第3話 復讐はタマシイの味
『クズ女』
『この国とイベントから出ていけ、クソ女』
『あれ、まだ生きていたの? 草生えるwww』
一体、何時から私はこうなって、そしてどうしてこういう誰からかも分からぬ人からの罵詈雑言で、ビルから飛び降りようとしているんだろう。
「死ぬのか、あんた」
月のような影の男が言った。
「ええ、見ての通り」
「・・・そういや、あんた有名なタレントだ・・・金も地位もあるのに、何故だ?」
「これを見てよ」
私はスマートフォンを示した。
「テレビの脚本通りに動いていたはずなのに、いつの間にか国中からの嫌われ者になっていたの・・・けど、実際台本とはいえ、人をなじったり蹴ったりもしていたから自業自得だわ・・・」
「けど、家族も親友もいるはずだ、そんな奴らは赤の他人だぜ」
「そう・・・そうよね」
よく考えれば、なんでここまで追い詰められていたんだろうか。
「けれど、新聞社とかにイベントを非難するファックスを送ったし、今から止めればまたどんな目に遭うか・・・」
「また、他人任せか。くだらん人生だな。死ぬのも悪くなさそうだ・・・」
「ふん、大きなお世話よ」
「だが、その前に三つ願いを言え」
「三つの願い?」
「なんでも叶えるぞ。どうせ死ぬなら、俺の酒になってくれよ・・・俺にはこの酒しか趣味がなくてね」
影の男は何やら旨そうに酒のようなものを飲んでいる。
「まさか、三つ願えば、魂を取られる・・・?」
「別にどうでもいいだろ? どうせ、死ぬ予定なんだ」
「それもそうね・・・みんなに復讐してからでも遅くないわね」
私はそう言った。
あくる日、いきなり『誹謗中止禁止法案』が通され、私にDMを送ってきた人たちはみんな名前と住所をさらされていた。
「まさか、本当にこんなことに・・・」
私は影のある男を恐れ始めていた。
彼らはみんな、実はごく普通の学生や公務員だった。
私はてっきり、延々とネットに張り付いている引きこもりを想定していたので、驚いていた。
私が受けたのと同じような仕打ちを、今度は『死ね』の箇所を『失せろ』のような文字に変えられながら、彼らも受けているのだ。
「いったろう、なんでも叶える。さあ、二つ目だ」
「そうね・・・じゃあ、私と付き合ってよ。私、恋人なんかいたことないし」
「まあいいだろう。ただし、三日間だけだ」
月のような影の男は、なかなか上手く私をエスコートした。
洒落の効いた台詞もあれば、ユーモアもあり、私が全然知らないオーケストラだとか水族館だとか、聞いたことがあるような無いような名前の名作映画を見せたりしてくれた。
私は、こんななんでも叶える彼は、まさか天使なのか、と思ったりもした。
しかし、男は変な色の酒に酔っぱらっては
「異端審問の糞どもが」
「世界最悪のカルト教祖はキリストだ」
「俺に力があるなら、宗教革命を無かったことにするね」
と漏らすので、やはり悪魔だ。
うん、間違いなく悪魔のようだ。
私はすっかり男に夢中になっていた。くだらないと思っていたデートはこんなに楽しいものなのか。あんなことで死のうとしていた自分がバカバカしい。
一方、私に色んな嫌がらせをしていた人たちの内、何人かは本当に実刑を受けることになるらしい。
禁固三か月だとかで、仮釈放になってももう元の生活には戻れない。
「なんだか・・・可哀そうね」
「あんな連中、どうでもいいだろ? ところで、願い事の三つ目は決まったか?」
「ええ、今決まったわ」
「ほう・・・死んで俺に飲み込まれる覚悟ができたか」
「ええ」
「言ってみろ。なんでもいいぞ。奴らの処刑でもいいし、最後に女優になるとか芸術家になるでもいい」
「いいえ・・・難しいかもしれないけれど・・・」
「なんだ?」
「全部、三日前に戻してちょうだい。あの夜、貴方に出会ったビルの屋上に」
「・・・妙な願いだな。どうせ死ぬのに、せっかく復讐した奴らも元通り。お前は飛び降りて死ぬのが、魂を抜かれて死ぬのに変わっただけ」
「それで充分。よく考えたら、こんなトコから飛び降りたら体がつぶれちゃうよ」
「・・・急に聖人君子になったのか? それとも表現の自由みたいなクソのようなものを守る気になったか?」
「いいえ、そんなのどうでもいいわ。・・・けれどね、結局私を痛めつけてた人達も、別に普段はごく普通の人で、なんか苛立って八つ当たりしたくなってただけなんじゃないかなって思うようになったの。それだけよ」
私は十分に楽しんだ。
法や社会がどうなるかは、これから生きていく人たちに任せようと思ったのだ。
「あら? 体が透明になっていくわ・・・」
「もう、魂が抜かれ始めてるんだ・・・やがて、温もりだけが残るようになり、それもまた、冷たくなる」
「ああ、怖いわね。ねえ、最後に抱きしめてよ。まだ、付き合ってる最中でしょ?」
「仕方ないな、サービスだ」
月のような影の男は、私を強引に抱きしめた。
私はそのまま夜に包まれたような気分になり、やがて生まれて初めての片思いをした悪魔の腕の中で息絶えていた。
こいつ、私の側はそれなりに本気で好きだったのに、もう私を旨そうに飲んでいるわ。
終わり
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