第9話 自分喪失

以前、ふざけて髪の毛を封筒に入れて彼女に送ったことがあった。


変な自分を演出しないと、ビジュツ大学ではやっていけないと思い込んでいた。


そのため、彼女は俺のいたずらかと思っていたようだ。


今回の財布は違う。


ワタシではない。


でもワタシなのか。


警察に「お前やってないかもしれないけど、やったって言っちゃいなよ」そんなことあるわけねーだろと思っていても、自分の記憶も正しいのかよく分からなくなる。


大学内では再び盗難が多発した。


盗難世代だから仕方がない。


しかし、ワタシの物は一切盗難されることはなかった。


同級生が劇薬が入っていた缶ジュースを飲み救急車で運ばれた。

毒薬世代でもある。


優秀な近所の先輩が、なぜか毒入りジュースを高校の校内に置き、夕方のニュースで全国放送をされていた。


優秀も困ったもんだなぁと、成績が下がる一方のワタシはその放送を母親と見つめていた。


警察が入ったが、証拠が見当たらずしばらく校内は閉鎖された。


★★

新興宗教に高学歴の多くの若者が入信した。


世間を不安のどん底に陥れた事件があった。


社会は不確定要素で満ち溢れている。


エリートコースを純粋にまっしぐらに走り社会に出てみたら、上司や同僚、仕事の関係者の中に魑魅魍魎がのさばっていた。


自分の存在価値を見失い、自信を失くした。


そんなときに、修行によりステージが上がる新興宗教に魅力を感じ、身を投じてしまったようだ。


そこから先は毒薬世代の発想である。


自分たちが正義で、世の中は悪である。


悪い人たちを懲らしめても、それは悪ではない。


中国の思想家荘子は、善も悪も人間が勝手に決めたこと。


「善は悪になるし、悪は善にもなる。」と言っていた。


毒薬をばらまく前に、荘子の思想を学んでほしかった。


日本には哲学の授業がない。


哲学は科学的ではないので、実証ができない。


科学立国を目指していた日本にはいらないものだった。


今日の若者の苦しみを見れば、哲学が必要であると感じずにはいられないだろう。


哲学は万能ではないが、特効薬にはなるかもしれない。


人間は知らぬ間に生まれ知らぬ間に死んでいく。


ワタシがいなくなっても、困るのは家族だけ。


家族も次第にワタシを忘れていく。


それこそが、生命の営みであり自然の摂理であるのだ。


★★

人のものをとることは盗みである。


では、盗みは犯罪なのか。


人間は盗み盗まれを繰り返しここまで来た。


自分の物であることは誰がどう証明できるのか。


自分のものであると信じているものは、本当に自分の物なのか。


自分の体すら、自分の物であるか否かはよく分からない。


親からもらったものであり、もらったものを自分の物のようにして生きているだけ。


人間は自分という思い込みがないと生きていくうえで不自由があるから、無理やり自分は自分だと信じる。


だけど、そんな自分は本当はどこにもいないことに気づいていない。


気づいたらまずいんじゃないかと思っているのかもしれない。









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