【新説童話集#1】王様の新しい洋服

すでおに

王様の新しい洋服

 昔々のこと。ある国に洋服が大好きな王様がいた。暇を見つけては洋服を買いあさり、お気に入りが見つかればパレードをして見せびらかす。

 朝、昼、晩と一日のうちで何度も着替え、「風呂に入る時も服を着ている」と噂されるほど、王様の洋服好きは国中に知れ渡っていた。


 そんな評判を聞きつけ、ある時城に二人の男がやって来た。仕立屋と名乗るその男たちはこう言った。

「私どもはこの世に2つとない、とても珍しい洋服を作ることが出来ます。洋服好きの王様に是非ともお作りしたくやって参りました」


 それを聞いた王様は興味津々。二人を自分のもとに呼び寄せ、目を輝かせて尋ねた。

「この世に2つとない洋服とは一体どんなものだ?」


 仕立屋は得意げな顔で答えた。

「私どもが作るのは、賢いものには美しく見え、愚か者には何にも見えない、世にも不思議な洋服でございます」


 ありとあらゆる洋服を目にした王様でさえ、そんなものは見たことも聞いたこともなかった。

「本当にその様なものが作れるのか」


「もちろんでございます。賢ければ賢いほど美しく見えますので、王様の目には私どもには想像もつかないほど美しく映ることと存じます」


 そこまで言われて断るはずがない。

「おもしろい。それでは仕立ててもらおう」


「ありがとうございます。ただ貴重な材料を使うものですから少々お値段が張りますが・・・」


 仕立屋は恐縮して尋ねたが、そこは王様。


「わしは金に糸目はつけん」


「かしこまりました。それではさっそく作業に取り掛かりますので織機と部屋をお貸し下さい」


 言われた通り用意した。

「それでは出来上がるのを楽しみに待っているぞ」

 王様は満面の笑みを浮かべ、二人のもとを後にした。


 部屋に入ると仕立屋はさっそく織機に向かい、仕立てに取り掛かった。

 ツートントン ツートントン

 ツーツートントン ツートントン

 部屋の中には織機の軽快なリズムが響いている。

 ツートントン ツートントン

 ツーツートントン ツートントン


 しかしおかしなことに二人は手を動かしているだけ。音がするばかりで、糸も布もどこにも見当たらない。

 ツートントン ツートントン

 ツーツートントン ツートントン・・・


 王様は世にも不思議な洋服が待ち遠しくて会議にも身が入らない。どんなものが出来あがるのか、一目だけでも見に行きたい。

 しかし作っているのは「賢いものには美しく見え、愚か者には何にも見えない世にも不思議な洋服」。もし何にも見えなかったら・・・。


 そこで王様は大臣に様子を見に行かせることにした。国一番の利口者である大臣なら大丈夫だろう。

「わしは今、手が離せんでな。代わりに様子を見て来てくれぬか」


 王様に頼まれた大臣は「かしこまりました」と引き受けたものの気が進まない。万が一見えなかったら大臣の面目が丸つぶれになる。しかし断るわけにもいかず、「この私に見えないはずがない」と自分に言い聞かせながら仕立屋のもとへ向かった。


