第8話 奇妙な財布と価値観
ワタシの頭はぐるぐる回り始めた。
あの日、財布を落として・・誰かに命を救われ・・周辺の物が無くなる日々・・
「何で彼女の家に財布が届くの?」
財布を無くすときは、大概駐車場に決まっている。
車に乗るときに、ポケットから財布がするりと落ちる。
あちこち探すより、駐車場へ行った方が早い。
運が悪いときは自分の財布を車で踏みつぶす。
大したものは入っていないので大丈夫なのだが。
だからこそ虚しさも倍増する。
遠くでセミの鳴く声が聞こえる。
いや違う、電動カッターで鉄パイプを切断する音だ。
今頃誰かが制作を始めたのか。
休日の制作は助手に怒られる。
以前、休日にアトリエに忍び込みチェーンソーを使っていた女子学生がケガをした。
顔面にチェーンソーの歯がバウンドして当たったようだ。
美人な顔立ちだったが、おでこから鼻頭まで真っ直ぐな線が入っていた。
その事故があってから、休日の制作は基本禁止となった。
★★
大学在学中、作品や材料を運ぶために中古の軽トラックを借りていた。
付き合っていた彼女を軽トラに乗せ、渋谷や原宿、レインボーブリッジを走った。
長野では軽トラはたくさん走っているが、都会で見ることはほとんどなかった。
時折、ガコンガコンとエンジンの調子がおかしくなり速度が落ちる。
後ろからトラックに煽られ追い越され信号待ちで、強面の運転手が何かごちゃごちゃ言いながら近寄ってきた。
「おい!迷惑なんだよ!」と凄んできたので、ワタシは普通に運転席から降り謝ろうとした。
車を降りると、ワタシの身長の方がかなり大きい。
力仕事をしていたため胸板も厚く、金髪坊主。
目つきの悪さは生まれつきだ。
凄んできた運転手は「気をつけな」と言って車に戻ってしまった。
彼女は「怖かったね~君が!」とワタシをからかう。
ワタシはまた見た目で怖がらせてしまったと思いながらも、見た目の怖さで助かることもあるのだと思った。
★★
財布を始めて買ったのは、少年ジャンプに掲載されていた通販。
アーミー柄の青いビニール製の財布だった。
固いジーパンの尻ポケットに入れると余計にかさばり具合は悪かった。
財布に入れる金額は3千円くらい。
何を買うわけでもなく、ただ持っているだけで嬉しかった。
小銭入れの部分はマジックテープになっていて、漫画本を買うときに、ビリビリという音が店内に鳴り響くのが少し恥ずかしかった。
お金にはあまり執着がない。
バブル世代、周囲には大金を持ち歩く中学生がたくさんいた。
大金を持ち歩く中学生は大概不幸な顛末が待っていた。
大金を持っていても幸福にはなれないと何となく感じていた。
「お金以上のものはないのか、お金よりも価値のあるものはないのか」
そんなことを考える中学生だった。
カピカピになったアーミー柄の財布は机の引き出しの中から出ることはほとんどなかった。
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