、平和教育に力を入れていた社会科教師と出会ったため、学ぶことができたが、普通の中学生は教科書にも載らないこの事実を知ることはない。


真実は闇に葬られようとしている。




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