 ツートントン ツートントン

 ツーツートントン ツートントン


 部屋の側まで来ると軽快なリズムが耳に入った。熱心に作業しているようだ。

 大臣はふーと一息つき、緊張した面持ちで部屋に入ると、せっせと織機を動かしている仕立屋に尋ねた。

「調子はどうだね」


「これはこれは大臣さま。大変順調に進んでおります。ご覧のようにとても美しいものに仕上がっております」

 仕立屋は手を止め、自慢げに織機を指差した。


 大臣は息を呑んだ。目の前にあるのは織機だけ。他は何も目に入らない。


「こちらもとてもいい具合に進んでおります」

 もう一人も微笑んでいるが、そっちの織機にも何も見えない。


「いかがですか?大臣さまにはさぞかし美しくお見えでしょう」


 そう言われても、どこをどう見回しても何も見えなかった。


―私は王様の次に偉い大臣だ。それなのに、馬鹿な・・・―


 しかし正直に白状するわけにはいかない。大臣が愚か者とあっては国の威信に関わる。

「う、うむ。すばらしい出来栄えである。これなら王様もお喜びになるだろう」

 その場を取り繕い、満足気な顔を浮かべて部屋を出た。


 大臣が戻ると王様は興奮気味に尋ねた。

「どうだ?どんな洋服が出来そうだ?」


 何も見えなかったとは口が裂けても言えない。

「お喜びください。今までに見たことのないすばらしい洋服が出来上がりそうです。大変お似合いになると思います」

 大臣は精一杯の笑顔を浮かべた。


「そうかそうか、それは良かった」

 王様はたいそう喜んだ。


 それから数日経った。

 仕立ての進み具合が気になって仕方がない王様は、今度は秘書官に様子を見に行かせた。


 ツートントン ツートントン

 ツーツートントン ツートントン


 秘書官は仕立屋の部屋を訪ね、心地よい音色を聞きながら部屋に入った。

「大臣がたいそう褒めていたが、私にも見せてくれたまえ」


「これはこれは秘書官さま。どうぞご覧下さい。すでにここまで仕上がっております。出来上がりは、大変美しいものになるでしょう」

 仕立屋たちは自信満々に何かを広げる仕草をした。


 秘書官は目を疑った。何も見えない。仕立屋は何かを手にしているようだが何も見えないのだ。そんなはずはないと目をこすってもやっぱり何も見えない。


「大臣さまにはすばらしいとお褒めいただきました。秘書官さまにもさぞかし美しくお見えでしょう?」


―すばらしい出来だと言っていた。大臣には見えたと言うのか・・・―


 大臣に見えたものが自分には見えないなど言えるものか。愚か者だと思われたら秘書官の地位も危うくなる。

「見事な出来栄えである。大臣から聞いた以上にすばらしい。これなら王様も満足なさるだろう」

 秘書官は何度もうなずいて部屋を出た。


 秘書官は大げさな手ぶりを付けて報告した。

「思った以上に美しい出来栄えです。王様に相応しい洋服になることは間違いありません」


 王様の期待はますます膨んだ。


 それからさらに数日経った。

 そろそろ出来上がる頃だと、いよいよ王様自ら見に行くことにした。大臣と秘書官が褒めちぎっていたのだからさぞかしすばらしい洋服に違いない。王様は二人を従え、期待に胸を膨らませて仕立屋の部屋に入った。


「これはこれは王様。よくお越しくださいました。どうぞご覧下さいませ。この通りほとんど出来上がっております」

 仕立屋は王様を鏡の前に立たせ、何かを羽織らせる仕草をした。


「んん!?」

 何かを羽織ったようだが王様には何にも見えないし、なんの感覚もない。

「これはどういうことだ?」


 困惑気味の王様に大臣は満面の笑みで答えた。

「とてもすばらしい洋服でございます。こんな洋服、今までに見たことありません」


 秘書官も負けじと「見事な出来栄えです。大変お似合いです」。


 愚か者と思われてはかなわないと互いに見えないものを褒めあった。


 そこまで言われたら見えていないなど口が裂けても言えない。国で一番偉い王様なのだから。

「本当に素晴らしい洋服だ。この世に2つとない、見事な出来栄えだ」

 王様は喜んでみせた。


「後は仕上げの作業を残すだけですので、今日中に完成します」


「よし!それでは明日、これを来てパレードするぞ!」

 王様は高らかに宣言した。



 その日の真夜中のこと。


「ドロボー!」

 寝静まった城に突然叫び声が響き渡った。仕立屋の部屋からだ。

「待てー!洋服を返せー!」


 穏やかではない事態に、大慌てで家来たちが駆けつけた。


「大変です!洋服が盗まれました!突然何者かが部屋に侵入して洋服を持ち去ったのです!」

 仕立屋は逃げた方向を指さした。家来たちは急いでその方向へ走っていった。

「後姿しか見えなかったのですが、間違いなくこの城に住むものです!探せば必ず見つかるはずです!」


 騒ぎを聞きつけた者が続々と部屋に駆けつけ、みなで犯人を探し回った。城の中はもちろん、広い庭から馬小屋まで。

 しかし城内をくまなく探したもののそれらしいものはどこにも見当たらない。

 すでに城から出たのだろうか。

 いや、この城は高い塀に囲まれていて逃げ出すことなど到底できない。出入りできるのはたった一つ、大きな門だけ。そこでは門番が夜通し見張りをしているが、こんな夜更けに誰も出入りしていないという。


 どこに消えたのだろうか。


 そうこうするうちに、ぐっすり眠っていた王様も騒ぎを聞きつけ、大臣と秘書官を連れて仕立屋のもとにやって来た。


「せっかく作った洋服が盗まれてしまいました。先ほど完成して明日の朝、お渡ししようと思っていたのですが・・・」

 仕立屋は悔しそうにうつむいた。


「なんということだ。今みなに犯人を捜させておるが、見つかるだろうか・・・」

 王様も肩を落とした。


 しかし仕立屋は

「城の中を探せば必ず犯人は見付かります。ご覧いただいたように、あんなに立派な洋服を隠し通すことなど出来ません。もちろん着て歩けばすぐに分かります。夜が明ければすぐに見付かるでしょう」

