セカンドダイス 第10話

「これはごきぶりです!」


 何度聞いても自分のお店で叫ばれると気持ちがいいものではない。例えそれがゲームだとわかっていたとしてもだ。


 夏休みの日曜日ともなれば朝の開店から、お客さんはたくさんくるし、特に今日は駅前でお祭りが開催されている。いつにもまして、街の人達の熱気は高まっていた。


 今ごきぶりポーカーを遊んでいるのもそんな人達のひとグループだ。智也ともや君たちとそんななに年齢は変わらないようにも見えるし、ちょっと下のようにも見える。


 智也君の知り合いがひとりいるらしいのだけれど、智也君が誘ったわけじゃないらしく。たまたま来てくれたみたいで偶然なんです。そう照れ笑いをしているだけでどこのだれだかは教えてくれなかった。


 そしてその肝心の智也君はお祭りの準備でいっぱいいっぱいなのか、今の声を聞いてもなんの反応もしていない。


 最初の頃はあんなに逐一反応していたのが嘘みたいだ。


「ほら。早くしないと夏祭り始まってるよ。必要なものは昨日のうちに確認しとくように言ったでしょうに」


 セカンドダイスご自慢の六角形の机に置かれている運送用のコンテナの中はボードゲームでびっしりだ。

 両手で抱られるほどの大きさの中身をひっくり返し始めるかと思う勢いで智也ともや君が中身を確認している。


「足りないものがあったら電話くれたら持っていくから、大丈夫だって。場所だってすぐそこだし」


 いくら声を掛けてもその手が止まることはなく。出しては入れ、出しては入れの繰り返しだ。


「いや、わかってるんですけど。どうにも心配になっちゃって」


 いつまでも続く確認作業に初々しさを感じつつももどかしさも感じる。単なる街のイベントのひとつだ。どんなお客さんが来るのかわからないし、不測の事態なんていくらでもあり得る。少しくらいのトラブル軽く流せるくらいの度量がほしいものだ。


「そうよ。智也さん。お祭りで待ってくれている人がいるかもしれないんだから。早くしないと」


 そう一緒になってせっついてくれるのはチヒロちゃんだ。なんだかんだで智也君と良い仲になった彼女もどうしてだか手伝ってくれることになっていた。


 そんなチヒロちゃんに対しても。いや、でも。とぶつぶつと言っている。


 それをみて青春だねー。そう小さくつぶやく。


「ミホ、ハル、ミツルも後で来てくれるって言ってたし、人手だ足りてるんだから大丈夫ですって」


 その名前を聞いて少し前にあったちょっとした出来事を思い出す。こんなふうに元の鞘に戻って本当によかったなと思う。


 結局、目黒めぐろさんを呼んだのはミホちゃんだった。大学の先輩である鎌田かまた君に誘われてボードゲーム会を広めていったのはよかったのだけれど、エスカレートしていくその行動に違和感を覚え始めたらしい。


 そう感じ始めた時に出会ったのが小室こむろさんで、あの出会いが動くきっかけになったとも言っていた。


『このままじゃダメだなって思ったんです。最近そんなことばかり思ってますけど』


 そう自傷気味に笑うミホちゃんは知っている姿よりちょっとだけ大人びて見えた。この前までそこではしゃいでいるだけだったのになと、少し寂しくなったりもする。


 鎌田君の方は、こっぴどく説教されたのか妙な噂は聞かなくなった。人脈を築きつつ地道にボードゲームを広めるんだと最近ではボードゲーム紹介動画なんてものを作り始めているらしい。


 インストの代わりになるなら使わせてもらおうかなんて密かに考えていたりもする。


「おっ。店長。遅いから迎えにきたぜー。智也君。さっさと行かないと、祭りに来る人増えてきたぞー」


 セカンドダイスの扉を豪快に開けて入ってきたのは目黒さんだ。


「わかりましたー。今行きます」


 智也君はコンテナをよいしょ、と掛け声とともに持ち上げる。


 目黒さんあれ以来すっかり、智也君たちの仲良しになってしまって、時々ゲームスポット『ツヴァイ』で遊んでいるらしいのだから驚きだ。


 確かにセカンドダイスはお客さん優先なのだけれど。それはそれで少し寂しかったりもする。


「店長この前はすまなかったな。最近店長に頭が上がらないことばっかりでさ。不甲斐ないぜ」


 小さく耳打ちしてくる目黒さんにそんなことないですよと、小さく返す。実際解決したのは目黒さんだし。こっちはなんなら出しゃばってしまっただけど。ほっといても自体は解決していたとも思う。


