第15話 魔の評論会
★★
秋になると、彫刻学科の有志が集まり近所の小平公園で彫刻展を行う。
公園へ下見に行ったとき、中央噴水広場の池にボロボロになったワタシの財布が沈んでいた。
沈んでいた財布のあまりにも惨めな様子から、自己投影しただけなのかもしれない。
ワタシをもてあそんだ作品は、この公園に展示するために制作したものだ。
少し丘になっている場所を選び、彫刻展の実行委員長秋沢さんに申し出た。
「そんな薄暗いところでいいの?」
「君の作品は大きい(縦5m)からもっと目立つところがいいんじゃないか」
ワタシも少し心が揺れたが、やっぱり薄暗くても神秘的な雰囲気のあるここに設置したいと思った。
そのころ、現代美術、コンセプチャルアートが主流になっていた。
簡単に言うと、意味がないただの抽象彫刻は論外ということだ。
ワタシは意味のない抽象彫刻を必死につくっていた。
概念的なアートを追い求める同級生や先輩たちからは冷ややかな目で見られていた。
「落書きした絵がそのまま立体になれば面白いはず!」と息巻いていたワタシに共感する者は一人もいなかった。
時代というのはそういうことだ。
ワタシの作品を素通りする教授や講師たちからは「これがどうしたの」といったものだった。
彫刻展が始まり、秋風が吹き始めた10月の朝早く、ワタシの作品を写真に撮ろうと公園に原付バイクで飛んでいった。
初めてつくった作品が公園に1か月も展示されるなんて、至上の喜びだった。
興奮状態がしばらく続いた。
大きな作品だったので、設置するのに苦労した。
プロ顔負けの設置のプロ小口さんを中心に、先輩方や仲間が一生懸命に手助けしてくれた。
普段は作品の評価に厳しい仲間も、設置するときは身を粉にして協力してくれる。
とても有難く、大切な存在だった。
そんなこともあり、特別な思いが詰まった作品だった。
ワタシの作品の前に白髪のご老人が立っていた。
「おはようございます!」
「おお、この作品を制作したのは君か?」
「そ、そうなんです。どうですか。」
「う~ん、そんなによくはないね。」
「あ、そうですか、でも見入ってくださっていますね。嬉しいです。」
「そう、よくはないんだけど、見ちゃうんだよ、これ・・」
「え!ってことはお気に入りなんじゃないんですか?」
「いや、ダメだ、こんな作品つくってたら、将来はないぞ!」
「あ~そうなんですね。でもこんなよくない作品に感想をありがとうございます!」
「君は、ビダイだよね。ビダイ出てもいいことないよ。でも、楽しいけどね。」
何だかよく分からないことを言い残し、その老人は去った。
★★
そして、魔の講評会がスタートした。
一人ひとり作品のコンセプトを話し、そのコンセプトについて、作品を前に様々な追求が始まる。
傍から見るといじめているのではないかというくらい、キツイことを言う人がいる。
ワタシの番が来た。緊張して目がキョロキョロしていた。
「この時代にこんな作品は根本的にありえない」
「でかければいいという感じに見えて、嫌悪感しか残らない」
「何しにビダイに入ったのって考えちゃう作品」
「色や形がショボくて、考えてませんがグングン伝わってくる」
「苦労して作りました感、半端ない」
皆さん、普段は滅茶苦茶いい人たちです。
作品を前にすると人が変わってしまうだけなんです。
有難きお言葉をいただきつつ、心の中では
「今は低評価だけど、数十年後はどうなるか分からない」
かもなと考えていた。
人は思考やロジックから抜け出せなくなる弱点がある。
頭のいい人に多いが、それらしい理屈をこねているうちに大事なことを見失う。
いくら考えても、どうあがいても、ワタシたちは死ぬ。
ワタシたちは自分のことを理解しているつもりで、ほとんど理解していない。
他者に対しても同じで、理解を求めようとしてもそもそも無理なのである。
芸術で成功している人たちは、本人の努力や勉強の成果ももちろんあるが、もっと複合的で説明のつかない世界に押し込まれ、スターとして世に押し出される。
うまく波に乗れたからといって成功する訳でもなく、深海に沈んだことで、珍魚となりすくい出されることもある。
人間の深い深い興味関心好奇心の奇怪な歯車に時折挟まるか否かなのである。
そこには、現代美術もコンセプチャルもあってないようなもんだ。
時代やそのときの人間の欲に左右される。
ただそれだけなのである。
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