 心配御無用と言った様子で部屋に戻って行った。そして朝になると

「私どもの役目は終わりました。王様にお渡しできなかったのは残念ですが、すぐに優秀な家来が見つけてくれるでしょう。次の仕事に向かわなければなりませんので、これにて失礼致します」

 約束どおり報酬を受け取り、城を去ってしまった。


 王様たちは途方にくれた。見えないものをみつけられるはずはない。大臣も秘書官も黙りこくってしまった。

 今も家来たちが探し続けているが、見付かりそうになかった。


 すると次の日、城に一人の男がやって来た。旅商人と名乗るその男はこう言った。

「王様の洋服が盗まれたと聞いてやって参りました。私が扱っている商品にお役に立つものがございますのでご覧下さい」

 大きなトランクの中から真っ白なマントを取り出した。

「これは善人が羽織れば白いまま。しかし一たび盗人が羽織ると、たちどころに真っ赤に染まってしまう、世にも不思議なマントでございます。これを城のものに着させれば、すぐに犯人を見付けることができます」


 それを聞いた王様は感心した様子でうなずいている。


「それでは実際にお見せします」

 旅商人は自ら羽織って見せた。しかしマントは変わらず真っ白なまま。

「この通り。私が来ても白いままです。大臣さまもいかがですか。無実なら赤く染まることはありません」


 もちろん自分は犯人ではない。しかし万が一のことがあったら・・・。

 大臣は恐る恐る羽織ったが白いまま。ほっとしたついでに秘書官にも羽織らせたが、やはり真っ白なままだった。


「このように善人であれば赤く染まることはございません」

 旅商人は大臣と秘書官に微笑みかけた。


「これはすばらしい。是非売ってくれ」

 王様は飛びついた。


「ただしこのマントはこの世にたった一つしかない貴重なものでございます。ですので少々お値段が張りますが・・・」


「かまわん。犯人を見付ることができれば安いものだ」

 王様は言われたとおりの大金を支払ってマントを手に入れた。

「もう犯人は捕まったも同然だ」

 旅商人が帰ると、王様はすぐに城中のものを庭に集めた。

「このマントを羽織って真っ赤に染まったものこそ洋服盗みの犯人である!」

 そう宣言してみなにマントを羽織らせた。家来を始め、コックや理髪師から小間使いに門番まで。王様は目を見開いて真っ赤に染まる瞬間を今か今かとじっと待ち構えた。

 しかしおかしなことに、誰が羽織っても真っ白のまま。城に住むもの全員羽織り終えたが、最後までマントが赤く染まることはなかった。


「おかしい。犯人はすでにこの城から逃げ去ったのだろうか・・・」

 結局犯人を見つけることが出来ず、また王様は落胆した。


 するとまた次の日、お城に別の男がやって来た。流浪の旅人と名乗るその男はこう言った。

「王様、それは詐欺師の仕業でございます。賢いものにだけ見える洋服も、盗人が着ると赤く染まるマントも、全くの偽物でございます。そんなものはこの世に存在しません」


 それを聞いて王様も大臣も秘書官も、顔を見合わせ頬を赤らめてうつむいた。


「私は様々な国を渡り歩いてきましたが、他にも同じ手口で騙されてしまった王様が大勢います。どこの国でも悪党どもは王様の財産を狙っているのです」

 すっかりしょげ込む様子を見た旅人は元気付けるようにこう続けた。

「しかし王様。もう落ち込むことはありません。今日は是非これをお勧めしたくお持ちしました」

 かばんの中から取り出した。

「これは一見なんの変哲もない眼鏡でございますが、これをかけて人々をご覧下さい。善人ならば何も変わりませんが、ひとたび悪人をみると瞬く間にガラスが曇り、姿をさえぎります。これさえあれば簡単に悪人を見分けることが出来ますので、騙されることがなくなります」


「何とすばらしい眼鏡だ」

 王様はさっそく眼鏡をかけ、その旅人を見たがもちろんガラスはそのまま。大臣や秘書官を見ても一向に曇る気配はない。

「なるほどこれはすばらしい。これさえあればもう騙されることはないぞ」

 2度も騙されてこりごりな王様は大喜びで大金を支払い、その眼鏡を買った。


 王様はそれ以来ずっと眼鏡をかけつづけている。しかし一度も曇ることはなく「眼鏡のおかげで悪人が現れなくなった」とご満悦だった。


 おしまい

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