7月22日 41−1
寒い。高熱でうなされた翌日のような目覚めだった。ベッド脇のスマートフォンに手を伸ばしてスリープを解除する。七月二十二日。まただ。
これだけループすると、何が夢で何が現実だったのか分からない。目覚める度に次の悪夢が始まる夢の中にいるのではないか。ならばやはりこれもまた夢の中? そう思うともはや笑えてきた。
これは喜劇だ。なんだか大事な夢を見た気がするがどんどん記憶は薄れていく。ため息をつく。無造作に積まれた服や本をかき分けて階下のダイニングに向かうと、もう何度嗅いだかわからない朝食の臭いがした。
「母さん、今日は何日? 」
「二十二日よ。終業式でしょ」
といつもの会話をした。
玄関から幼なじみの声が聞こえた。俺はあの出来事を思い出して一瞬身震いしたが、意を決して玄関に向かった。玄関に立つ彼女の背中からは、やはり白いモヤが立ちこめていた。
そうだ。モヤについての大事な夢を見た気がする。しかし、思い出せない。ははは。もう喜劇と断じてしまった俺は、どうでも良くなっていた。
突然、前回の最期の光景が脳裏に浮かび、吐きそうになる。幼なじみは不思議そうな顔をして大丈夫、と声をかけてきた。その様子は俺をトラックに向かって突き飛ばした彼女とは別人のようだった。
通学路を歩きながら、俺は幼なじみの何度も聞いた話に機械的に返答しながら、考え事をしていた。
どうしてループするのか、その意味を考えていた。野猫、トラック、死。これがキーだ。そして白いモヤと黒いモヤ。
前回は猫を救うことが出来たが俺は殺された。その前は、野猫が死ぬと幼なじみが死んだ。直後、俺が死んだ。そう、誰かが犠牲にならないとこの一日は終わらない。そして、恐ろしい事に気づく。
俺の死は、必ず起こる。
死ぬたびに繰り返す。何のために? それほど俺に地獄を繰り返し見せる、その原因は何だ? 裏に誰かの強烈な悪意を感じる。
鍵は前回見た、幼なじみの呪いのノート。きっとあれだ。あのノートはもっとしっかりと確認する必要がある。白いモヤと黒いモヤも気になるが、こちらは何も思い浮かばなかった。
ふと、幼なじみの顔を見た。いつも通り朗らかな笑顔を見せており、とても俺を殺したいと考えているようには見えない。少し安心した俺は何となく尋ねてみる。
「なにか、俺に言いたいこととか、ない? 」
その瞬間、朗らかな笑顔が一瞬真顔に戻った。俺は血の気が引くのがわかった。
「いや、なんでもない」
恐ろしさを誤魔化すように俺は歩みを進めて彼女から逃げた。怖い。一刻も早く彼女から離れたい。俺は歩く速度を上げ、走り始めた。
「ちょっと! 」
遠くから彼女の声が聞こえる。それを振り切るように走る。視界に映る色とりどりの人のオーラの色が混ざり、景色が歪む。また水彩絵の具が混ざったような視界。
何も見たくなくなった俺は、目を閉じて全力疾走した。途端、ギュッとものすごい力で左腕を掴まれた。振り切ろうとしてもできない。俺は体ごと制止され、バランスを崩して転んだ。尻に鈍い痛みが走る。
「危ないって」
見上げると幼なじみが肩で息をしながら俺を見下ろしていた。彼女の細い指が腕に食い込む。なんて力だ。女のものじゃない。俺は全く動けなかった。
目の前を車が横切った。ふと見れば、横断歩道だった。例の交差点だ。信号は、赤。俺は恐怖に錯乱し、危うく赤信号の横断歩道に飛び込もうとしていたようだ。
「あ、ありがとう」
ようやく平常心を取り戻した俺は彼女に謝辞を述べた。彼女は諭すように頷いた。相変わらず、交差点の斜向かいには野猫が見えた。やはり黒いモヤのようなものが出ている。気持ち量が増えているのではないだろうか?
俺は心の中で自嘲気味に笑った。また、あの事故を見る? そして終業式? そしてまた俺は死ぬ?
そうだ、これは喜劇。哀れな中学生が贈る無限ループコメディだ。だったら、視聴者が思いもよらないことをしてやろう。もうそろそろ飽きてきたことだろう。
信号が青になったタイミングで、思い出したように俺は幼なじみに告げた。
「そうだ、忘れ物した」
幼なじみは振り返りぎょっとした顔で俺を見た。
「忘れ物……? 」
「そうだ、ちょっと走って取ってくる。校門前位には追いつくよ」
そう俺は言って、全力で家に走った。幼なじみの家に。
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