第2話 優しい少女

 少年がいた。

 ボロ屋の前で佇んでいる。

 どうやら一人ぼっちで、路上で犬と遊んでいるらしい。

 優しそうに微笑む少女が声をかけた。

「君、大丈夫?」

 少年はどきりとしていた。


「うん、君は?」

「なんでも二つまでなら願いを聞くよ。さあ、言ってみて」

 願い事なんて、叶うのかな?

 けれど、なんだか不思議な力を感じる女の子だ。

「じゃ、じゃあ僕の友達になってくれる?」

「え?」

「学校でもいつも一人なんだ・・・僕だけなんだ」

 白い風が吹いた。

「なあんだ、簡単じゃない! 任せて。はい、今日からお友達ね」

「本当? やったあ!」

 それから少年は毎日少女と遊ぶことになった。

 

 月日は経ち、少年も青年になったが、少女は高校生くらいの容姿のままだ。

「君は何故、年を取らないの?」

「そういう決まりなの。ところで、そろそろ就活よね?」

「うん・・・」

「お願いごとをしなくていいの?」

 少年はどこかぼんやりしているので、少女は不安だ。

「うん、そんなことより、お願いがあるんだ」

「うん! なんでも言ってよ」

「・・・君が好きなんだ」

「ええ?」

「結婚してくれないかな?」

 少女はどぎまぎとしながら、

「うん、喜んで! だって、私もずっと大好きだったから」

 こうして、仲のいい夫婦ができた。

 白い風が吹いていた。


 やがて、少女は赤ん坊を身ごもっていた。

 慎ましいボロ屋だが、中は温かかった。

 青年の方は、起業して社長になり大きな家を建てようとしていた。

「君と会ってからなんでも夢が叶うよ。これからもいっぱいお金を稼ぐからね」

「うん・・・けど、あなた・・・一つ絶対に約束を守って」

「なんだい?」

「・・・絶対に三つ目の願いを言わないでちょうだい。ね? 約束よ」

「なんだい、急に。もちろんだ! もう、僕の夢なんか全部叶ったんだからね」

 青年は嬉し気にゴルフの練習をしていた。

 少女はお腹をさすっていた。

(三つの願いを叶えると、私たち天使族は泡となって消えてしまうのよ・・・)

 少女は儚げに青年を見守っていた。


「お前、今月の成績はなんだ!?」

 青年は部下に怒鳴っていた。こんな業績では生まれてくる娘のための大きな家は建てれない。

「あなた、そんなに怒鳴らないで」

 少女はおびえていた。起業してから、夫は変わってしまった。

「何を言うんだ、君たちのためにこんなに働いているんだぞ!」

 青年は少女にそう言い、さらに部下たちを叱りつけていた。

 少女は青ざめながらも、必死で青年のために家事をしていたが、やがて青年の会社は部下たちが反発して逃げ出してしまい、潰れる寸前となった。

「なんてことだ・・・もう終わりだ・・・」

「私たちにはこの子がいるわ」

 少女は微笑んでいた。

「あの会社のために全資産をつぎ込んでいたんだ・・・もう終わりだ」

「平気よ、私が頑張るわ」

 少女は青年のために身を粉にして働いた。

 しかし、少女もまた、心労のために倒れるのだった。


 元々暮らしていた貧相な家の中で、少女は安らかな風に吹かれていた。

「おお、僕が間違っていた・・・君まで失ったらどう生きていけばいいんだ? 頼む、君さえ無事でいればそれでいいんだ」

「あなたは何も失わない・・・ねえ、あなた。『子供を救う』と言ってちょうだい」

「馬鹿な! 三つ願いを叶えると駄目なんじゃないのか?」

「別に平気よ。ねえ、聞いてちょうだい。私はあなたに救われた」

「僕が?」

「あなたに会う前・・・私も除け者で仲間外れだったの。私はドジで何も上手くできないから」

「そうだったのか」

「彷徨っている所であなたと出会えて、全てを手に入れたわ・・・もう、何も怖くない。さあ、『子供を救う』と願って」

「分かった・・・本当に大丈夫だね?」

「ええ。今まで全部叶ったでしょう?」

「わ、分かった・・・子供を救おう・・・」

 白い風が吹いた。

 少女は微笑んでいた。

「ありがとう。いつも、私の願いを叶えてくれる。大好きよ、あなた・・・」

「何を言うんだ、君が僕の願いを叶えていたんだろう?」

「いいえ、いつもあなたの方よ」

 そうして、少女は病院へと担ぎ込まれて、無事に元気な女の子を産んでいた。

 

 それは、少女によくにた笑顔の優しい赤ん坊だった。

 

 しかし、不思議なことに少女は白い風と共にかき消えて、後にはわずかな泡だけが残っていた。

                                  終わり


 

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