「そういえば店長」


 智也君が入り口の手前で足を止めたかと思ったら足元にコンテナを置いた。


「このお店の名前の由来って聞いてもいいですか?もしかしたら説明する機会あるかもしれないんで」


 入り口の扉に吊るされているペンちゃんが持っているセカンドダイスと書かれた看板を指さしてそう聞いてきた。


「あっ。私も知りたいです。聞いたことない」


 唯一知っている目黒さんだけが居心地が悪そうに視線が泳いでいる。いや。そんなに変な由来じゃないじゃないか。なんでそんな表情をするかな。


「ダイスを1回振って終わりじゃもったいじゃない。2回目を振りなよって意味だよ」


 もちろんボードゲームでルールで決まっているならそれに従うべきだけれど。そう付け加えながら昔、会社で失敗して居場所を失った時のことを思い出す。

 当時はそのことで頭がいっぱいだった。ボードゲームでどうやったって勝てないと気がついてしまったときの絶望感に似ている。人生という名のゲームに負けた気がしていたんだ。


 振ったダイスの出目が悪かったわけじゃない。自分が選択を間違い続けた結果だ。でも、近くにいた人たちが声を掛けてくれた。


「人生のダイスなんて何回振ってもいいじゃないかって。そう教えてくれた人たちがいたんだよ」


 それは目黒さんだったり。妻だったり。それまで一緒にボードゲームで遊んできた人たちだった。ちらりと目黒さんの方を見る。バツが悪そうにそっぽを向いている。単に照れているだけかもしれない。


「だからね。1回振って、失敗して、間違ってしまって。立ち止まってしまった人たちが2回目のダイスを振るきっかけを与えられたらいいなと思って付けたのがセカンドダイス」


 なんだかしんみりしてしまったようにも思えるが、そういうエピソードなのだから仕方がない。詳しい過去話はしていない。でも、多分にじみ出てしまっている。


「そっか。なんかわかった気がします!」


 智也君は元気よくそう言うと、コンテナを再び抱え込むようにして持ち上げる。


「あっ。手伝うよ。店長、話聞けて良かったです。参考になります。セカンドダイス」


 チヒロちゃんが智也君に手を貸す。参考にならないことを祈るばかりだ。セカンドダイスを振らないのが一番よかったりするのだ。


「じゃ、いってきます」


 目黒さんが扉を開けて、ふたりがそれに続く。気をつけて、よろしくね。そう投げた言葉がとどいたのかはわからない。


 ゆっくりしまったガラスの扉の向こうに吊るさっているペンちゃんがこちらを見ている。なんだよ。照れくさいんだろう。そう声を掛けてきているようにも思う。


 ああ。照れくさいさ。いつだってそう。でも振ったダイスは戻せない。それも間違いない。だから、振ったセカンドダイスを失敗にしないために、必死に頑張ることしかできないのだ。


「すみませんー。ルールわからないところあるんで教えてもらってもいいですかー?」


 お客さんから声がかかる。はーい。と返事をしてからテーブルへと向かおうとする。


 ボードゲームという遊びを提供しているけれど。それは立派な仕事。それを忘れてはいけない。そう自分に言い聞かせる。


 その時ペンちゃんが揺れながら入り口の扉が開いた。今日は大繁盛。荷物が降ろされて空いたばかりの六角形のテーブルに案内でもしようか。


 ルール質問の回答にはバイトの子を回して、受付をしないと。

 いや、その前にこの無数の世界へ飛び込んでくれた人たちへ挨拶だ。


 心を込めて。いつもどおりにだ。


 それがなによりも大切なこと。そう公彦きみひこは自分やバイトに言い聞かせている。


 さあ。ここにあるボードゲームは無数の世界へ連れて行ってくれる。あなた達はどの世界へ飛び立ちたい?そう思いを込めて問いかける。


「いらっしゃいませ。セカンドダイスへようこそ!」


と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボドゲデイズ 霜月かつろう @shimotuki_katuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