第4話 簡易裁判

「そうか、わかった。ところで軍曹、あそこにいる捕虜たちの簡易裁判を行うが、貴様は弁護人をやれ。俺は検察兼裁判官だ」


 言われて軍曹は了解した。

 

「反革命的思想により、革命の使途たる我々に反抗し、あまつさえ多くの血を流した。この罪は死刑に値すると思うが、弁護人はどう思うかね」


「まったくその通りであり、異論の唱えようもありません」


 ひどい裁判もあったものである。

 しかし、アスロは姿勢を正して黙っていた。


「では、死刑に決定とする。尋問により横のつながりや背後関係を徹底的に吐かせた後、銃殺刑を執行するものとする」


 臨時の裁判官は宣言し、かくして投降した捕虜たちの運命はあっさりと決まった。

 ボージャは重たい頭を持ち上げると金色の短髪をかきあげる。

 その視線はアスロが腕を掴むニナに注がれた。

 

「悪い顔じゃない。しかし、本当に奇跡を起こせるというのなら、革命に胡散臭い奇術師は邪魔だ。処分せねばなるまい。もし、それが嘘なら大変な詐欺師ということで、これも死罪だ。弁護人はどう思うかね」


 軍曹はやや躊躇った後に「異議ありません」と告げた。

 

「ちょ……ちょっと待ってください同志ボージャ」


 思わずアスロは口を開いていた。

 彼女は銃を手に立ち向かってきた反抗勢力とは違う。戦いに挑んだものが負ければ死も当然としてあるだろう。

 しかしニナは祭り上げられた少女に過ぎない。

 それに抵抗しなければ危害を加えないと言った手前もある。


「まだ子供ですから、教化施設への入所で十分ではないでしょうか」


 革命思想の植え付けをし、純粋な理想主義者を育てるのだ。

 その発言を、ボージャは鼻で笑った。

 

「下級兵アスロは抗命の咎により、軍籍剥奪とする」


 あ、と思った時には遅かった。

 既に発された言葉は戻すことができない。

 

「同時に、反革命的思想及び革命軍への妨害により死罪。どうだね弁護人」


 軍曹は額に汗を浮かべながらアスロの顔を見た。

 

「憚りながら、アスロ下級兵は度々の戦功も上げており、また今回も彼の働きが大きかったことから……」


「反革命思想で三級市民に落とされたいか?」


「いえ、何でもありません」


 ボージャの一言で軍曹の異論も吹き飛んだようだった。

 

「ちょ、待ってください。俺は……自分は革命への反抗心なんて欠片もありません!」

 

 アスロは抗議の声を上げた。

 今までだって、何一つ文句も言わず、命令に従ってきたのだ。これからだって……。

 しかし、ボージャの返事は銃口によって示された。

 機関銃の弾を発射する大口径拳銃がアスロの胸に向けられる。

 いかにアスロでもこれを胸に受ければ死は免れない。

 

「アスロ、最後の命令だ。座って目を閉じろ」


 銃身をなぞってボージャと眼が合う。

 本気で撃つ気だ。

 アスロの背中を大量の汗が流れて落ちる。

 

「この瞬間をもって、正式に貴様の軍籍を剥奪する。また、市民としての責務である軍役を果たせないということから、市民戸籍も抹消する。つまり、オマエは野の獣と等しく、ただ死ぬのだ。すぐに忘れられ、最初からいなかったことにされる。それだけだ。ほら、早く座って目を閉じろ!」

 

 早鐘の様に鼓動が鳴る。

 どうすれば許して貰えるだろうか。アスロの視線はボージャに張り付けられたまま、脳裏に故郷の情景だけが流れていく。

 貧しい居留地。送り込まれる大量の思想犯。

 しかし、その記憶のどこにも目の前の問題を払う答えはなかった。


「軍隊から追い出されたのなら、もう命令を聞く必要も無いのに」


 横からポツリと発せられた声がアスロに衝撃を与えた。

 その……とおりだ!

 アスロは眩暈がして倒れこみそうになった。

 しかし、同時にやるべきことも鍛え抜かれた体が理解していた。

 手を繋いだままのニナを突き飛ばし、反対側に跳ぶ。

 酒に酔って、反応の鈍いボージャの視線がアスロを探し出すよりも早く、アスロは地面を蹴って三角に跳躍していた。

 手が動き、ボージャの首をアスロの指先が撫でる。

 一瞬遅れて、ボージャの掻き切られた首から大量の血が流れ出し、ばたりと倒れた。

 アスロは変形し、鋭い爪のついた獣の手を慌てて元に戻した。

 ボージャの首を切り裂いた感覚と、頚椎を砕いた感覚が指先に残っている。

 心拍数は跳ね上がり、呼吸が乱れて辛い。

 それでも、事態を飲み込めない軍曹をその場に残してアスロは逃げ出した。

 

 アスロは夢中になって山野を駆け抜け、数時間の後に急峻な山の頂上で立ち止まった。灼ける様に胸が熱い。しかし、やらかしてしまったことの恐ろしさがまだ遠くへの逃走を強いる。

 とにかく逃げる。今はそれ以外のことを考えたくなかった。


「あの、私を殺す気ならこの場でお願いします」


 本当に、その瞬間までアスロは自分がニナを抱えていることに気づいていなかった。見れば全身がまだらに獣化している。これを戻すのは困難で、一度全身を変化させる必要がある。

 アスロはニナを取り落とし、集中した。

 感覚が変わり、見える世界も変わって来る。

 

「やっぱり狼男だったんですね」


 ニナが地面に転がったまま言う。

 ぜえぜえと息を吐きながら、それでもアスロは訂正せずにはおけなかった。

 だいたい黄みがかった茶色い毛と黒い縞模様を見て一体どこが狼だというのか。

 

「ト……トラだよ」


 喋るトラは、急速に襲ってきた疲労にとらわれ、地面に頭を落としたのだった。

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