セカンドダイス 第9話

「えっ。目黒めぐろさん?」


 真っ先に声を出せたのは、智也ともや君だった。対する公彦きみひこは何が起きているのか把握している最中だった。見知った顔が目の前に急に現れて混乱してしまった。


 鎌田かまた君も驚いた顔をしている。名前を呼ばれたと言う事は知り合いなのだろう。これまでの自信満々な表情が怯えているように見えるのは気のせいだろうか。だとしたら目黒さん一体なにをしたって言うんだ。


 顔と体が強面なだけに、想像はどこまでも広がってしまう。


「あれ?店長?こんなところで何してるんです。あれ。智也君も」


 目黒さんも困惑している。ぺこりと頭を下げる智也君を見て大きな体につぶらな目をパチクリさせていた。


「それはこちらのセリフですよ。なんだってここに。しかも鎌田君の名前を叫んだりして」

「あっ。そうだ。おい、鎌田。お前、聞けば裏でこそこそあくどいことやってるらしいじゃないか」


 何かを思い出したのか目黒さんはすぐさま目がキリッとして、鎌田君を睨めつける。


「だ、だれがそんなことを。何もやってませんって」


 鎌田君はおどおどしっぱなしだ。よっぽど怖い目に合わされたのだとみえる。


「うっせい。ちゃんと証言者がいるんだよ。この前移動するとき言ったよな。少しでも疑われるようなことをするんじゃねぇぞって。お前、疑われるどころかがっつりやってんじゃないか」


 気になるワードがいくつか出てくるがすごい形相の目黒さんを止めるすべなどなくて、大人しく聞いていることしかできない。


「ボードゲームに賭け事はご法度だって最初の頃にいったよな。それにこの場所も金儲けのために始めたわけじゃないとも。ボードゲームってものをもっといろんな人にやってもらうために作ったんだって。そう言ったよな」


 このゲームスポット『ツヴァイ』は目黒さんが作ったものなのか。そういえば仲間内で遊べるスペースを作ったと言っていたことがあった。作っても店長の店にお金は落とすよ。と微笑んでいたのを覚えている。


「は、はい。言ってました。で、でも。お金を集めたほうがもっと多くの人にボードゲームをやってもらえるとも思います。それに、お金がなきゃいきていけないでしょう。身を削ってボードゲームを広めたって自分が生きていけなきゃ意味がない。そんな無意味な大人にはなりたくないんですよ。もっと広めたいなら楽に稼がなくちゃ」


 すっかり萎縮してしまっていた鎌田君だったが塞き止められていた感情が吹き出すように、言葉になっている。


 しかし、その言葉は公彦にもよく刺さった。言ってることはわかる。


 ボードゲームを商売にしている身だ。生きているだけで精一杯の月だってある。会社務めしていた頃の貯金は、子どもがこれから成長していくことを考えたら手をつけられない。


 正直お店を続けていけるかどうか、怪しい日々を過ごしているのだ。それでも踏ん張るしかないとセカンドダイスを作る時に決めたのだからそれを曲げるわけにはいかない。


「バカ野郎!だったらもっと真っ当な商売の仕方をしやがれ。お前のやり方はボードゲームに触れる人を増やすかも知れないが、ボードゲームを嫌いになる人を増やすやり方だ。それこそ、そこにいる店長みたいに真っ当にボードゲームを広めている人たちに顔向けできないだろうが」


 鎌田君がこちらを向く。その表情から感情を読み取るのは難しそうだ。複雑な表情をしている。自分が正しいと思っていいるが反論するすべを持たない子どものようだ。


太田おおたさん。セカンドダイスの店長さんだったんですね。最初から目黒さんを呼んでいてこうするつもりだったんですか」


 なぜだか疑われているようだかが、公彦には心当たりもなにもない。そもそも目黒さんだって驚いていたじゃないか。


「おい。鎌田、話を逸らすんじゃ……」

「答えますよ。目黒さん。大丈夫です」


 そうなだめると目黒さんは店長と小さくつぶやくと大人しくなった。


「目黒さんのことは知らないけど。鎌田君がやっていることを止めようとしていたのは間違いない。私の店のそばでそんなことをされるのは嫌だと思ったからね」


 どうやって止めようかなんて考えなしに飛び込んでしまったのは内緒だ。


「でも鎌田君と遊んで少しだけ思っていたのと違ったんだ。君がボードゲームを真剣に楽しんでいたのが伝わってきたから」


 それは間違いない。鎌田君はしっかりとボードゲームに向き合ってはいる。少しの焦りと大きな不安で突っ走ってしまっただけなのだろうとも思う。


「でも、鎌田君がやってることで、不安を感じる人も、不審に思う人もいるんだ。なぜなら私は相談をされたからここにいるんだ。もっと大勢の人にそれが広まる前に止めなくちゃと思った」


 小室こむろさんは相談してくれたけれど、そうでないお客さんがなん人もいるのかもしれない。ミホちゃんみたいになんの連絡もつかない人もいるのだ。


「たとえ本人にその自覚がなくてもね」


 なにか反論されるかと思っていたのだけれど、意外と鎌田君は大人しくしている。


 おじさんふたりに囲まれているのだからか。そう思えば確かに大人気ない状況だ。


「なんか店長にいいところ持ってかれたきもするな。ま、いいか。ほら鎌田。ゆっくり話するぞ」


 目黒さんはまだ問い詰めるようで椅子に鎌田君を座らせるように促す。


「それにしても、目黒さんはどうしてここに?」


 不思議だった。話からすると鎌田君はずっとこのことを隠していたように感じる。それにしては目黒さんは確信をもってここに来たようだった。


「あ。ああ。忘れてた。店長この子送ってってやってくれよ。俺はじっくりと話し込むからよ」


 そういって部屋の入口から入ってきたのは、だれであろう。ミホちゃんだった。

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