第18話 キッド・グット・ラック
深夜アルバイトで睡眠時間が削られ、精神に不調がきた。
先輩の鳥居さんが、個展をやるので制作を手伝ってくれと言ってきた。
鳥居先輩は制作意欲が貪欲で、当時流行り始めていた都心ギャラリーで個展をするようなやり手だった。
今回の個展は世田谷にあるキッド・グットラック・ギャラリーという舞台芸術的な表現を見せるギャラリーだった。
朝方までアルバイトで疲弊し、大学の講義を受け、夕方からアルバイトの時間まで、銅でつくられた作品をグラインダーでひたすら磨いていた。
村さんも一緒に磨いていた。
作品を搬入する日、鳥居さんと一緒に展示をする富田さんもいたため、ワタシはトラックの荷台に作品と共に乗せられた。
鳥居さんと富田さんは荷台で大丈夫?と心配してくれたが、
小平市から世田谷まで大して時間はかからないだろうと甘く見積もっていた。
アルバイトで精神を狂わせていたワタシは正常な判断ができていなかった。
三鷹を過ぎたあたりから尿意が沸き起こった。
これは絶対にまずいと本能的に感じたワタシは荷台から運転席が見えるガラス越しから勢いよく叩いた。
鳥居さんと富田さんは楽しそうに話をしている。
こっちの緊急性には全く気が付かない。
これは・・これは・・・まずいと思い、
限界が来る前にトラックのホロの隙間から放出した。
小学校時代の過激なしみちゃんを思い出した。
しみちゃんのように文字を書くほど余裕はなかった。
★★
キッド・アイラック・ギャラリーに着くと、受付に、立ち小便をする絵が描かれたパンフレッドが置いてあった。
ここは岡島一郎氏が立ち上げたギャラリーであり、岡島一郎氏と言えば長野県上田に鬼才村山 槐多や、明治大正期に活躍した夭折画家の作品を中心に展示した、信濃デッサン館、槐多庵、そして、戦没画学生の絵を収集し展示した無言館の館長である。
パンフレッドにあった村山槐多の「尿する裸僧」(1915年)は信濃デッサン館に展示されていたものだった。
ワタシが放尿する際は、合掌はできなかった。
尿する裸僧は合掌している。
しみちゃん、村山槐多から「お前はやれることをただやっただけなんじゃないか」と説教されている気持ちになった。
「そこに表現はあったのか!」
睡眠不足から精神に不調をきたしているなんて、そのときには考えもしなかった。
鳥居さんと富田さんは、窪島さんと親しげに話しをしている。
将来あるアーティストだと感じているのだろう。
現に、その二人はその後若手の中でもとび抜けた表現者となっていく。
窪島さんとも話せず、村山槐多の立小便を見つめる暗いワタシは、表現の世界から追い出される人生が始まった。
「キッド・グットラック」と槐多は微笑んでいた。
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