第2話 天才とドロボー

天才がたくさんいたら、天才の価値は無くなる。


ビジュツ大学は美術の元天才少年少女が集まる場所である。


ゲイダイには現天才、大天才が集まる。


ビジュツ大学にいる連中を見ていると、美術というカテゴリーから外れているヤツが多い。


なんで多浪してまでもビダイに来たのか分からなくなるほど、何もしない人。


絵がめちゃくちゃうまいのに、屁理屈しかこねない人。


教授に生意気なことを言うくせに、妙に作品がショボい人。


バイトに明け暮れ、途中でいなくなる人。


ワタシは高額の学費を払っているのだから、大学の資源を使い切るべきといつも考え、夢中で制作していた。ただの貧乏性。


貧乏が染みついている。

人には様々な考え方があり、学費を高額と思っていない人、高額な学費を払って暇な時間を美術以外のことで使いたい人、何も考えていない金持ちな人・・。


ワタシの狭い価値観だけでは捉えきれない人間がビダイにはウヨウヨしていた。


一般社会に出たら、天才たちはもれなく変人として扱われる。


たまに成功して天才芸術家といじられる者は10年に一人。


歴史に名を遺すほどの逸材は100年に一人と言われている。


ほとんどの元天才少年少女たちは海底のプランクトンとなる運命を辿る。


ワタシももちろん海底プランクトンである。


いや、海底堆積物かもしれない。


いじけているわけではなく、美術自体がそんなものと心のどこかで思っている。


そんなものだからこそ、魅力があり、世の中にハマらない人たちの拠り所になっているような気がする。


そして、誰にもチャンスや夢があるような錯覚が持てるのが、ビダイ時代なのだ。

★★

FRPの硬化とともに作品とツナギが接着し始め身動きがとれなくなる。


「ツナギ、ツナギ、つなぎ・・」


「やべー、逃げらんね!」


皮膚は焼けるように熱く呼吸が苦しくなっていく。


両腕は垂木に挟まれ動かない。


体がデカくて有難くないと、この時ばかりは考えた。


下着にFRPが染み込み硬化が始まった。


★★

中学2年夏、下着ドロボーを捕まえた。


隣のおばあちゃんの下着を盗み、電柱に張り付けた奇異なドロボーは近所の中学生だった。


ワタシは体に合わないピチピチのパジャマを着たまま、真夜中ドロボーを追いかけた。


ワタシはサッカー部、ドロボーは陸上部だった。


走っている最中に後ろから尻を蹴り上げた。


ランナーはそこに住んでいた女子中学生の下着と思い込んでの犯行だったらしい。


そのころ、我が家の金庫も何回か荒らされた。


下着ドロボーが家の金庫も狙ったのではと強く疑い、警察に何度も相談したものだ。


結局は父親の犯行だった。


「わしが稼いだ金を持っていって何が悪いんだ」

その通りだが・・・


母は余りにもの恥ずかしさで口をつぐんだ。


日が沈み、あたりには誰もおらず、周辺は静まり返っていた。

★★

ジタバタと必死でもがいているうちに、防毒マスクにこびりついたFRPが硬化し意識が遠のいてきた。


大学の奨学金40万円を全て制作費に注ぎ込んだ。


なんとなく今回の作品には運命を感じていたから。


もしかしたら世界に知られる作品になるかもしれない。


そんな淡い期待を持っていた。


若さは勘違い。


なれないFRPも最初で最後と思い無理をして扱っていた。


★★

下着ドロボーをした中学生、我が家の金庫から現金を抜いた父親。


天才は殻を破る、常識を覆す。


人間はある条件が整うと、誰でも天才になる。

神に近づく。


神にはルールはない、人間を超えた存在となる。


アートの世界は人の心を揺さぶり、奪う瞬間がある。


ドロボーとどこか切り離せない部分があるのだ。


父親は自分で稼いだお金と、母が支払いのためにとっておいたお金に違いがあることが、分からなかったのかもしれない。


ただ、殻を破る人はその辺の約束や道徳的価値観を無視してくる。


駐車場にワタシの未知なる無評価な作品を設置しようと考えた父親は天才そのものだ。



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