第5話 マスターのほほえみ

なけなしのお金で買った道具類が次々と無くなる。


たまに自分のものではない道具が戻ってくる。


だらしない自分のことだから、仕方ないと思っていた。


ワタシの世代は盗難世代だと思って今まで生きてきた。


後に、就職氷河期とも言われていたが、心が荒んでいる人間が若いころから多かった。


中学生時代、バブル全盛期。


中学生のくせに、長財布に5,6万を入れて、休み時間貧乏人に見せびらかす同級生がいた。


当然、そいつらは貧乏人の標的となる。


「銀行」とあだ名をつけられ金を貸しまくるやつもいた。


もちろん焦げ付く。


ヤンキーになれない連中は高級サバイバルナイフを学生カバンに忍ばせていた。


教室の後ろの壁にサバイバルナイフを投げつけ、刺さり具合を確かめる品評会も不定期に行われていた。


集団万引き、集団授業ボイコットはヤンキーになれない凡人のやること。


凡人が悪いわけはない、ほとんどの人間は凡人として一生を終える。


凡人がいるから世界は成り立つ。


★★

買ったばかりのコンビニ弁当が無くなったときはさすがに周囲を見渡した。


ガテン系バイトをしていたので、腹の減りようは異常だった。


弁当は2つ食べていた。


ビダイセイの存在が好きな親方がいた。


仕事ではパワハラをしてくるが、夕食はフランス料理をおごってくれる。


泥まみれになった作業着のまま、店内に入れてくれた。


店を出るころは、革張りの椅子は黒く泥まみれになっていた。


ラグーという小さなフランス料理店のマスターはいつもニコニコしていたが、今思えば苦笑いだったのかもしれない。



★★

制作を終え帰った後、アトリエ付近でボヤが出た。


もちろんワタシが疑われたが、火を使った覚えがない。


あくる日、ワタシのスケッチブックも焦げ付いていた。


夜中まで制作を続けることが少し怖くなってきた。


友達はアルバイトや遊びで忙しく、遅くまで制作をするのんきなヤツはいない。


★★

焦げ付いても笑っていられる人になりたい。


それは心の余裕から生まれる表情だ。


心の余裕は貧乏人でも持っている人はいる。


金持ちでも余裕がない人がいる。


どんな状況でも、ほほえむ余裕があれば、人を幸せにすることができそうだ。







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