第4話 喫茶店にて
家に帰るとき、俺は学校から少し離れたところの喫茶店へと行く。そこではいつもと同じカフェオレを頼む。再来週には中間テストがあるため、こうして落ち着ける場所で勉強をしている。今日は、現代文の勉強をしようとカバンから教材とノート、筆記用具を取り出してから、教材でテスト範囲となるページを一通り見通す。
この空間が俺にとっては居心地が良く、テスト週間の時は定期的に通っている。ジャズのBGMと共に一層勉強の集中力を高められる。店内の内装を見て、どこか気分が落ち着く。
しばらく、運ばれたカフェオレのカップを片手に勉強に集中していると、店内に見慣れた学生服の子がこちらにやってくる。
「もしかして、あなたもここの喫茶店を利用しているのですか?」
彼女の鈴の声から俺にそう尋ねてきたのは、銀髪の髪色をした髪の長い女の子だ。見た目は顔立ちが良く、スタイル抜群の生粋の美少女ていう感じだ。
「テストの時はいつもこうしています」
「そうですか」
彼女が柔らかな笑みを俺に向ける。
「ここにお邪魔しても大丈夫ですか?」
「はい…」
そういって、向かい側の席を譲る。けど、流れで彼女に席を譲っちゃたが、このまま何事もなく終わればいい。前みたいにミスしなければ、ここのところは乗り切れるだろう。
「今、現代文の勉強をしているんですか?」
「こっちの方が、手がつきやすいので」
「そうなんですね」
彼女は、店員を呼んでコーヒーを頼む。
「どうかしましたか?」
「何でもありません」
「そういえば、名前を聞いていなかったですね」
名前?ここは普通に答えておくか、この恰好で名乗ったって同姓同名と返されるだろう。ちなみに芸名は自分の本名を使っている。今考えれば、自分の名前じゃなくて他のを使っとけばよかったと、多少の後悔をしている。いや、頼めばいけるか。けど、どのみちこれで全国に広まっているから無意味だろうな。
「馳川 靖人 です」
「漢字はどうやって書くんですか?」
彼女が食いついてきたのを見て、ノートに自分の名前を書いて渡した。
「そういう字なんですね」
彼女もシャーペンで自分のノートに書いて渡す。
「私の名前は
そういって、自分の名前を挙げる。とはいっても、これから先よろしくはされないと思う。おそらく、会う機会だってそうそうないだろう。そして、彼女と自己紹介をしたりと軽く会話しながら勉強を進める。
―― 一時間後、一口カップの中身をそそる。
「ちなみに、その頭の上に被っているものは、衣装か何かですか?」
彼女の口からそれを聞いて、思わず口に含んだカフェオレを吹き出してしまう。
「こ、これですか?」
「違いましたか?」
「まぁ、その…これは地毛みたいなもので」
「そうですか、てっきり髪型が不自然に見えたものですから」
俺の髪型ってそう見えるのか。ちゃんと髪をウィッグの中でまとめて抜かりなくやっているつもりだけど、もしかすると彼女の勘が鋭いということもあり得るか。いやいやだとしても、そう簡単には見破れないと思うが。
「ちなみに――」
「はい、何でしょう?」
「やっぱり、大丈夫です」
彼女に深追いしておくのはよそう。なんで不自然なのかを聞いてみたかったが、この調子だとバレそうで怖い。
「私、ちょうどここの割引券を持っているのですが、良かったら使います?」
彼女がカバンから取り出したのは、飲み物代無料の割引券だ。しかもちょうど二人分。誰かとここで飲む予定の人とかいたのだろうか。
「いえ、遠慮しておきます。せっかくの割引券を使うのはなんか悪いですし」
「実は、これあなたのためにとっておいた券なんですよ」
ん?今、彼女はあなたと俺に言ったよな。じゃあ、なんで初対面の俺に割引券なんかとっておく必要があるんだ?まさか、そんなことはあるはずないよな。
「あなたとは一体……?」
「いえ、そこまで深く考え込まなくても大丈夫ですよ、だって――」
彼女がテーブルから身を乗りだして、俺にこう告げる。
『本物の馳川 靖人さんですよね?』
彼女からの衝撃の発言に驚かないように一旦心の中を整理する。
「ほ、ほう俺が本物の馳川 靖人と?」
「はい、もう前々から気づいていましたよ」
「それはいつの話だ?」
俺は、知らないうちに彼女に敬語口調で話すのをやめている。
「それは、先月の終わり頃に誰かとぶつかったのを見て、その時に分かったんです。記念に写真に収めておきました」
これで俺は確信した!すべての始まりはあの時、皆川さんとぶつかったのが原因だと!今、時間を巻き戻せるんだとしたら、ものすごく切り取りたい気持ちだ。俺が有名人だから写真に収めたくなる気持ちも分からなくはない。せめて、俺に会ってサインを書いてもらうときくらいにしてほしい。
「この話はここだけにしてくれないか?」
「そこは安心してください。広めたりしないので」
これが、学校中で騒ぎになったりしたら俺の居場所はどうなることか。結局、髪型が不自然というのは俺のことを知っていてあえて指摘していたことが分かると、必死に隠し通していたのが馬鹿らしく思う。その後、喫茶店で少し満喫した俺は寄り道せずにそのまま帰宅する。
「ふふ、これからが楽しみですね。靖人くん」
街の街灯が刻々と照り付ける。
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